『Women and Migration in Rural Europe: Labour Markets, Representations and Policies』(Karin Wiest, 2016)


概要
『Women and Migration in Rural Europe: Labour Markets, Representations and Policies』(Karin Wiest編, 2016)は、現代ヨーロッパの農村部における女性の移動(migration)を多面的に論じる学術書である。農村から都市への若年女性の流出という人口動態の変化を出発点とし、労働市場、社会的イメージ、政策対応という三つの視点から、ヨーロッパ各地のケーススタディや比較研究を集めている。
本書の主な目的は、グローバル化や経済構造の転換、情報通信技術の進展が農村社会の構成をどのように変え、特にジェンダーと移動行動にいかなる影響を与えているかを明らかにすることである。とりわけ、農村部における若年女性の都市志向・都市移動の現象は、「農村の脳流出(brain-drain)」として深刻視されており、農村社会の持続性や人口バランス、地域経済の再生といったテーマと密接に関係している。
本書は3部構成で、
- 第1部では農村女性の自己認識や農村的イメージ、「田園的理想」などの社会的表象とジェンダー観の変化、東西ヨーロッパの価値観の違いなどを取り上げる。
- 第2部は農村女性の労働市場での地位、起業やクリエイティブ職への参入、労働機会の制約や新たな可能性などを分析する。
- 第3部は移動と生活実態、高等教育機関の地方分散政策、農村開発政策におけるジェンダー平等施策の実効性などを検討する。
各章ではスペイン、ドイツ、ポーランド、オーストリア等、さまざまな国や地域の実証データや事例が用いられ、統計分析や地理的分布、政策の効果なども扱われている。全体として、ヨーロッパ農村部における女性の移動・労働・社会参加を、単なる「人口減少」や「保守的農村」といった通念を超えて、動態的・多層的に捉え直すことを目指している。
また本書は、農村女性の移動を「単なる流出」ではなく、農村と都市、伝統と現代性、定住と流動性のはざまで多様に生きる女性たちの選択と戦略の問題として描き、農村地域政策やジェンダー平等施策の再検討のための実証的・理論的基盤を提供している点が特徴である。
Contents / 目次
Preface
序文
Acknowledgements
謝辞
Notes on Contributors
執筆者紹介
1. Introduction: Women and Migration in Rural Europe – Explanations and Implications
第1章 序論:ヨーロッパ農村における女性と移動 ― 説明と意味付け
Part I: Gendered Representations and Perceptions of the Rural
第I部 農村のジェンダー的表象と認識
- Women Assess Rurality – A Tailored Rural Idyll
女性が評価する農村性 ― カスタマイズされた田園的理想 - References to a Rural Idyll in the Attitudes and Self-Perceptions of Women in Rural West Germany
農村西ドイツ女性の態度と自己認識における田園的理想への言及 - Rural Milieus in East-Central Europe – Gendered Attitudes to Post-modern Values
東中欧の農村ミリュー ― ポストモダン価値観へのジェンダー的態度 - Determinants of Individual Quality of Life Ratings in Rural Versus Suburban Regions – A Gender Perspective
農村と郊外地域における生活の質評価の決定要因 ― ジェンダー的視点から
Part II: Rural Labour Markets for Women – Restrictions and Opportunities
第II部 農村女性の労働市場 ― 制約と機会
- Gendered Rural Labour Markets and Intent to Migrate – A Case Study in Northwestern Germany
ジェンダー化した農村労働市場と移動意欲 ― ドイツ北西部の事例研究 - Women in Creative Jobs and Living in Rural Areas – A Contradiction?
クリエイティブ職の女性と農村居住 ― 矛盾か? - The Hidden Potential of Female Entrepreneurship in Rural Poland
ポーランド農村部における女性起業の潜在力 - Business Clusters and Social Cooperatives – A Chance to Promote Female Entrepreneurship in Rural Poland?
ビジネスクラスターと社会的協同組合 ― ポーランド農村の女性起業促進の可能性
Part III: Women’s Living Situations in Rural Areas and Gender-Related Policies
第III部 農村女性の生活実態とジェンダー関連政策
- Exploring Female Over-Migration in Rural Spain – Employment, Care Giving and Mobility
スペイン農村における女性の過剰移動 ― 雇用・ケア・移動性の観点から - Decentralised Higher Education Infrastructure in Rural Areas to Impede the Outmigration of Highly Qualified Young Women
高学歴若年女性の流出抑制を目指した農村部分散型高等教育インフラ - Gender Equality in the Regional Development Discourse – Only Rhetoric Modernisation? Austrian Experiences
地域開発論におけるジェンダー平等 ― 単なるレトリックか?オーストリアの経験
Index
索引
第1部「農村のジェンダー的表象と認識」
農村女性のアイデンティティと現代ヨーロッパの社会変動
本書第1部は、ヨーロッパ農村の「イメージ」や「ジェンダー的表象」、そして現実の女性たちの自己認識を丹念に紐解いている。ここでは、農村社会の伝統的な枠組みと現代的な変化、個人の価値観の多様化が交差しながら、農村女性の生き方や語りがいかにダイナミックに展開しているかを示す。これまで農村は、男性的で保守的な空間、あるいは都市に比べて停滞した空間として語られてきた。しかし本部の論考は、こうした二分法を超え、農村に生きる女性たち自身がどのように「自分の農村」を再定義し、現実と理想のあいだで新しい生のかたちを切り開いているかを、多様な事例と理論で解き明かしていく。
「都市と農村」の対比が意味を失いつつある現代ヨーロッパでは、農村の閉鎖性や伝統性といった古いイメージが崩れ、むしろ流動的で、グローバルな動向ともつながる場となりつつある。女性たちは、従来の「農村=受け身/男性社会」「女性=流出主体」という通念から距離を置き、自らの経験、意識、戦略によって農村的な生を選び取り、再構築している。本部の先進性は、そうした「選択主体」としての農村女性像を理論的・実証的に描き出す点にある。
第2章では、スペインなど複数国の事例を通して、女性が農村に見いだす「理想」や「価値」の変容が取り上げられる。農村の静けさ、自然環境、共同体的なつながり、子育てのしやすさといったイメージは、しばしば理想化された田園観として語られるが、これは単なるノスタルジーではない。むしろ、都市生活でのストレスや孤独、仕事と家庭の両立困難への対比として、現代的な選択肢としての農村回帰、あるいは農村的な生の再発見が意識されている。若い女性や都市でのキャリア経験を持つ女性ほど、農村へのUターンや新しい形での定住を意識的に「選ぶ」傾向がみられる。農村はもはや「仕方なく残る場所」ではなく、都市と農村を比較検討した上での戦略的な選択肢となりうるのだ。
このような農村理想の再解釈は、同時に現実とのギャップも抱えている。農村の保守性、伝統的なジェンダー役割の圧力、機会の乏しさ、地縁・血縁の閉塞など、若年層やキャリア志向の女性にとっては否定的側面も少なくない。しかし、そこで感じる「生きづらさ」は、必ずしも単純な「被害」や「負担」として語られるだけでなく、自分自身の生き方や価値観の揺らぎ、または新たなライフコースへの契機として意味づけられることもある。つまり、農村に残るか離れるか、どちらを選ぶにせよ、その選択は女性たち自身の人生観や社会観と密接に結びついている。
西ドイツ農村を扱う第3章では、「田園的理想」と現実の自己認識の交錯が詳述される。多くの農村女性は「家族」「人間的近さ」「自然環境」への誇りを語る一方、家父長制や性別役割分業、地元共同体の同調圧力には批判的な眼差しも向ける。キャリア志向や都市的価値観の強い若年層は都市移動に傾く傾向があるが、残る女性たちも「自分の意思で残る」「家族や地域の中で自分なりの役割を見つける」ことを積極的に語る。ここで重要なのは、農村に残ることが「不本意な消極的残留」としてではなく、「家族経営の継承」「自営業」「地域活動」「介護・ケア」など新たな社会的役割を選ぶという能動的な決断として肯定されている点である。
このような自己認識の多層性は、東中欧農村を対象とした第4章でも明瞭に浮かび上がる。社会主義体制下で女性の労働参加や教育志向が強かった地域では、家族・地域・宗教などの伝統的価値観と自己実現やキャリア形成志向が複雑に共存する。若年女性たちは都市志向を強めつつも、親世代への責任、地元共同体とのつながり、介護や家業への従事など、多重の役割葛藤に直面している。農村に残る場合も「地域のため」「家族のため」という奉仕的動機だけでなく、「自分なりの幸せ」や「新しい生き方」の模索という側面がある。都市と農村、伝統と革新の間で揺れる農村女性の生は、固定的な価値観や単純な二項対立では捉えきれない。
こうした個人レベルの多様性は、「生活の質(QoL)」という観点からも分析される。第5章の調査によれば、農村女性は「社会的関係」「隣人との信頼」「家族的連帯」「日常生活の安全性」「自然との近さ」を生活の質の中心的要素として評価する傾向が強い。男性は「雇用安定」「収入」「インフラ整備」など経済的・物理的指標をより重視しやすい。若年層や高学歴女性ほど都市的価値観や自己実現志向が強く、農村に不満を持ちやすいが、一方で子育て世代や高齢者は農村的価値の恩恵を強調する。このように、QoLの評価軸そのものがジェンダー・世代・社会的背景によって大きく異なり、「農村=劣悪な生活環境」という固定観念が必ずしも当てはまらない現実が浮かび上がる。
さらに注目すべきは、農村女性たちが「動く」か「残る」かという選択を、単なる経済的・構造的要因ではなく、自らの価値観や人生戦略、社会的ネットワークの中で能動的に意味づけていることである。都市志向や移動意欲は「よりよい教育・キャリア」への希求であるだけでなく、農村的な価値への再評価や、家族との関係性、地域社会の中での自分らしい生き方をめぐる模索でもある。定住か移動かという二元論的選択は、もはや女性たちのリアリティを説明しきれない。たとえば、都市に移った後に再び農村に戻るUターンや、都市と農村を行き来しながら複数の居場所を持つライフスタイル、在宅ワークやテレワークなど新しい働き方を通じて「農村」と「都市」を横断するケースなど、多彩な生のかたちが現れている。
本部が明らかにするのは、農村社会のジェンダー秩序は、決して一枚岩ではなく、社会変動のなかで絶えず交渉され、再編成されているという現実である。従来の「家父長制的農村」「男性中心の意思決定」「女性はケアと補助的労働」という図式は部分的に残存しつつも、女性たち自身の語りや実践を通じて、新しい役割分担や社会参加の形が少しずつ創出されている。農村女性は伝統的な制約に悩みつつも、そこに止まるのではなく、家庭・地域・社会的ネットワークを活用しながら自分らしい幸福やキャリアを設計している。そこには「受動的な被害者」ではなく、「自らの人生を戦略的に設計する能動的な主体」としての農村女性像がくっきりと浮かび上がる。
また、農村女性は都市と農村、伝統と現代、家族と個人といった境界をつなぐ「越境的存在」としても描かれる。都市で教育やキャリア経験を積んだ女性が農村に戻って新しい価値観やビジネスを持ち込む事例、子育て・家族ケア・自営業・地域活動など、複数の役割を同時並行でこなす「マルチロール」な生き方も増えている。社会的ネットワークの構築や情報化の進展は、農村における新しい女性的リーダーシップやコミュニティ再生の可能性を切り拓いている。
このような変化は、単なる「都市化」「グローバル化」の副産物ではなく、農村女性たち自身の経験と選択、葛藤と意味づけの積み重ねによるものである。農村という空間が「残余」や「遅れ」ではなく、むしろ現代的な選択肢や新たな生の拠点として再定義されつつあることは、本書の最も重要な発見の一つである。
第1部全体を通じて、本書はヨーロッパ農村女性のリアリティを、ステレオタイプに還元せず、都市と農村、伝統と現代、残留と移動の交差点で「能動的に意味をつくる存在」として再評価する視点を鮮やかに示している。農村女性の生き方は多層的・動態的であり、その選択と葛藤、語りと実践は、現代社会の社会的流動性・価値観の多様化と密接に結びついている。従来のジェンダー論や農村研究にありがちな「都市-農村」「男性-女性」の単純な対立図式では捉えきれない現実の豊かさ、そして政策や社会設計の新たなヒントを、この第1部は読者に強く示唆する。
農村の持続性や地域政策を考える上でも、本書が描く「選択する農村女性」「語り直す農村的理想」「多様化する生活の質」への洞察は極めて重要であり、日本を含む世界の多様な地域における現代的な農村社会像の再構築に大きな示唆を与えるものと言えるだろう。
第2部「農村女性の労働市場 ― 制約と機会」
農村女性の労働市場と現代ヨーロッパ社会の変容
第2部では、「農村女性の労働市場—制約と機会」と題して、ヨーロッパの農村社会における女性の就労、起業、職業的自己実現の現状と課題、そして新たな可能性を多角的に描いている。本部が提示する最大の論点は、農村の労働市場が伝統的性別役割分業や地理的・社会的な制約を残しつつも、女性たちの能動的な働き方、起業、クリエイティブなキャリア形成の舞台として変容しつつあるという事実である。各章は、実証的な調査や事例研究を通じて、農村女性の就労行動が「制約されるもの」から「機会を切り開くもの」へと転じるダイナミズムを生き生きと描き出している。
第2部の冒頭で焦点となるのは、農村における男女の移動と労働参加の非対称性である。農村地域では依然として伝統的な産業構造とジェンダー役割が根強く、男性は家業や農業の継承者として地元にとどまる一方、女性は高等教育や職業的自己実現のために都市部へ移動する傾向が強い。特に若年層では、「農村=伝統と制約」「都市=チャンスと自由」というイメージが女性の移動を加速させてきた。しかし、本部が描くのは「女性は農村から流出するだけ」という単純なストーリーではない。むしろ、農村部に残る、あるいは戻る女性たちの戦略性や、そこで見出される多様なキャリアパス、働き方の変化が緻密に分析されている。
ドイツ北西部のケーススタディでは、農村地域の女性たちがいかにして就労機会やキャリア形成をめぐる意思決定を行っているかが明らかになる。伝統的な農家や小規模産業に従事する家庭環境の中、男性はしばしば家業継承の期待を背負い、地域社会とのつながりを重視する傾向が強い。これに対し、女性はより流動的で、都市への進学や就職を積極的に選択する傾向が強い。しかし、すべての女性が都市に向かうわけではなく、家庭・仕事・自己実現のバランスを模索しつつ、農村での新たな役割や働き方を模索する姿が浮かび上がる。調査結果は、移動・定住のいずれも「受動的な帰結」ではなく、個々の選択や価値観に基づく「戦略的な決断」であることを強調している。
農村女性の労働参加は、「伝統」だけに縛られているわけではない。現代のヨーロッパ農村では、女性たちが新しい産業分野や職業分野へ進出する動きが加速している。特に注目されるのは、いわゆる「クリエイティブ産業」やデジタル経済への参入である。都市に依存しない働き方、テレワーク、ネットワーク型の仕事など、ICTの発達によって地理的障壁が緩和され、農村にいながらにして知識集約型・創造型の仕事に携わる女性が着実に増えている。だが一方で、クリエイティブ産業の進出は「自発的な選択」である場合もあれば、「伝統的雇用の消失」や「都市部へのアクセス困難」という構造的制約の結果であることも少なくない。家族ケア、家事負担、インフォーマルなネットワークの不十分さ、そしてしばしば低賃金や不安定雇用など、農村女性ならではの「見えにくい障壁」がいまだ根強く残る。
ポーランドをはじめとした中東欧諸国では、女性の起業活動やソーシャルイノベーションが農村経済の新たな活力源として注目されている。農村部では伝統工芸、地場産業、観光、サービス業を基盤にした女性起業家が増加しているが、個人による起業だけでなく、協同組合やビジネスクラスターといった集団的枠組みの中で女性たちが新たな経済活動を生み出す事例も目立つ。こうした集団的な起業・活動形態は、資本力やネットワークの不足という構造的制約を補い、地域資源を活用した持続的なビジネスモデルの創出にも寄与している。しかし、起業のハードルや政策支援の不十分さ、伝統的な性別役割分業の残存など、依然として女性の経済的自立には数多くの課題が残されている。
興味深いのは、こうした制約下においても農村女性たちが「限界を突破する創造的な行動主体」として描かれる点である。女性たちは自らの生活史や家族背景、地域社会の変化を敏感に読み取りながら、必要に応じて新しいスキルを習得し、ICT活用や都市とのネットワークを生かしてキャリアパスを多様化させている。ときには伝統的な家業や地域活動を基盤にしつつも、新しい収入源や働き方を開拓するなど、従来のジェンダー役割や空間的制約を逆手に取るようなイノベーティブな選択も見られる。
第2部で特に力点が置かれるのは、「農村=経済的閉塞」「女性=受動的な犠牲者」といった通念の転覆である。農村女性のキャリアや労働行動は、しばしば「流出か残留か」という二元論で語られてきた。しかし実際には、移動・残留・Uターン、起業・就労・多業・在宅ワークといった選択肢の組み合わせや、人生の局面ごとに変わる柔軟な働き方が広がっている。キャリア形成や経済活動の選択において、農村女性は「能動的」「選択的」な存在として捉え直されるべきである。
また、本部は農村女性の「見えない労働」や「無償ケア労働」が農村社会の維持に不可欠であること、しかしその貢献が正当に評価されていない現状にも鋭く言及する。女性たちは家族ケア、地域コミュニティの支え手、非公式経済の担い手として大きな負担を担っているが、政策や統計ではその実態が可視化されにくい。この「不可視性」は、女性の就労参加率や起業率、経済的自立に関する議論にしばしば影を落とすが、本部はこの構造的問題を問い直し、「見えない労働」を社会的・経済的に再評価する必要性を提起する。
第2部に登場する多くの事例は、農村社会の保守性や伝統的役割分業の中で、女性たちがいかにして社会的ネットワークや支援を活用し、コミュニティの維持や地域経済の再生を牽引する存在になりうるかを示している。ビジネスクラスターや協同組合による新しい起業の波、ICTを活用したネットワーク型ワーク、地方都市や国外とのパートナーシップ、地域資源の発掘・活用など、農村女性の活動はしばしば地域社会全体のイノベーションや社会資本の再生とも密接に結びついている。
さらに本部は、女性の労働市場参加を支える制度や政策、社会的枠組みの重要性についても言及している。都市に比べて保育サービスや教育機会、社会的支援が不足しがちな農村部では、政策の現場での「男女平等」や「女性活躍推進」がレトリックに終始する場合も少なくない。女性たちが本当の意味で自立し、多様な働き方を選べる社会を実現するためには、ジェンダーに配慮した就労支援、起業支援、社会資本の再構築、家族ケアの社会化など、多層的な政策アプローチが求められる。本部は、こうした政策の限界と可能性、そして現場での実践知に根ざした新しい支援モデルの必要性を指摘する。
第2部の結論として、本書は農村女性の労働市場が、単なる「受け身」や「抑圧」の場ではなく、変化とイノベーションの現場であることを鮮明に示している。女性たちは与えられた制約の中で「受け身」ではなく、むしろ制約を逆手に取って新しいチャンスやネットワークを創造する存在である。都市志向のキャリアパスと並行して、農村という空間のなかで多様な働き方や生き方を切り開く女性たちの現実は、現代ヨーロッパ農村社会の変容と持続性を考える上で不可欠な視座となる。
書評的に総括すれば、本部は「農村女性の労働市場=停滞・閉塞」といった通念に挑み、「選択する農村女性」「起業する農村女性」「ネットワークを拡張する農村女性」像を鮮やかに描き出した。ジェンダーや空間の制約を生き抜きつつ、それを越える創造的な行動を積み重ねる農村女性の姿は、ヨーロッパだけでなく、日本や世界各地の農村社会にも普遍的な示唆を与える。社会変動や政策の限界に直面しながらも、女性たちが自らの人生と社会を積極的にデザインし直すプロセスこそが、農村の未来を拓く原動力となる。本部が提示する多様なケースと分析は、農村社会のジェンダー、労働、経済、そしてコミュニティ再生を考える全ての人にとって、極めて重要な指針となるだろう。
第3部「農村女性の生活実態とジェンダー関連政策」
農村女性の生活実態とジェンダー政策の現場から
第3部は、ヨーロッパ各国の農村を舞台に、女性の生活世界の実態と、それに対応する地域・国家政策、特にジェンダー平等や人口対策政策の到達点と課題を多面的に論じている。ここでは、農村社会における「過剰移動」や「高度人材の流出(brain drain)」といった人口動態上の危機と、その背景にある労働・教育・ケア・家族・社会規範の構造的問題、そして「女性が主語となる政策デザイン」がいかに困難かを具体的なケース分析と理論的考察によって明らかにしている。
第3部の冒頭を飾るのは、スペイン農村における若年女性の「過剰移動」現象の実態分析である。ここで描かれるのは、単に都市志向による人口流出という現象ではない。むしろ女性たちが「移動せざるを得ない構造的状況」に追い込まれる複合的な要因が明瞭に示される。農村における雇用機会の乏しさ、賃金格差、伝統的な性別役割分業と家族・親族ケア責任の過重、教育機会の偏在、さらには移動・通勤のコストやインフラの不足といった複数の障壁が絡み合う中で、特に高学歴・高意欲の若年女性ほど都市に向かう傾向が加速しているのである。
このような人口動態は、単に「労働力の流出」や「出生率の低下」といった統計的問題だけにとどまらない。むしろ「ケアの担い手」や「地域コミュニティの維持者」として期待される女性の流出は、農村の社会的持続性そのものを危うくするリスクをはらむ。さらに、移動先の都市で女性たちが新たな社会的・経済的役割を確立できるかどうかも、彼女たちの人生コースに大きな影響を及ぼす。農村社会は、女性たちの流出によって、社会的ケアの空洞化、地域共同体の脆弱化、高齢化の加速、さらには「女のいない村」と呼ばれるような極端な性比不均衡をもたらす可能性がある。
これに対して各国・地域がどのような政策対応を試みているかを問うのが、第3部の中心的なテーマである。たとえばオーストリアでは、地方分散型の高等教育機関(いわゆる「地方大学」やサテライトキャンパス)が農村部への設置を進めている。これは高学歴女性の流出抑制と地域の人材循環を狙った政策だが、その効果は一筋縄ではいかない。確かに大学進学のための「都市一極集中」傾向には歯止めがかかり、地元での学びやキャリア形成の機会が拡大する。しかし、都市部に比べて農村部の雇用構造やキャリアパスが十分に多様化していなければ、結局は「卒業後に都市に出る」という第二の流出を招くことも多い。
この章では、大学というハードインフラだけでは不十分で、ソフト面(キャリア支援、インターンシップ機会、女性ネットワーク形成、家族ケアと仕事の両立支援)と組み合わせることの重要性が強調されている。女性たちのUターンやJターン、あるいは「行き来するライフスタイル」を現実的な選択肢とするためには、「学び」「働き」「暮らす」ことが同時に成立する社会・経済・政策環境の整備が不可欠である。
また、第3部は農村におけるケア責任と社会的支援の不足にもしっかりと目を向けている。農村部では公的なケアサービス(保育・介護・福祉)が都市部よりも圧倒的に不足しており、そのしわ寄せが主に女性に集中している。親や配偶者、子ども、さらには隣人や地域コミュニティに対するケア労働の「不可視化」と「非正規化」は、女性の就労機会やキャリアの持続性、経済的自立を著しく制約している。この構造的問題を克服するには、単なる「女性の自己努力」や「家族のサポート」だけでなく、地域社会全体でのケアの社会化、公的サービスの拡充、非正規雇用やケア労働への経済的支援などが必須となる。
この点で、本書は女性政策やジェンダー主流化政策が「現場の現実」に十分根ざしていない場合、いかに形骸化しやすいかを厳しく批判する。たとえば「男女平等」「女性の社会参加」「女性の起業支援」といった掛け声が農村政策や地域開発のスローガンとして多用される一方、実際の政策設計や資源配分の現場では依然として男性中心の意思決定や伝統的価値観が強く残存する事例が数多く見受けられる。政策の実効性を担保するためには、統計や成果指標だけでなく、女性たち自身の声や経験、現場での困難や期待を反映した「参加型政策形成」や「ボトムアップ型アプローチ」が不可欠となる。
加えて、農村女性が「被支援者」としてではなく、「地域社会の担い手」「変化の推進者」として再評価されるべきであるという視点も、各章で繰り返し強調されている。たとえば、農村女性が地域コミュニティやネットワークの中心となり、伝統行事や社会活動、新しいビジネスや起業の場でリーダーシップを発揮する事例、また移住女性やUターン女性による地域の活性化やイノベーションの実例が豊富に紹介されている。女性たちの社会参加やリーダーシップが促進されることで、農村社会そのものが「男社会」や「保守社会」から変革されつつあることが示唆されている。
一方で、こうした変化を本当に持続的なものとするためには、「女性の流出抑止」や「人口維持」といった数量的目標だけに政策が矮小化されてはならない、という警鐘も本部は鳴らしている。重要なのは、女性一人ひとりの人生設計や選択の自由、多様な価値観やキャリアパスを実現できる社会基盤をつくることである。そのためには、単なる「若い女性の地元定着」政策ではなく、ライフステージごとに変化する女性のニーズや価値観、家族・ケア・就労・学びといった生活全体を包摂した統合的アプローチが不可欠だろう。
さらに、農村社会における多様性の尊重やインクルーシブなまちづくり、移民女性やマイノリティ女性、シングル女性や高齢女性など、多様な属性を持つ農村女性への目配りも本部の特色である。移動や定住、ケアや労働、起業や社会参加といった多様な選択肢がどのように現実化されうるか、それを阻む障壁は何か、また地域社会の中でどのような変化がすでに始まっているかを、ケースごとに細やかに検討している。
書評的に総括すれば、第3部はヨーロッパ農村社会が直面する人口動態的危機を、単なる「女がいない農村」「高齢化・過疎化」といった否定的イメージにとどめず、「女性の人生戦略と選択」「政策・制度・社会資本の改革」「ジェンダー平等と多様性包摂」をキーワードに、希望と課題の両面から描き出している。農村女性の流出や人口維持は「現象」であって「問題」そのものではない。その背景にある生活実態・構造的障壁・価値観の変化を丁寧に掘り下げ、政策が現場の現実とどのように噛み合っているのか、いかにして「女性の声」を生かすことができるのかという問いを常に投げかけている。
また、第3部が強調するのは、農村女性の流出を単なる「人口減少」や「損失」と見るのではなく、移動や定住、多拠点居住、Uターン、再移住、起業など、流動的かつ多様な人生設計を前提とした政策設計の必要性である。定着や回帰だけでなく、都市と農村を行き来しながら複数の居場所やアイデンティティをもつ生き方、移動を通じたスキルやネットワークの獲得・還流といったポジティブな側面も評価する視座が不可欠だというメッセージが強く込められている。
ヨーロッパの各国事例は、歴史的・制度的な違いを超えて、農村女性の課題と可能性がグローバルな構造変動と密接に結びついていること、そして現場の小さな実践やネットワークが社会変革の起点となりうることを雄弁に物語る。日本やアジア、世界の他の農村社会でも、人口減少やジェンダー政策、多様な生き方の尊重が重要なテーマとなる中、本書第3部の分析や提言は普遍的な価値を持つといえるだろう。
本部は、農村社会の未来を悲観でも楽観でもなく、現実の複雑さと人間の能動性、社会変化の可能性と限界を同時に見据えたバランス感覚で論じている。農村女性の「選択の自由」と「社会参加」「制度改革」を軸に、現代ヨーロッパの地域社会とジェンダー政策の最前線を読み解いた第3部は、人口・福祉・教育・地域社会・ジェンダー研究すべての分野にとって、今後の展望と実践的ヒントを与える貴重な一冊である。
Author Profile

We are working to live our LIFE that can be enjoyed for seven generations. Utilizing my know-how and experience, I am working as a professional consultant mainly in Japan and Germany. My hobbies are Mountaineering, Violin, Academic Learning & Fieldwork.
Latest entries



