『Landscape Planning At The Local Level』(Luigi La Riccia, 2017)


Table of Contents / 目次
- Introduction
序論 - The Evolution of Landscape in the Italian Urban Planning Culture
イタリア都市計画文化におけるランドスケープの進化
- Early Twentieth Century
20世紀初頭
- From the Post-war Period to ’80s
戦後から1980年代まで
- From ’80s to Today
1980年代から現代まで - Approaches to Landscape: Background and Emerging Trends in the Scientific Debate
ランドスケープへのアプローチ:背景と科学的議論における新たな潮流
- Conceptual Innovations
概念的革新
- Approaches to Landscape
ランドスケープへのアプローチ
- Experimentations, Problems and New Ideas
実験・問題点・新しいアイデア - Landscape in the Planning Systems in Europe
欧州における計画制度とランドスケープ
- Landscape Planning in France
フランスにおけるランドスケープ計画
- Landscape Planning in Germany
ドイツにおけるランドスケープ計画
- Landscape Planning in United Kingdom
イギリスにおけるランドスケープ計画
- Landscape Planning in the Netherlands
オランダにおけるランドスケープ計画 - Landscape in the Urban Planning Practices. Case Studies in Italy
都市計画実践におけるランドスケープ:イタリアの事例研究
- Methodological Framework
方法論的枠組み
- Assisi, Between Conservation and Renewal
アッシジ:保存と再生の狭間で
- Urbino, the Face of the City
ウルビーノ:都市の顔
- Reggio Emilia, Towards an Ecologically Sustainable Plan
レッジョ・エミリア:生態学的持続可能性への計画
- Bergamo, from Urban Voids to Green Belt
ベルガモ:都市空間の空隙からグリーンベルトへ
- A Transversal Reading
横断的な読み取り - Theoretical and Operative Recommendations for Urban Planning
都市計画のための理論的および実践的提言
- Congruencies with the Historical Forms of the City
都市の歴史的形態との整合性
- The Urban Form
都市形態
- Environmental Sustainability and Ecologism
環境持続性とエコロジズム
- The Social Perception of the City
都市に対する社会的認識 - Conclusions. Perspectives for New Landscapes
結論:新たなランドスケープへの展望
Bibliography
参考文献
Index
索引
概要
本書『Landscape Planning At The Local Level』(著:Luigi La Riccia)は、現代都市・地域計画において景観が果たす役割と、その計画・管理の理論的枠組み、さらに実践例を通じて、都市と景観の新たな関係性を問うものである。今日、グローバル化や都市の拡大、生活スタイルの多様化、持続可能性への意識の高まりなど、都市や地域を取り巻く社会・経済・環境的課題はますます複雑化している。そのなかで「景観」は、もはや単なる美的価値や観光資源としてだけでなく、住民の生活の質や地域のアイデンティティ、環境の持続可能性まで含めて、多層的に位置づけ直されている。
はじめに ― 現代都市における景観の重要性
景観の計画とマネジメントは、従来の「景観保護」や「美観条例」といった受動的・静的な発想から、「都市づくりの戦略的資源」としての積極的活用へと大きくシフトしつつある。本書は、こうした潮流の中で「景観とは何か」「なぜ景観が今、これほどまでに重要なのか」「景観を都市計画のなかでどう扱い、活かしていくべきか」といった本質的な問いを掘り下げ、理論・歴史・政策・事例の各側面から多角的に考察している。
景観の理論的転換:「描く」から「考える」へ
かつて景観とは、都市や田園の中で「美しい眺め」「良い景観」といった目に見えるビジュアル的な要素に重きが置かれていた。しかし本書では、「景観=見た目」から「景観=社会的・生態的・機能的なシステム」への転換を強調している。
この転換の背景には、都市化・近代化の進展による都市の拡大や、都市と田園の境界の曖昧化、都市空間の分断(ノンプレイス化)などがある。従来の都市計画は、ゾーニングや用途地域など空間を「区分け」し、そこに美的景観や歴史的景観を「加える」手法が主流だった。しかし現代の都市や地域社会が抱える複雑な課題に対応するためには、景観を都市そのものの一部として捉え、社会・経済・環境の全側面と連動した「動的システム」として設計・マネジメントすることが不可欠となっている。
その思想的背景には、ヨーロッパ景観条約(European Landscape Convention, ELC)の登場もある。ELCは、景観を「人と自然の相互作用によって形成された、認識可能な地域全体」と定義し、都市・農村・工業地帯など、あらゆる空間を景観計画の対象に含めている。これにより、「美しい場所」「観光地」だけでなく、「日常の風景」「普通の場所」までもが計画の射程に入るようになったのである。
都市計画における景観の新たな役割と課題
景観が都市計画の中で中心的なテーマとなる過程では、複数の新しい課題が浮上している。まず都市空間の急速な変化による伝統的景観の分断、空間アイデンティティの希薄化がある。これを補うためには、景観を「保護」だけでなく「創造」「再生」「活用」の観点で捉え直す必要がある。
また、景観には歴史的・文化的価値や生態系サービス、住民の福祉といった多様な側面があり、どの価値を優先するかという合意形成も大きな課題となる。行政や専門家によるトップダウンの決定だけではなく、地域住民の経験や価値観、多様な利害関係者の声を計画プロセスに反映する住民参加型アプローチが重要視されるようになっている。
さらに、現代都市の計画は、都市部の高密度化、郊外のスプロール化、都市と自然の境界の再定義、都市生態系の維持、公共空間の質の向上といった複雑な要素を同時に扱わなければならない。そのなかで景観は、「都市の質」を測る重要な指標となる。
景観計画の理論的・方法論的アプローチ
本書では、景観計画に必要な理論的枠組みや分析手法を多角的に整理している。
重要なのは、景観を一面的な美的対象としてでなく、歴史・形態・生態・知覚(Perceptual)という多元的なパラダイムから捉えることである。
・歴史的パラダイムでは、都市や地域の記憶や遺産としての景観の価値を重視する。
・形態的パラダイムは、地形や都市構造、空間配置などの物理的要素に着目する。
・生態的パラダイムは、生物多様性やエコロジカルネットワーク、環境との関係性を重視する。
・知覚的パラダイムは、住民がその景観をどのように体験し、意味付けているかという「経験」や「イメージ」に焦点を当てる。
また、景観計画のプロセスは、現状把握(分析)、価値評価、ビジョン設定、住民参加と合意形成、具体的アクション(政策や実施計画)、評価とフィードバックというサイクルで進められる。ルールベースの硬直的な規制から、柔軟で段階的なマネジメント型へと転換し、状況に応じて進化できる仕組みが求められている。
欧州・イタリアにおける景観計画の実践と事例
本書は、イタリアのアッシジ、ウルビーノ、レッジョエミリア、ベルガモなど、実際の都市における景観計画の実践事例を通じて、理論と現場の架け橋を提示する。
アッシジの計画は、世界遺産級の歴史都市景観と、観光需要や現代的機能の両立を図る「保存と更新の融合」を体現している。ウルビーノでは、都市の顔とも言える形態的連続性と居住環境の質を追求する有機的アプローチがとられている。レッジョエミリアは、エコロジカルネットワークやグリーンインフラなど、環境的持続性に重点を置いた計画が特徴。ベルガモでは、都市の周縁部に残る未利用地や緑地帯を活用し、都市全体の生態的回復力と景観質の向上を目指している。
これらの事例からは、計画策定の動機、景観解釈の視点、具体的な実践方法が多層的に分析されている。単なる保全・美観の追求だけではなく、都市の発展戦略・社会的包摂・持続可能性・住民参加が一体となった現代的景観計画の在り方が示されている。
欧州各国の景観政策と比較
イタリアだけでなく、フランス、ドイツ、イギリス、オランダなど欧州諸国の景観計画・政策の違いと共通点も詳細に分析されている。
フランスは国主導による大規模な景観保護政策とローカル計画の連動が進み、ドイツは環境アセスメントや緑地ネットワーク形成が特徴、イギリスは「Landscape Character Assessment」に代表される景観の性格(キャラクター)を重視した管理手法、オランダは水辺や干拓地と共存する革新的ランドスケープ・デザインが挙げられる。各国の歴史的背景、法制度、社会状況に応じて、多様な景観政策と実践が展開されていることが強調されている。
景観と都市の未来 ― 理論と実践をつなぐ指針
本書の最終的なメッセージは、「景観はもはや“見るもの”ではなく、“生きるもの・経験するもの”として、都市や地域の持続可能な未来を支える基盤である」という点にある。
都市計画は、景観の美的・歴史的価値だけでなく、生態系サービスやレクリエーション機能、住民の生活の質やアイデンティティ形成など、複合的な価値を組み込んだものへと進化していくべきだと説く。
また、景観計画を推進するうえでは、専門家・行政・市民が対話と合意形成を重ね、多様な知と経験を融合した“共同創造型”のマネジメントが重要である。
第1章 イントロダクション(Introduction)
現代都市と景観――「景観の要請」とは何か
現代都市の計画・デザインにおいて、「景観」という主題はかつてないほどの中心的地位を占めるようになっている。本書の冒頭において著者ラ・リッチャは、まず“landscape request(景観の要請)”という表現を導入し、グローバル化の加速や都市空間の複雑化を背景に、なぜ今、都市や地域において景観がこれほどまでに社会的注目を浴びているのかを明らかにしようとする。
景観の問題が都市計画において新しいテーマであるわけではない。しかし現代都市が直面する諸問題――経済の複雑化、都市の急速な変化、伝統的な都市と郊外の境界の消失、都市内外に生じる「ノンプレイス」や空間的ギャップの発生――の中で、改めて「景観」が持つ意味とその計画上の課題が浮き彫りになっている。市民は、こうした急激な変化に直面しながらも、自然への根源的な欲求やアイデンティティの確認、環境・生態系への配慮、さらには歴史的・文化的な遺産の保護といった多様な期待を景観に託すようになっている。
この「景観の要請」とは、単なる美しさや自然志向だけでなく、都市空間の秩序や意味、歴史的な記憶や社会的つながりの再発見、持続可能な生活環境の確保など、極めて複合的な社会的・文化的・生態的要素を内包しているのである。
都市計画と景観の歴史的関係
都市計画における景観の扱いは、20世紀初頭から一貫して重要なテーマであった。イタリアをはじめとするヨーロッパでは、「美しい眺め」の保護を目的とした法制度が整備され、都市計画の中で景観が“描かれるもの(drawing the landscape)”として扱われてきた。しかし時代が進み、都市の成長や変貌が激しくなるにつれて、景観の保護・管理のみならず、景観自体を都市再生や持続可能な発展の「推進力(driving force)」とする発想が強まる。
現代都市の多様な課題――人口減少や都市のスポンジ化、空き地やノンプレイスの増加、歴史的都市中心部と周辺部の分断、公共空間の質の低下――のなかで、景観を都市の「顔」として戦略的に再構成する必要性が高まっている。
それは単なる「眺め」や「観光地」の話ではなく、「市民が日常的に経験し、そこで生き、自己を投影する場」としての景観なのである。
景観を「描く」から「考える」へ
著者が本章で最も強調する転換点は、景観を「描く(drawing)」対象から「考える(thinking)」対象へとパラダイムシフトするべきだという提言である。
従来の都市計画は、ビジュアル的な景観イメージの描写・保全(つまり二次元的な“地図”や“美的規制”)に偏重してきた。しかし著者は、景観を都市システムそのもの――歴史、文化、経済、生態、社会、そして個人の経験までも含み込んだ「多次元的かつ動的な存在」として捉える必要があると主張する。
この転換の背景には、「都市と自然」「歴史と現代」「計画者と市民」といった二項対立を超え、都市空間そのものを統合的に捉えるべきだという現代的課題意識がある。
例えば、ヨーロッパ景観条約(ELC)では、景観を「人間と自然の相互作用によって形成される、認識可能な空間すべて」と再定義している。これにより、「特別な景観」や「美しい場所」だけでなく、誰もが日常的に経験する“普通の場所”までもが景観計画の対象となった。
景観とアイデンティティ――都市の再定義
「景観」は都市・地域のアイデンティティ形成にも大きな役割を果たす。現代都市が断片化し、均質化し、グローバル化の波に飲み込まれていくなかで、住民が「ここは自分のまちだ」「この景観には自分の思い出がある」と感じるための“場所の記憶”や“歴史的・文化的文脈”は不可欠である。
こうした「記憶」や「物語」を織り込んだ景観計画は、単なる物理的・美的な空間づくりにとどまらず、コミュニティの結束や世代間の継承、都市の精神的な豊かさにも深く関わる。
著者はまた、歴史的都市の「重層性」や「偶然性」「無意識の積み重ね」による都市景観の価値にも注目している。近代都市計画が「統一性」や「機能性」を追い求めたのに対し、現代の景観計画は、あえて「多様性」や「偶発性」、重なり合う歴史層を尊重するべきだと指摘するのである。
景観とサステナビリティ
都市や地域の持続可能性(サステナビリティ)の文脈でも、景観の役割はますます重要になっている。
都市のスプロール化や環境破壊、生物多様性の減少といった課題は、都市計画を通じた「生態的ネットワークの再構築」「緑地インフラの拡充」など、景観を軸としたエコロジカルな取り組みを必要としている。
また、景観を「環境資本」として活用し、都市の気候変動適応やレジリエンスの強化に資する空間づくりも、現代的な景観計画の重要な柱である。
書評的論評――本章の意義と現代的示唆
第1章は、まさに本書全体の「思想的基礎」と呼べる位置づけである。著者のラ・リッチャは、従来の都市計画における景観観を「表層的な美の追求」「二次元的なイメージ主義」から、「社会・歴史・生態・生活の質」までを統合する全体論的アプローチへと昇華させることに成功している。
特に現代日本の都市や地方都市にも通じるのは、「変化と断絶」「ノンプレイス化」「歴史的文脈の喪失」といった課題である。
本章の問題提起――「景観は保護の対象であると同時に、都市再生や持続可能な発展の推進力となるべきだ」「景観を“描く”から“考える”へ」――は、単なる理論的スローガンにとどまらず、行政や実務の現場での具体的アクションへと転換しうるものだ。
本章を通して強く感じるのは、都市景観をめぐる価値観や計画手法が「多元化」し、「民主化」し、なおかつ「経験主義」へと傾斜しているという現実である。市民の“記憶”や“体験”の積み重ねが、都市の景観価値を形づくる。その価値をいかに発見し、守り、育て、次代へとつないでいくか――。
ラ・リッチャの問題提起は、まさに現代都市の課題そのものである。
第2章 イタリア都市計画文化における景観の進化
本章は、20世紀初頭から現代までのイタリア都市計画文化の中で「景観」がどのように発展・変容してきたかを、社会的・思想的・制度的な広がりの中で分析している。景観はもともと“美しい眺め”や歴史的価値を持つ場所として規定されてきたが、都市や社会の急速な変化、環境意識の高まり、そしてグローバル化の波を受け、次第に「生活・経験・生態・多様性」といった新しい価値を内包するものへと進化した。本章は、こうした景観観の変化を、「美の保護」「復興と成長」「多元的・動的景観観」という大きな潮流に分けて、都市と景観、制度と価値観の関係性をたどっていく。
20世紀初頭のイタリアでは、景観および文化遺産の保護が都市計画の主要な課題となった。景観法や文化財保護法などが成立し、「美しい眺め」や「歴史的記念物」の保存が行政的にも明確に規定された。景観とは、主に視覚的価値を有するもの、すなわち絵画的・観光的に優れた空間として位置付けられ、「守るべき資産」として国や自治体によって厳格に管理されたのである。こうした価値観は、イタリアに限らず西欧全体に浸透し、都市計画と文化遺産保護は分かちがたく結びついた。
だが第二次大戦後、都市の復興や人口急増、経済発展による都市部のスプロール化が進むと、従来の「景観保護」の枠組みだけでは、都市の持続的発展や社会の新しいニーズに対応できなくなった。歴史的な都市中心部の断片化や、無秩序な郊外開発による景観の質的低下といった現象が現れ、景観の保全と都市成長とのバランスが大きな課題となったのである。この時期、旧市街地の再生や都市周辺部の秩序づけといった新たな都市政策が模索され始め、景観という概念は「守るもの」から「再生し活用すべきもの」「都市生活の質を高めるもの」へと拡張されていく。
さらに1980年代以降、グローバル化の進展、社会の多様化、そして環境問題の深刻化といった新しい時代の課題が、都市と景観の関係性に決定的な転換をもたらした。都市の空間構造が複雑化し、都市と郊外、農村と市街地の境界が曖昧になり、「ノンプレイス」と呼ばれる意味や記憶の希薄な空間が拡大する。都市の部分がバラバラに成長する“断片化”が進み、アイデンティティの喪失や景観の均質化という新たな危機が意識され始めた。こうした現実のなかで、景観は単なる「視覚的資産」ではなく、都市社会の「生態系」「記憶」「物語」「経験」といった多元的な価値を内包するものとして再定義されていく。
この時期の特徴的な変化は、景観が「静的・美的」なものから、「動的・多様的」なものへと転換した点にある。生態学的ネットワークやグリーンインフラの形成、景観のエコロジカルな機能の重視、市民参加による景観づくり、さらには都市・農村・工業地域といった区分を越えた包括的な景観政策など、新しいアプローチが次々と登場する。景観は「守る・保存する」だけの対象ではなく、「再発見し、再創造し、生活に結びつける」ための能動的なフィールドへと生まれ変わっていったのである。
この「景観の進化」は、単なる計画手法や法律の変化にとどまらない。都市社会の価値観の変化、住民意識の多様化、環境倫理の深化、さらには国際的潮流(ヨーロッパ景観条約の成立など)によって大きく後押しされてきた。たとえばグローバル化の進展は、都市空間や景観の均質化(「どこも同じようなまちになる」)という懸念を生み出す一方で、固有の景観や地域性への回帰欲求を社会にもたらしている。また、都市の変化が激しいほどに、市民の間では「伝統景観への郷愁」や「新しい自然回帰」の気分が強まり、都市計画や景観政策はこうした多様な価値観と向き合う必要に迫られている。
制度的にも、ヨーロッパ景観条約(ELC)のような動きが景観観の刷新をもたらした。ELCは景観を「全ての人に関わる共有財産」と規定し、都市・農村・工業地域を問わずすべての空間を景観政策の対象とすることで、従来の美的・視覚的規制の限界を越えた包括的な景観政策への道を開いた。このことで、景観は「生活の場」「生態系」「社会的経験・記憶」をも包摂する、きわめて広義な存在へと変わった。
こうした動きのなかで、イタリア都市計画文化も「景観=美的・歴史的資産」という伝統的枠組みから、「景観=社会的・生態的・経験的・多元的システム」へと劇的なパラダイム転換を遂げている。都市計画の現場では、
・歴史的景観(記憶・アイデンティティの源泉)
・形態的景観(都市空間・地形・都市構造)
・生態的景観(自然・環境・エコロジカルネットワーク)
・知覚的景観(経験・イメージ・物語)
といった多様な層を同時に分析し、政策へと統合することが重視されるようになった。
また、本章では景観計画の民主化・市民参加の重要性にも大きな焦点が当てられている。景観とは行政や専門家だけでなく、地域社会や住民の多様な価値観、ライフスタイル、生活実感が反映されるべき「共創の場」である。合意形成のプロセスや、住民による景観評価・ワークショップ・ビジョンづくりなど、「市民が自らの手で景観を創造する」実践が各地で生まれている。このことは、景観政策が単なる保護規制から「社会的イノベーション」や「地域コミュニティの再生」にも深く関与する時代へ入ったことを意味している。
まとめとして本章は、イタリア都市計画文化の中で「景観」がいかに変容してきたか、その歴史的過程と現代的課題を社会・制度・思想・実務の各層から立体的に描き出している。単なる景観保存や美的規制を超え、景観を都市・社会の「戦略的資源」として再定義し直す思想的ダイナミズムは、現代日本の都市や地方のまちづくりにも極めて大きな示唆を与えてくれるだろう。
実際、日本の地方都市・郊外・農山村でも「歴史的景観の保存」と「都市再生」「地域アイデンティティの創出」「サステナブルなまちづくり」など、多層的課題が同時進行している。そこに必要なのは、伝統景観の単なる保存ではなく、「景観の多元的・動的理解」「市民参加型計画手法」「社会的包摂と地域イノベーション」といった本章で論じられた新しいアプローチである。
本章が強く示唆するのは、「景観の進化」は法や制度、計画技法の変化のみならず、都市・社会・市民の価値観そのものの根本的な転換であるということだ。景観は「守る」だけでなく、「再発見し、再創造し、共に生きる場」として、都市や地域の未来像に不可欠な資源となっている。都市計画実務やまちづくり、住民参加型の政策づくりに関心を持つすべての人に、本章のメッセージは深い示唆と実践的指針を与えてくれる。
第3章 ランドスケープへのアプローチ:背景と科学的議論における新たな潮流
本章は、ランドスケープに対する理論的アプローチの発展と、それに関わる科学的・学術的議論の動向について多角的に検討している。イタリアにおける計画学的文脈を背景としつつ、ヨーロッパにおける思想的転換、ランドスケープ研究の新たなパラダイム、近年の実験や問題意識の深化が主題である。本章は概念革新、アプローチの多様化、試行的実践と課題の探求という三つの大きな流れを軸に構成されている。
概念的革新
ランドスケープの捉え方は、長い間、自然的・美的対象という受動的な存在に限定されてきた。しかし、20世紀末から21世紀にかけて、都市・地域計画においてランドスケープの概念が本質的転換を遂げる。背景には、都市の拡大と郊外化、社会経済のグローバル化、住民の価値観やライフスタイルの多様化といった複雑な現象がある。
この過程で、ランドスケープは「見る」ものから「つくる」もの、あるいは「生きられる空間」へと位置付けが変化した。ランドスケープはもはや視覚的な「景色」だけでなく、社会の中で多元的な意味を持つ構造体であると理解されるようになったのである。ランドスケープの価値は生態学的な持続性や生活の質、コミュニティのアイデンティティの保持といった点にも拡大されてきた。
特にヨーロッパランドスケープ条約(European Landscape Convention, ELC)の制定(2000年)は大きな分岐点であった。ELCはランドスケープを「人々の知覚や認識の対象であり、自然的・人為的要素の相互作用から生じる空間」と再定義し、地域社会の合意形成や市民参加の重要性を強調した。この理念は、景観計画が単なる規制手法から、地域主体の戦略的マネジメントへと進化する契機となった。
また、ランドスケープという言葉自体の意味の多層性にも注目すべきである。風景(風景画的な景色)・景観(環境的・生態的全体)・ランドスケープ(社会文化的文脈を含むもの)など、同じ用語でも国ごと、学派ごとに含意が異なる。こうした言語的・文化的な差異を踏まえつつ、より包括的で動態的な理解が追求されている。
ランドスケープへの多様なアプローチ
ランドスケープの計画・設計に対する学術的アプローチは、いくつかの理論的潮流として整理できる。本章では、主に以下のパラダイムが整理されている。
歴史的アプローチ
都市や地域の形成過程を歴史的文脈から読み解く視点である。ランドスケープは歴史的記憶や文化遺産を体現するものであり、計画の中ではその保存・修復、あるいは適応的再利用が重視される。イタリアの多くの都市では、過去の都市構造や農村景観が現代都市計画の中核的な資産となっている。これを単なる「保存」ではなく、現代社会のニーズと連動させた動的な再評価として位置付ける議論が盛んである。
形態学的アプローチ
地形、地質、水系、植生など、土地の自然的特徴と人為的改変の総体としてランドスケープを捉える手法である。形態学的分析は、空間の区分や特性の抽出に有効であり、ゾーニングやランドスケープユニットの設定など、空間計画における基礎データとなる。近年はGISやリモートセンシング技術の進展により、形態学的アプローチの精緻化と視覚化が大きく進んだ。
生態学的アプローチ
エコロジカル・ランドスケーププランニングは、1970年代以降に急速に発展した。ここでは生態系の構造や機能、生物多様性の保全、グリーンインフラの創出などが主要課題となる。都市化圧力の高まりとともに、都市と周辺自然環境との統合的マネジメントが不可欠となり、ランドスケープを「生態系サービス」の提供者として捉える視点が強まった。また、気候変動適応や炭素吸収など、地球規模の環境課題への対応も計画の中核的テーマとなっている。
知覚的・感性的アプローチ
人間の知覚や感性、社会的経験を重視する方法論である。ランドスケープの価値は「見た目」だけではなく、そこに暮らす人々の記憶・意味付け・物語性など、主観的・情動的な側面に依存する。こうした視点は、参加型計画やワークショップ、ナラティブ分析など、市民の声を政策形成に取り込む手法と結びついている。ランドスケープの「体験」や「認知」を定量化・可視化する試みも進展している。
社会・経済的アプローチ
ランドスケープは公共財であるとともに、地域経済やツーリズム、農業政策とも密接に関わる。欧州では農村景観を支えるCAP(共通農業政策)との連動、都市部ではグリーンインフラやエコシステムサービスの経済評価など、社会経済的な側面が無視できない。ランドスケープ計画は地域の価値創造や雇用創出、持続可能な開発戦略と統合される方向へ進んでいる。
実験的実践・課題・新しいアイデア
ランドスケープ研究・計画の実践現場では、さまざまな試行的手法や新規アプローチが登場している。
参加型・協働型アプローチ
従来のトップダウン型計画に対して、ボトムアップや地域住民・ステークホルダーの参画を重視する「パブリック・パーティシペーション」の拡大がみられる。住民ワークショップ、意識調査、参加型マッピング、合意形成手法など、多様な実践がイタリアのみならず欧州全域で展開されている。こうしたアプローチは、ランドスケープの多義性や価値観の対立を乗り越え、社会的合意と持続可能な管理体制の構築に寄与している。
情報技術・GISの応用
ランドスケープ評価や空間計画には、最新の情報技術が活用されている。地理情報システム(GIS)やリモートセンシング、三次元可視化、VR・AR技術の導入により、空間分析や景観評価が飛躍的に高度化している。これにより、市民や行政の意思決定における客観的な根拠やシナリオ比較が容易になった。特にランドスケープキャラクターアセスメント(LCA)はイギリス発祥の手法として広く普及し、欧州全域における景観政策の基盤となっている。
新しい評価・価値付けの枠組み
近年、エコシステムサービス評価や、レジリエンス(回復力)、ウェルビーイング指標など、従来とは異なる新しい評価指標が導入されている。ランドスケープは単なる「美しさ」や「伝統性」だけでなく、人間と環境の相互作用から生じる多様な便益(文化的・生態的・社会的価値)を体系的に捉えるべきだという考えが広まりつつある。
また、リスクマネジメントや適応的ガバナンスの視点も重視されるようになった。災害リスクや気候変動、社会的・経済的な変動に対し、ランドスケープ計画がいかに柔軟に対応できるかという問題意識が浮上している。
課題と限界
こうした多様なアプローチの進展にもかかわらず、ランドスケープ計画の実務には依然として多くの課題が存在する。例えば、法制度の断片化や行政間の縦割り、伝統的な土地利用管理との摩擦、住民の関与不足、資金や人材の制約、科学的根拠と価値観の対立などが挙げられる。また、ランドスケープの多義性自体が、合意形成や評価基準の策定を困難にしている面もある。
特にイタリアでは、歴史的・文化的景観の保全と現代的開発のバランス、農村部の人口減少や都市郊外化、インフラ整備との調和など、固有の課題に直面している。さらに、気候変動や生態系サービスの劣化、新たな社会的価値の台頭など、従来型の景観保全主義では対応できないテーマが増えている。
本章の総括的評価
第3章は、ランドスケープに関する理論的・実践的なパラダイムシフトを丹念に跡付け、現代の都市・地域計画におけるランドスケープの位置づけを再定義する意欲的な試みである。本章の特筆すべき点は、ランドスケープを「視覚的イメージ」や「静的な資産」としてのみ扱うのではなく、「社会—自然—技術」の相互作用から生まれる動的かつ複層的なシステムと捉えている点である。
また、理論的多様性(歴史・形態・生態・知覚・社会経済)を整理しつつ、それらが現代都市の複雑な課題とどのように関わるかを具体的に論じている点が評価できる。特に、ヨーロッパランドスケープ条約のインパクトや、参加型手法・情報技術の進展、従来の枠組みを越えた新たな価値指標の導入など、近年の学術・実務の両面にわたる革新性を的確に取り上げている。
一方で、ランドスケープ計画が直面する構造的課題や、評価・管理・実装の現場における困難も率直に指摘されている。特に、制度・ガバナンス・住民意識・科学的根拠・価値観の多様性など、多元的な利害が交錯する現場において、ランドスケープ計画が果たすべき役割とその限界を冷静に分析している。
総じて、本章はランドスケープ研究の理論的・実践的展望を広く示唆し、今後の計画学・政策科学への示唆に富む内容である。今後のランドスケープ計画の発展には、こうした理論と実践の架橋、異なるアプローチの統合、柔軟かつ創造的な社会的合意形成が求められるであろう。本書を手にする実務家・研究者・政策立案者にとって、本章はランドスケープの複雑性と可能性を再認識させる貴重なガイドとなる。
第4章 欧州における計画制度とランドスケープ
本章は、ヨーロッパ主要諸国(フランス、ドイツ、イギリス、オランダ)におけるランドスケープ・プランニングの制度的枠組みと実践の比較を主題とする。各国ごとに政策・法制度・手法・理念の発展をたどりつつ、ランドスケープを都市・地域計画にいかに統合しているかを詳細に検証している。イタリアの文脈と比較しながら、欧州各国がランドスケープをどのように政策と実務の中核に据えてきたか、その多様性と共通課題が浮き彫りにされている。
フランスにおけるランドスケープ計画
フランスのランドスケープ政策は、歴史的に「美しい景観」すなわち芸術的・審美的価値を保全することに強く根ざしてきた。19世紀末以降、景観・文化財保護に関する法律が整備され、著名な「Sites Law」(1906年、1930年)が自然・歴史的景観を対象とした保護指定制度を築いた。
その後、1967年都市計画法(Loi d’Orientation Foncière)や1976年自然保護法を経て、ランドスケープの管理と開発が政策の軸となる。特に1993年のランドスケープ法(Loi Paysage)は、農村・都市の空間管理と市民参加を強調し、地方自治体や住民の役割を明確化した点が画期的であった。
フランスの特徴は、ランドスケープを「文化遺産」と「生活空間」として多層的に捉える点である。近年ではヨーロッパ・ランドスケープ条約(ELC)の理念を反映し、自治体単位での景観計画(Plan de Paysage)や風景規範の制定、さらに都市開発計画や農業政策との連動も進められている。市民協働のワークショップやパブリックコメント制度など、社会的合意形成を重視した手続きが特徴的である。
フランスのランドスケープ政策は、美的価値の保護から出発しつつも、近年は「持続可能な開発」「地域アイデンティティの再構築」「市民参加」など、時代の要請に応じて柔軟に進化してきたといえる。
ドイツにおけるランドスケープ計画
ドイツでは、ランドスケープ・プランニング(Landschaftsplanung)が極めて制度的に体系化されている。連邦自然保護法(Bundesnaturschutzgesetz, BNatSchG)を中核に、ランドスケーププランは自然保護および土地利用計画の不可欠な要素とされている。
ドイツの特徴は「法定義務としてのランドスケープ計画」と「階層的な制度構造」にある。州(Länder)レベルから自治体(Gemeinde)レベルまで、ランドスケーププラン(Landschaftsplan)やグリーンプラン(Grünordnungsplan)が空間計画システムの中に組み込まれている。これにより都市計画や地域計画の策定時には、必ずランドスケープ評価と自然資源管理の観点が反映される仕組みが徹底されている。
実践面でも、地形・植生・水系・生態ネットワーク・生物多様性などを定量的に評価し、土地利用規制・生態補償・生態回廊整備など多様な手法が体系化されている。環境アセスメント(UVP)や土地利用計画との統合的マネジメント、さらには市民・ステークホルダーの参画も法定義務の一部となっている。
ドイツのランドスケープ・プランニングは、科学的根拠に基づいた客観的手法の徹底と、法的拘束力の強さが際立つ。その一方、合意形成の複雑さや計画実施のスピード、地域間の調整・人材確保など、新たな課題も浮上している。
イギリスにおけるランドスケープ計画
イギリス(特にイングランド)は、「ランドスケープ・キャラクター・アセスメント(LCA)」という独自の評価手法を生み出した国である。1940年代の「タウン&カントリー・プランニング法」以降、ナショナルパーク制度やグリーンベルト政策など、土地利用と景観保全の統合を早期から進めてきた。
1990年代以降のLCA手法は、地形・土地利用・歴史・生態・社会経済など、多面的観点から景観の「キャラクター」を分類・評価し、地域の景観特性に即したマネジメントを目指すものである。ナショナルキャラクターエリア(NCA)の設定や、地方自治体レベルでの詳細な評価が制度化され、農村・都市を問わず土地利用政策や開発規制の根拠となっている。
イギリスの特徴は、「科学的・客観的評価」と「パートナーシップ・参加型マネジメント」の組み合わせである。政府機関(Natural England等)と自治体、市民・NGOが協働し、地域ごとの価値観や合意形成を重視する仕組みがある。景観保全と開発利益との調整、グリーンインフラ政策との連携など、多様な現代的課題にも柔軟に対応している。
オランダにおけるランドスケープ計画
オランダのランドスケープ・プランニングは、国土の地勢的特性(水管理・干拓地・都市農村混合地帯など)と強く結びついて発展してきた。国土全体が「人為的ランドスケープ」とも言えるため、景観管理と空間開発は一体不可分である。
オランダでは、国家レベルの「国土計画指針(Nota Ruimte)」や地方の「ランドスケーププラン」によって、農業・都市開発・自然保護・観光等の多分野を統合した総合的政策が展開されている。特に近年は「グリーンハート(Groene Hart)」政策や、グリーンネットワーク構想(Ecologische Hoofdstructuur, EHS)が有名であり、生態ネットワーク・都市と農村の共存・持続可能な土地利用が追求されている。
また、市民参画や多様な利害関係者の協働、ビジョン共有に重きが置かれ、景観の多機能性(防災・水管理・農業・レクリエーション・生物多様性)を最大化するマネジメントが特徴である。政策実現のための柔軟な土地利用調整や、イノベーション導入も積極的である。
欧州諸国のランドスケープ計画の比較・総括
本章は、フランス・ドイツ・イギリス・オランダの四か国の制度的枠組みと実践を丹念に比較し、以下のような共通性と多様性を指摘している。
共通性:
- ランドスケープを「単なる美的対象」ではなく「空間的・生態的・社会的資本」として捉える理念の浸透。
- 法制度・政策体系において、ランドスケープが都市計画や土地利用政策の中核的要素として位置づけられていること。
- 市民参加やステークホルダー協働の制度化。ランドスケープ計画の民主化・地域主導型の志向。
- 科学的・客観的手法(GIS、LCA等)の普及と、実践的マネジメントへの応用。
多様性:
- フランスは文化遺産と美的価値、ドイツは法的義務化と生態科学、イギリスはキャラクター評価とパートナーシップ、オランダは統合的政策と土地の多機能性――と各国の発展過程や主眼は異なる。
- 制度設計や法的拘束力、市民参加の実装、ランドスケープの定義や対象範囲なども国ごとに特色がある。
- 地形や歴史、社会経済条件の差異が政策実施の内容や成果にも大きく反映されている。
本章の最後では、欧州全体におけるヨーロッパ・ランドスケープ条約(ELC)の影響力が強調される。ELCの理念は各国制度に反映されつつも、具体的な運用や成果には歴史・文化・制度的背景による違いが残る。そのため、他国のベストプラクティスを参考にしつつも、自国固有の文脈を踏まえた柔軟な制度設計・運用が重要であると指摘される。
本章の評価と書評的考察
第4章は、ランドスケープ計画の国際比較を通じて、「制度の論理」と「実務のダイナミズム」を見事に浮き彫りにしている。単なる制度史の羅列や事例集ではなく、各国の思想的ルーツや現代的変容、市民社会との関係、政策の有効性・課題まで多角的に分析されている点が高く評価できる。
特に、法的拘束力と参加型手法、科学的評価と社会的合意形成のバランスという欧州のランドスケープ計画の本質的ジレンマを冷静に描いていることは、実務者・研究者双方にとって示唆深い。また、「ランドスケープ」をどこまで規制対象とし、どこまで市民的創造性や社会的価値形成の場とするかという問いは、今後の政策科学の重要テーマである。
イタリアを含むヨーロッパ諸国においては、これらの多様な制度モデルを柔軟に参照しつつ、自国の歴史・文化・社会状況に最適化したランドスケープ計画が求められる。本章はそのための「制度的視野」と「比較的知見」の両方を提供しており、ランドスケープ計画を担う全ての関係者にとって貴重なガイドラインとなるであろう。
第5章 都市計画実践におけるランドスケープ:イタリアの事例研究
第5章は、イタリア都市計画の実践現場においてランドスケープがどのように認識され、また計画・運用されてきたのか、その変遷と特徴を具体的事例の分析を通じて明らかにしようとする意欲的な試みである。本章は、アッシジ、ウルビーノ、レッジョ・エミリア、ベルガモというイタリア各地の代表的な計画事例を選定し、それぞれが持つ計画の動機、ランドスケープ解釈、施策内容を方法論的な枠組みに基づき詳細に読み解くとともに、最終的には横断的・比較的観点からイタリアのランドスケープ計画文化の本質と課題、そしてその現代的意義を論じている。
冒頭で、著者は都市計画におけるランドスケープの位置づけを明らかにするため、計画の動機(なぜそのアプローチが必要とされたか)、ランドスケープの解釈(何を景観資源・価値とみなしたか)、具体的施策(いかに保全・創出・再生したか)という三つの方法論的軸を提示する。この視座をもって各事例にアプローチすることで、単なる制度的・歴史的比較に終わらず、空間の価値がいかに社会や文化、経済の要請に応じて再構築されてきたかを浮き彫りにしている。
最初に扱われるアッシジの事例は、歴史的都市景観の保存と現代的都市再生との両立をめぐる挑戦として非常に示唆的である。アッシジは聖フランチェスコゆかりの街として国際的にも有名であり、世界遺産にも登録されている。こうした歴史的・宗教的価値を有する景観をいかに現代社会のなかで持続させるかという命題が、計画の根底に流れている。計画の動機としては、観光開発や人口流入による景観の喪失や都市のアイデンティティの揺らぎへの危機感が大きく影響している。ランドスケープの解釈においては、都市本体と周囲の丘陵地・農村との視覚的・空間的連続性に着目し、城壁・聖堂・修道院・農村景観などが相互に作用しあう「全体性」としての景観像が重視された。施策面では、建築高さや色彩、素材などの厳格な景観規制に加え、農業景観の復元や市民参加型の景観評価、緩衝帯の設定など、従来の保存主義にとどまらない多層的なランドスケープ戦略が展開された。保存と再生の相克を超えて、都市と農村、伝統と現代を有機的に統合しようとするアッシジの取り組みは、イタリア都市計画の新たな地平を象徴するものと言える。
続くウルビーノの事例では、「都市の顔(face)」という独自のランドスケープ観が強調されている。ウルビーノは丘陵上に築かれたルネサンス都市であり、その特異な地形と建築、遠望・眺望の関係性が都市景観の本質となっている。計画の動機は、都市拡張や人口流入、観光需要増大による空間の断片化と「都市の個性」の喪失危機に対応することにあった。解釈においては、都市のシルエットや遠近感、ランドマーク的な建造物とその配置、丘陵地形との相関が重視され、「外部からどう見えるか」という都市イメージのコントロールと、「内部でどう体験されるか」という空間体験のデザインが統合的に議論された。施策面では、都市の拡張エリアや建築物の配置規制、眺望の確保、ランドマークの強調、パブリックスペースの改修など、形態・空間・意味の三位一体的アプローチが展開された。ウルビーノの計画は、都市の顔=ランドスケープを単なる景観資源としてではなく、都市アイデンティティの核心として再定義し、その上で現代的な都市開発や観光政策とリンクさせる点が先駆的である。
三つ目の事例であるレッジョ・エミリアは、ランドスケープを「生態学的持続可能性」の観点から再構築した計画の代表例である。レッジョ・エミリアは北イタリアの中規模都市であり、都市と周辺農村・自然エリアの融合を目指すエコロジカルネットワークの形成を戦略の中核に据えた。計画の動機には、都市スプロールや土地消費、生物多様性の喪失、気候変動適応といった現代都市が抱える深刻な課題が背景にある。ランドスケープの解釈においては、従来型の美的・歴史的価値に加えて、生態系サービス(浸水調整、気候緩和、生物多様性保全等)が新たな価値基準として導入された。施策面では、グリーンベルトやブルーベルト(緑地・水系ネットワーク)の設定、生態回廊の創出、都市農業振興、持続可能な交通インフラ(自転車・歩行者ネットワーク)の拡充、市民参加型の環境教育・管理プログラムの推進など、多様なアプローチが統合的に実践された。ここでは、ランドスケープは都市と自然の「境界」ではなく、両者を統合し新たな価値を生み出す「メディア(媒体)」として機能している点が新しい。
最後にベルガモの事例は、都市空間に発生した「空隙(ヴォイド)」=未利用地や放棄地をグリーンベルトとして再生・統合する戦略が注目される。ベルガモは伝統的な都市核と新興エリア、周辺農村が複雑に絡み合う都市であり、都市化の過程で断片的に残された空間資源を「新たなランドスケープ」として評価し直すという、動態的で創造的なアプローチが採用された。計画の動機は、無秩序な都市拡大や空間の断片化が生む都市環境の悪化、住民の生活の質低下への対応である。ランドスケープの解釈においては、都市内外の空隙地を生態ネットワークやレクリエーション空間として再生・連結する可能性に着目し、都市の内部と外部、人工と自然、過去と未来をつなぐ「連続体」としてランドスケープを再定義している。施策では、空隙地のマッピングと評価、土地利用規制の再編、グリーンインフラの計画的整備、公共・民間・市民の協働による空間運用、既存公園や公共空間との統合など、多層的な戦略が展開された。こうした動態的・再生型ランドスケープのマネジメントは、現代都市の新たな価値創造のモデルとして高く評価できる。
これら四事例を横断的に分析すると、イタリアの都市計画文化がランドスケープをめぐり大きなパラダイム転換を経験してきたことが明瞭になる。伝統的には「景観=保存すべき美的・歴史的資産」と捉えられていたが、近年は「生きられる空間」「社会的・生態的価値の源泉」「新たな都市のアイデンティティ」として再評価されつつある。計画の動機もまた、観光や開発圧力への対処から、都市の質的向上、社会的包摂、環境危機への対応、そして未来志向の都市ビジョン創出へと広がっている。ランドスケープの解釈も、美的・歴史的視点にとどまらず、社会・生態系・体験・経済といった多元的な価値の統合へと発展した。施策内容も、従来型の厳格な規制から参加型ガバナンス、エコロジカルネットワーク、グリーンインフラ、市民協働、ICT・GIS活用による空間分析・評価まで、多様な手法が組み合わされている。
また、本章で強調されているのは、市民参加と社会的合意形成の重要性である。イタリアの都市計画においては、伝統的にはエリート主導・専門家主導の計画が一般的であったが、近年はワークショップやパブリックコメント、住民協議会などを通じて、ランドスケープの評価・創出・管理に住民や多様なステークホルダーの声を反映させる仕組みが拡大している。これにより、ランドスケープは「与えられるもの」から「共につくり、守り、再生し続けるもの」へと変化したと言える。
もちろん、現実には多くの課題も残る。歴史的景観の保全と現代的都市開発のバランス、土地利用規制や資金調達、市民参加の質や持続性、行政と専門家・住民の協働体制の構築、ICT活用の普及度、計画実施のスピードや柔軟性など、計画現場ごとに様々な困難がある。しかし、本章の事例群は、そうした困難に真正面から向き合い、新たなランドスケープ価値を探求し続けてきたイタリア都市計画文化の底力を示している。
まとめとして第5章は、ランドスケープ計画の理論と実践を架橋し、都市空間の価値と未来を問う実証的・啓発的な内容となっている。各都市が置かれた歴史・地理・社会経済的背景は異なるものの、共通して見出せるのは「ランドスケープの再定義」と「計画手法の多様化・統合化」である。アッシジの保存と再生、ウルビーノの都市アイデンティティ、レッジョ・エミリアの生態学的持続性、ベルガモの都市再生――これらはすべて、ランドスケープを都市の持続的発展、社会的包摂、文化的継承の核と位置付け、理論と実践の新たな地平を切り拓いてきた証左である。
加えて、著者が指摘するように、イタリア都市計画文化の課題と可能性は他国にも通じる普遍性を持つ。ランドスケープ計画が直面する多元的価値観の調整、合意形成、制度と実践のギャップ、資源配分や社会的正義などの課題は、今後の世界各都市の計画実務にとっても大きな教訓となる。本章の事例と分析は、実務家・研究者だけでなく、市民や政策立案者にも広く読まれるべきであり、持続可能な都市・地域の創造を目指す全ての人にとって必携のガイドとなる。
このように第5章は、イタリア都市計画の現場に根差したランドスケープの再発見と、その実践的展開を体系的に整理した点で高く評価できる。単なる成功事例の紹介や理論の総覧に終わることなく、都市空間における「ランドスケープの可能性と責任」を深く問い直しており、計画学の実証研究・応用研究双方の発展にも大きく貢献する内容である。今後のランドスケープ計画研究・実践の出発点として、あるいは都市の未来を構想するうえでの基礎文献として、本章は極めて意義深い位置を占めるだろう。
第6章 Theoretical and Operative Recommendations for Urban Planning(都市計画のための理論的および実践的提言)
第6章は、これまでの理論的考察や事例分析を踏まえ、ランドスケープを都市計画に統合するための理論的枠組みと実践的指針を包括的に提示している。イタリア、さらにはヨーロッパにおける都市・ランドスケープ計画の課題と可能性に正面から向き合い、「歴史的都市形態の継承と現代都市の再創造」「都市形態の読み解きと空間構造の統合」「環境的持続可能性とエコロジズムの推進」「都市の社会的認知の再構築」といった四つの軸を中心に、今後の計画論のあり方を展望している。
まず著者は、都市計画が単なる土地利用規制やインフラ整備の技術ではなく、「都市空間とランドスケープが重層的に絡み合う総体の創造的マネジメント」であると強調する。現代都市はグローバル化や経済・社会の変動、環境問題など複雑な課題に直面しており、そこでは歴史的資産の保存・活用、新たな都市アイデンティティの創出、多様なステークホルダーの協働、環境負荷の最小化など、多元的な価値を調整し統合する能力が計画の中核的資質となる。従って、ランドスケープは「見られるもの」「装飾的な背景」から、「都市と社会をつなぐ媒体」「質的価値を担う構造」として再定義される必要があると指摘する。
歴史的都市形態との整合性については、著者は「都市の成長や再生の過程で歴史的空間構造や形態をいかに読み解き、計画に生かすか」という問いに力点を置く。イタリアをはじめヨーロッパ諸国の多くの都市は、歴史的に形成された街区、公共空間、建築様式、街並み、緑地構造など、独自の都市形態を有している。それらは都市のアイデンティティや市民の記憶、日常生活の骨格を形作る不可欠な資本である。著者は、現代的な都市開発や更新のなかでも、単なる「保存」にとどまらず、既存の歴史的空間が持つ文脈や構造的特徴を丁寧に読み解き、選択的に活用・再解釈しながら新たな都市像を築くことが不可欠であると主張する。これは「過去を模倣する」こととは異なり、歴史的層位を都市計画の柔軟な資源として創造的に編み込むアプローチであり、都市の変容や多様性、動態性を前向きに受け止める視座である。
都市形態の分析・デザインに関しては、都市の空間構造が有するネットワーク性・階層性・結節性に着目し、ランドスケープが都市の骨格(フレームワーク)としてどのような役割を担うかが論じられる。著者は、都市空間を単一の機能や区画に分断するのではなく、歴史的・生態的・社会的要素が重層的に交差する「場」として捉えるべきだと説く。とりわけ公共空間やグリーンインフラ、都市内部のネットワーク(公園・広場・通り・水系・丘陵など)が持つ結合力や、地区ごとのアイデンティティ形成、歩行者体験や眺望の連続性など、多元的な要素が都市の全体構造にどのように統合されているかを精緻に分析し、それをもとに計画・デザインへと展開することの重要性を強調している。
さらに環境的持続可能性とエコロジズムについては、都市計画とランドスケープ計画を生態学的枠組みの中に統合する必要性が力強く訴えられる。都市のグリーンインフラ整備、生態系ネットワークの形成、都市農業や水循環の再設計、生物多様性保全、再生可能エネルギーの活用、低炭素型都市構造への転換など、都市と自然・生態系が共進化する計画理念が示されている。著者は、これまでの都市開発が生態系を単なる「制約」や「背景」として扱ってきたことを批判し、「都市の発展そのものが生態系機能の再生と融合し得る」設計思想への転換を強く提唱する。これにより、都市ランドスケープは災害リスク低減や気候変動適応にも資する「多機能空間」として再編成されるべきであるとする。
社会的認識の側面では、都市空間とランドスケープに対する市民の認知・体験・価値観が計画にどう反映されるかという点に大きな力点が置かれる。著者は、「都市は誰のものか」という問いを軸に、市民参加型の計画手法、住民の物語や記憶・ナラティブの掘り起こし、参加型マッピングや評価ワークショップ、社会的包摂や多文化共生など、社会的観点からのアプローチを幅広く検討している。都市空間の価値は、単なる視覚的・物理的特性だけでなく、そこに暮らす人々の日常的経験や社会的関係性、意味付け、利用実態などに根ざすものである。したがって計画は、専門家の技術判断や行政的意思決定だけでなく、社会的多様性や市民の「暮らしの声」を積極的に取り入れる必要がある。これにより、ランドスケープ計画は「外部からの与件」ではなく、市民とともに生成される「共創の場」として新たな意味を持つようになる。
第6章の大きな特徴は、これらの理論的指針とともに、実際の計画現場で直面する困難や課題にも正面から向き合っている点である。例えば、歴史的保全と現代開発のバランス、行政間の調整や法制度の断片化、資金や人材の不足、市民参加の形骸化や合意形成の難しさ、計画の実施力や継続性、科学的根拠と社会的価値観の調整など、実務的な課題が数多く存在する。著者はこれらの困難を「克服すべき障害」として捉えるのではなく、「調整・統合・学習を通じて新たな価値を生み出す契機」として積極的に評価する。この点で、第6章は単なる理想論やモデル提示にとどまらず、計画実務のダイナミズムをリアルに描出している。
また、都市計画とランドスケープ計画を横断する学際的・統合的なアプローチの重要性も強調される。都市のランドスケープを形作る要素は、歴史・美学・生態・社会・経済・技術など多領域にまたがる。従って計画は、これらの領域間の「翻訳者」として機能し、異なる専門性や利害、価値観をつなぎ合わせて都市全体の持続的発展に資するべきである。著者は、計画実務者・行政官・研究者・市民が共に学び合い、実験と修正、協働と対話を繰り返す中でこそ、真に価値あるランドスケープ計画が実現するとの信念を示している。
第6章のまとめとして、著者は「ランドスケープ計画の未来」は「質的価値の再発見」「多元的利害の調整」「協働・共創の深化」にかかっていると結論づける。都市空間は単なる物理的容器ではなく、人間と自然、過去と未来、個別性と公共性が交差する動的な場である。その中でランドスケープは、都市の持続可能性、社会的包摂、文化的アイデンティティ、生活の質の向上という多様な目標を同時に担う「総合的資源」として位置付け直される必要がある。本章は、計画学の理論研究と現場実践をつなぎ、ランドスケープ計画の進化をリードする指針として極めて高い価値を有している。
総合的に見て第6章は、ランドスケープ計画を都市計画の根幹に据えるための理論的・実践的フレームワークを体系的に提示しつつ、現実の課題や困難に目を背けることなく、現場での葛藤や調整を通じた価値創出の可能性に積極的な展望を開くものである。歴史的資産の保存から現代都市の創造、生態系との共進化、市民参加の深化まで、都市空間を取り巻く多様な文脈を統合的に捉え直す本章の視点は、今後の都市・ランドスケープ計画を志すすべての実務家・研究者にとって不可欠な指針となるだろう。ランドスケープ計画が単なる専門分野ではなく、「都市と社会と自然をつなぐ創造的営為」であることを、理論と実践の双方から鮮やかに示した本章の意義は極めて大きい。
第7章 Conclusions. Perspectives for New Landscapes(結論:新たなランドスケープへの展望)
第7章は、本書全体の理論的・実践的な議論を総括し、ランドスケープ計画が都市計画・地域計画に果たすべき今後の役割と展望について、力強い提言とともに締めくくられている。著者ルイジ・ラ・リッチャは、20世紀から21世紀への転換期に生じた都市・地域の変容、そしてヨーロッパやイタリアにおけるランドスケープ計画の進化と限界を踏まえ、「新しいランドスケープ」の条件と可能性を多面的に論じている。
まず著者は、現代都市とその周辺に広がるランドスケープの複雑化・多様化が計画実務と理論研究に大きな挑戦を投げかけていることを強調する。人口移動、経済構造の変化、都市拡大、インフラストラクチャーの発達、農村部の衰退と再生、観光やグローバル化の波、さらには気候変動や生態系サービスの危機といった課題が、かつてない速度と規模で都市・地域空間に影響を及ぼしている。こうした動態の中で、従来の「美しい風景」や「歴史的保存」といったランドスケープ観だけでは、空間をめぐる新たな価値や合意を築くには不十分であるという認識が、本章の出発点である。
著者は、ランドスケープ計画の未来を展望するうえで不可欠な論点として、まず「ランドスケープの定義そのものの拡張」を挙げる。すなわち、ランドスケープは単なる「見るもの」ではなく、「生きられる場」「経験される空間」「社会的・生態的・文化的プロセスの交差点」として理解されねばならない。空間に付与される意味や記憶、日常的な利用、社会的相互作用、生態系機能、経済的利用価値――こうした多元的な要素が交錯する「開かれた空間」としてランドスケープを捉えることが、今後の計画の前提となる。ランドスケープは一義的なゴールではなく、常に生成変化し続ける「プロセス」である。この動的・流動的な観点が、都市・地域の再生や発展に新たな視点をもたらす。
次に著者は、ランドスケープ計画における「社会的包摂と市民参加」の重要性を改めて強調する。ヨーロッパ・ランドスケープ条約(ELC)の制定以降、住民や多様なステークホルダーの参加が制度的に重視されてきたが、実際の計画現場ではその運用や成果に大きなばらつきがある。計画のプロセスを民主化し、市民の声や知識、経験を反映することは、空間の価値を共に創造し、計画の正統性や持続性を高めるうえで不可欠である。単なる意見集約やワークショップの実施ではなく、空間のあり方そのものを多様な社会主体が「共創」するガバナンスモデルが求められる。
その一方で、著者は市民参加の限界や課題にも目を向けている。計画過程の専門性や技術的複雑性、利害対立や意見の多様性、参加の持続性や実質性など、多くの現実的な障害が存在する。しかし、これらを「問題」や「障害」とみなすのではなく、「計画の進化や空間価値の再構築のための契機」として前向きに捉えるべきである。対話・協働・学習・調整といった「プロセス自体」を重視することで、ランドスケープ計画はより創造的かつ柔軟な実践へと発展する可能性を秘めている。
また、ランドスケープ計画の未来を展望するうえで不可欠なのは「統合的アプローチ」である。歴史的保存、生態系保全、経済開発、社会的包摂、文化的継承、技術的革新――これら多様な目標を相互排他的なものとするのではなく、空間的・時間的スケールを横断しつつ複合的に調整・融合する計画能力が求められる。著者は本書で分析した各都市の事例やヨーロッパ諸国の比較を通じて、ランドスケープ計画が「制度・分野・主体を横断するネットワーク型マネジメント」へと進化していることを示唆する。特にICTやGIS、リモートセンシングなど先端技術の導入による空間分析・評価の高度化、市民参加型の可視化・シナリオ作成、グリーンインフラや生態ネットワークの計画的統合など、新しい時代の計画手法も積極的に評価されている。
さらに著者は、「ランドスケープの価値の多元性」についても掘り下げている。ランドスケープは、美的価値や歴史的価値だけでなく、生態系サービスやレジリエンス、ウェルビーイング(生活の質)、経済的活力、災害リスク低減、社会的アイデンティティなど、実に多様な便益をもたらす。従って計画は、これらの価値を単独で最大化しようとするのではなく、相互作用やトレードオフ、共生関係を考慮した「多価値型ガバナンス」として組み立てられるべきである。そのための制度設計、評価指標、合意形成手法の発展が、今後の実務と研究の共通課題となる。
本章の終盤では、ランドスケープ計画の現実的課題と今後のアジェンダが具体的に提示される。第一に、法制度や行政システムの断片化を克服し、横断的な計画とマネジメント体制を強化すること。第二に、資金・人材・技術の確保と、計画実行の持続性を担保する仕組みの構築。第三に、計画の評価・フィードバック・学習を通じて、不断に価値と手法をアップデートし続ける柔軟性。第四に、社会的・生態的正義の観点から、空間的格差や排除の問題に積極的に取り組むこと。こうした課題に対して、著者は「ランドスケープ計画の変革力と希望」を強調し、創造的・包摂的な都市・地域の未来を描き出す計画学の新地平を展望している。
最後に、著者はランドスケープ計画が都市計画や地域政策の中で果たしうる本質的な役割を再定義する。それは、「空間を通じて社会が自己を再発見し、より持続可能で包摂的な未来を構想するための創造的プラットフォーム」としての役割である。ランドスケープは、都市と自然、過去と未来、市民と専門家、個別性と公共性が交差し、新たな価値を生み出す「出会いの場」となりうる。都市計画者や研究者だけでなく、すべての市民がこのプロセスに主体的に関与し、都市とランドスケープを共に創り、育て、享受し続けることこそが、21世紀の計画学の最も重要なビジョンであると力強く締めくくる。
総じて第7章は、本書全体の理論・実践・比較・提言を高い次元で総合し、ランドスケープ計画が今後も都市・地域・社会の発展に不可欠な学際的・協働的営為であることを明快に示している。都市や空間をめぐる課題がますます複雑化する現代において、ランドスケープという「多元的・動態的空間」の可能性をいかに開くか――そのための理論的基礎と実践的知見が、本章には詰め込まれている。ランドスケープ計画を志すすべての人、そして都市・社会・環境のよりよい未来を願うすべての人にとって、第7章は新たな指針と希望を与えるものである。
総括
『Landscape Planning At The Local Level』は、現代都市計画においてランドスケープという概念とその計画実践がいかに中心的な意義を持つかを、理論的枠組み、国際比較、歴史的変遷、具体的事例分析、そして今後への提言という多層的なアプローチによって体系的に論じた意欲作である。本書はイタリアの都市・地域計画におけるランドスケープ概念の進化と、その理論的・制度的背景を詳細に検証する一方、ヨーロッパ諸国の比較研究や、近年の革新的な実践例、計画現場の課題と展望に至るまで、都市・空間・社会の交差点としてのランドスケープの全体像を描出している。
本書の導入部で著者は、グローバル化や都市化の加速、歴史的・文化的多様性の喪失、生態系危機、市民社会の変容といった現代都市が抱える多元的課題を前提とし、そのなかで「ランドスケープを軸とした都市・地域計画」がなぜ不可欠かを論じる。ランドスケープは、単なる美的・視覚的対象ではなく、都市社会が自己を表現し再編成する場であり、生態系・経済・文化・社会・技術といった多様な領域をつなぐ統合的メディアであると位置付けられる。そのため都市計画は、歴史的景観の保全や土地利用規制を超えて、空間の新たな意味づけや価値創造、市民参加による合意形成、持続可能な都市発展の総合的戦略へと発展しなければならないと指摘される。
第2章では、イタリア都市計画文化におけるランドスケープ概念の歴史的進化が丁寧にたどられる。20世紀初頭から戦後、そして現代までの過程で、ランドスケープは「美的保存」から「都市・農村・自然の一体的マネジメント」へと対象と手法を拡大してきた。その背景には、伝統的景観資源の価値再評価とともに、都市拡大や農村変容、経済構造の変化、社会的価値観の多様化といった現実の変動がある。著者は、歴史的な法制度の発展や、計画と保存、開発のあいだのジレンマ、そして近年のヨーロッパ・ランドスケープ条約(ELC)に象徴されるようなパラダイム転換を論じ、イタリア社会が直面する空間的・社会的課題をランドスケープ計画の中核に据えている。
第3章は、ランドスケープに対する理論的アプローチと科学的議論の潮流を整理している。ここでは、歴史的・形態学的・生態学的・知覚的・社会経済的という複数のパラダイムが互いに交錯しつつ現代計画論を構成していることが明らかにされる。ランドスケープの評価・デザインは、伝統的な美的基準や規制手法のみならず、生態系サービス評価や社会的包摂、市民参加型ワークショップ、ICTやGISを活用した空間分析、さらには新たな価値指標(レジリエンスやウェルビーイング等)の導入へと進化している。これにより、ランドスケープは「保存対象」から「持続可能性の資源」「創造的マネジメントの対象」へと再定義され、都市・地域計画の核心的テーマへと成長したのである。
第4章では、フランス・ドイツ・イギリス・オランダという欧州主要国におけるランドスケープ計画の制度比較が行われる。各国のランドスケープ政策は、歴史的文化遺産の保存(フランス)、法的義務と生態学的管理(ドイツ)、科学的評価と参加型ガバナンス(イギリス)、統合的・多機能的マネジメント(オランダ)といった特色を持つ。一方で、全体としては「ランドスケープを都市・地域の中核的資源と位置付ける共通理念」「法制度・科学的手法・市民参加の三位一体的アプローチ」が浸透しつつあることが浮き彫りとなる。ELCの影響下、各国は自国固有の課題と柔軟に向き合いながら、ランドスケープ計画を社会的・生態的・経済的持続性の戦略として高度化している。著者は、国ごとの制度的多様性を尊重しつつも、相互参照と学際的交流が今後の進化を牽引すると展望する。
第5章は、イタリアにおけるランドスケープ計画の具体的実践をアッシジ、ウルビーノ、レッジョ・エミリア、ベルガモの四都市事例に即して詳細に論じている。アッシジの保存と再生、ウルビーノの都市アイデンティティ強化、レッジョ・エミリアのエコロジカルネットワーク、ベルガモの都市空間再生――これらはそれぞれ異なる動機・背景を持ちながらも、ランドスケープを「都市の質的向上」「社会的包摂」「環境的持続性」の中心資源として再評価している点で共通する。特に方法論的枠組み(計画の動機・ランドスケープの解釈・施策内容の三位一体)は、学術・実務双方にとって実践的な指針となる。市民参加や協働型ガバナンス、ICT活用による空間分析・評価、グリーンインフラや生態ネットワークの導入など、伝統的な景観保全を超えたダイナミックなランドスケープ計画が展開されている。
第6章では、こうした理論・事例分析を踏まえ、ランドスケープ計画を都市計画の根幹に据えるための理論的枠組みと実践的指針が総合的に提示される。歴史的都市形態の継承と創造的再生、都市空間構造の分析と統合、環境的持続可能性とエコロジズムの推進、市民社会の認知・経験を反映する計画手法の展開――これらが現代計画論の主要テーマとして整理されている。著者は、都市空間とランドスケープが交差する総体を「創造的にマネジメントする力」、異なる専門領域・利害関係を翻訳し統合する「学際的ネットワークの構築」、計画の過程で生じる葛藤や調整を新たな価値創出の機会と捉える「動的・柔軟な実践」の重要性を強調する。都市計画とランドスケープ計画の横断・統合、行政・専門家・市民の協働、科学的手法と社会的価値観のバランスが、今後の計画実務の持続的発展に不可欠である。
最終章となる第7章は、全体の理論・実践・比較・提言を総合し、ランドスケープ計画が今後果たすべき本質的役割と展望を力強く示している。著者は、「新しいランドスケープ」を創造する条件として、定義の拡張(生きられる場・経験される空間・多元的価値の統合)、社会的包摂と市民参加、統合的アプローチ、価値の多様性(美的・歴史的・生態的・経済的・社会的便益の共生)、法制度・行政の横断的調整、資源の持続的確保といった課題を挙げる。現実の計画現場で直面する困難や合意形成の難しさを「障害」としてではなく、「計画の進化・社会的学習の契機」として肯定的に評価し、対話・協働・学習・フィードバックによる価値創出が、ランドスケープ計画の変革力と希望を支えると総括している。ランドスケープは、都市と自然、市民と専門家、過去と未来、公共性と個別性が交差する「出会いの場」であり、その創造的マネジメントが21世紀の計画学の核心であると結論づける。
本書の最大の特長は、ランドスケープを単なる保存対象や規制手法の域にとどめず、「都市・社会・自然をつなぐ統合的・創造的資源」として理論と実践の両面から多角的に再定義している点にある。イタリアに根ざした豊かな事例と、ヨーロッパ諸国の比較による学際的視野、計画現場の葛藤や失敗・課題にも誠実に向き合う批判的姿勢、そして未来に向けた希望と実践的指針――こうした複合的な内容構成は、都市計画・ランドスケープ計画の実務者、研究者、政策立案者、市民社会の担い手にとって極めて有益かつ刺激的である。
総じて、『Landscape Planning At The Local Level』は、ランドスケープ計画の理論的基礎・方法論的枠組み・実践的知見を総合的に提示し、都市・地域計画の未来を拓くための必携書である。本書を通じて、読者はランドスケープが「都市の骨格」として、また「社会の鏡」として、さらには「新しい価値創造の源泉」としていかに機能しうるかを深く学ぶことができる。都市空間やランドスケープをめぐる複雑で困難な現実に立ち向かい、多様な価値とビジョンを統合しつつ持続可能な都市社会の創造に挑むすべての人に、本書は強い示唆と希望を与えるであろう。
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