『Evidenzbasiertes Wildtiermanagement』(Christian C. Voigt Hrsg., 2023)

『Evidenzbasiertes Wildtiermanagement』(クリスチャン・C・フォイクト編, 2023)は、現代ドイツ語圏を中心とするヨーロッパの野生動物管理を、科学的根拠(エビデンス)に基づいて包括的に論じた野心的な専門書である。

この本はまず、「エビデンスベース(evidenzbasiert)」という現代科学の基本的態度に立脚し、従来の経験則や慣行のみならず、最新の生態学的・社会科学的・法制度的な知見を組み合わせて、多様な野生動物種に対する適応的かつ総合的な管理を追求する立場から執筆されている。人と野生動物の関係性が、かつてないほどに複雑化・多層化しつつある21世紀初頭のヨーロッパ──特にドイツを中心に、都市・農村・森林・湿地・河川など多様な生態系と社会的現実のなかで、どのように「根拠に基づいた管理」が可能か、その思想と実践の最前線が網羅されている。

現代における野生動物管理は、単なる保護や狩猟の是非を超えて、「人間の生活」「農林水産業」「都市環境」「インフラ整備」「再生可能エネルギー」「生物多様性政策」など、多くの社会経済的活動との軋轢(コンフリクト)や調和(コエグジスタンス)のなかで再定義されつつある。本書はその現場に立つ多様な研究者・実務家が、種ごと・フィールドごと・問題ごとに、現状の科学的知見をレビューし、管理戦略を批判的に検討し、未来への展望を描き出す構成となっている。

まず序論部分で強調されるのは、エビデンスに基づく管理とは、単に「最新研究を踏まえる」こと以上のものであるという点である。すなわち、「目標設定」「モニタリング」「施策の実施」「効果の評価」「アダプティブ・マネジメント(適応的管理)」というサイクルを繰り返し、「実効性」「受容性」「持続可能性」「社会的公正」など多元的な評価軸のもとで意思決定するプロセスこそが重視される。従来型の“事後的対応”や“伝統的慣習”だけでは解決しえない課題──例えば都市部におけるイノシシやキツネの増加、外来生物による生態系改変、風力発電施設とコウモリの衝突、オオカミの再定着による家畜被害──等が、すべて「データに基づく科学的評価」「社会との対話・合意形成」「法制度の柔軟な運用」の三位一体によって解決されるべきだと説かれる。

本書は、いわゆる「対象種ごとのケーススタディ」が豊富に配置されている。たとえばドイツのシカ(Rotwild)管理では、個体群動態の科学的評価と分布の分断化問題、狩猟圧の設定や生息地のつながり確保、ハンターや土地所有者との合意形成の課題が、徹底的に分析されている。さらに近年深刻化している野ウサギの減少については、農業集約化による生息地喪失や捕食者管理の効果、疾病流行など複合要因の科学的評価が提示される。アライグマのような外来種の拡大に関しても、生態系・農業・人間生活への影響、駆除や制御の手法とその法的根拠が整理されている。都市・農村両方で存在感を増しているハリネズミの管理は、生息地の分断・交通事故・住宅地開発・市民との共生といった現代的課題を扱い、カワウソ管理では水産業・漁業との摩擦や生息地整備の方法論が批判的に論じられる。

とりわけ重要なのは、風力発電や照明事業など新しい開発とコウモリの衝突(バット・マネジメント)に関する章である。再生可能エネルギー推進の時代、森林や平地での風車設置と希少種の保護(とりわけ欧州コウモリ指令等の法制度との整合性)、光害への科学的対策など、これまでの自然保護や動物管理では前例のなかった新たな社会的合意と科学的評価が求められていることが、豊富な事例とともに論じられている。

また、現代ヨーロッパで最も注目を集めるテーマのひとつであるオオカミの再定着と家畜被害については、「狩猟圧」「選択的個体除去」「非致死的防除(フェンス、牧羊犬等)」「経済的補償」など、国際比較も交えつつ、その効果と限界が冷静に検証されている。伝統的なキツネ管理の枠組みも、従来型の“駆除中心”から“生態系の機能を活かした管理”へとパラダイムシフトしつつある実態が示される。

本書のもう一つの大きな特徴は、いわゆる「ヒューマン・ディメンション(Human Dimensions of Wildlife)」の観点を重視している点である。単なる生態学・個体群管理の議論を超えて、利害関係者(農家・ハンター・自然保護団体・行政・市民など)の多様な価値観・認識・態度をどう統合するか、社会的受容性や参加型合意形成をどのように制度設計するか、といった視点が全体に一貫して流れている。これは、生態系の変化や野生動物の動態が、もはや純粋な自然現象だけでなく、人間社会の構造転換や倫理的価値観の変動とも深く結びついている現代において不可欠な視座といえる。

また、法制度や政策的なフレームワークの比較・解説も随所に現れる。EU生息地指令やドイツ国内の自然保護法・狩猟法・外来種規制など、国際的かつ多層的な法規制と現場管理の間で生じる矛盾や課題、それに対する具体的な運用上の工夫や提言が多数盛り込まれている。これは現場の実務家や政策立案者にとって、単なる理論的レビューを超えて、実際の施策設計やトラブルシューティングの現場で直接役立つ知見といえる。

本書の最大の功績は、以上のような多層的・学際的な知見を、単なる事例集やガイドブックの域を超えて、現代的な野生動物管理の「意思決定サイクル」全体にわたって貫徹している点にある。すなわち、現場でのデータ収集とモニタリング(科学的根拠の蓄積)、管理目標の明確化(生物多様性、社会的受容性、経済性など)、施策実施とその評価、施策の見直しというプロセスが、どの対象種・フィールド・課題においても共通する「枠組み」として提示され、各章の具体的提案はすべてこの枠組みのなかで整理されている。

たとえば管理効果の測定については、従来型の「狩猟数」や「目視個体数」だけでなく、非侵襲的DNA解析やカメラトラップ、衛星追跡技術、市民参加型データ収集など、多様な新技術・手法が紹介されている。さらに評価指標も、単純な“個体数の増減”にとどまらず、遺伝的多様性・空間的結合性・生息地ネットワークの維持・市民の納得度・経済的効率性など、複合的なパラメーターを組み合わせることが強調される。

また、本書の根底には「適応的管理(Adaptive Management)」という考え方が流れている。すなわち、現場の不確実性や社会的変化を前提とし、施策を実施した後も絶えずデータを集めて評価し、必要なら施策を柔軟に見直すというPDCAサイクルが各章に共通する姿勢として示されている。この思想は、欧州をはじめとする現代社会において、気候変動や土地利用変化、価値観の多様化などによって「自然と社会の境界が動的に変化する」時代にこそ不可欠なものである。

さらに倫理的・哲学的な観点も随所に見られる。たとえば「外来生物の管理はどこまで許されるか」「再生可能エネルギー拡大と生物多様性保全はどう両立するか」「野生動物と人間の“共生”は実現可能か」など、現代の野生動物管理が直面する根本的なジレンマや社会的議論にも、単なる科学的知見や実務ガイドを超えた問題提起がなされている。現代のエビデンスベースの管理は、単なる技術論ではなく、根本的な価値観や社会哲学の問い直しも含まれることを、本書は改めて読者に突き付けている。

このような総合性・学際性・現場志向の強さは、現代日本やアジア各国を含む世界中の野生動物管理・保全・人間社会の調整に携わる実務家・研究者・政策立案者にとっても、極めて大きな示唆を与えるものである。欧州型の政策や法制度はそのまま適用できない部分も多いが、「エビデンスベース」「適応的管理」「ヒューマン・ディメンション」「社会的受容性」などの理念や具体的な運用上の工夫は、時代と地域を超えて共有可能な普遍的原則であるといえよう。


Inhaltsverzeichnis(目次:ドイツ語・日本語対訳)

Danksagung und Widmung
謝辞と献辞

1 Evidenzbasiertes Wildtiermanagement
エビデンスベースの野生動物管理

1.1 Das Management von Mensch-Wildtier-Konflikten in anthropogenen Landschaften
人間-野生動物コンフリクトの管理:人為的景観における課題


2 Evidenzbasiertes Rotwildmanagement in Deutschland: Eine Übersicht und Vorschläge für die Zukunft
ドイツにおけるエビデンスベースのシカ管理:現状と将来への提案

2.1 Einleitung
はじめに
2.2 Grundsätzliche Ausrichtung eines evidenzbasierten Rotwildmanagements
エビデンスベースのシカ管理の基本的枠組み
2.2.1 Erfolgskontrolle und adaptives Rotwildmanagement
成功評価と適応的シカ管理
2.2.2 Monitoring im Rotwildmanagement
シカ管理のモニタリング
2.3 Übersicht und Diskussion zum derzeitigen Rotwildmanagement
現在のシカ管理の概要と議論
2.3.1 Verbreitung und Fragmentierung von Rothirschvorkommen
シカ分布と個体群の分断
2.3.2 Räumliche Lenkung von Rothirschen
シカの空間的コントロール
2.3.3 Populationsdynamiken, Abschussplanung und Jagdzeiten
個体群動態・狩猟計画・狩猟期間
2.4 Fazit für ein evidenzbasiertes Rotwildmanagement
エビデンスベースのシカ管理へのまとめと提言


3 Evidenzbasiertes Feldhasenmanagement
エビデンスベースのノウサギ管理

3.1 Einleitung
はじめに
3.2 Welche Faktoren beeinflussen die Hasendichte?
ノウサギ密度に影響する要因
3.3 Ansprüche der Feldhasen an ihren Lebensraum
ノウサギの生息地ニーズ
3.4 Und wie viel Platz braucht ein Feldhase?
ノウサギが必要とする空間
3.5 Hasen als begehrte Beute
ノウサギの狩猟対象としての位置づけ
3.6 Krankheiten: von Ökologen oft unterschätzt!
疾病:生態学者がしばしば過小評価する要素
3.7 Vom Kulturfolger zum Verlierer in der Kulturlandschaft
「文化追従者」から文化的景観の敗者へ
3.8 Was braucht ein gutes Feldhasenmanagement?
良いノウサギ管理に必要なこと
3.8.1 Lebensraumverbesserung
生息地改善
3.8.2 Beutegreiferdruck reduzieren
捕食者圧の低減
3.8.3 Zuwachsorientierte Bejagung
増加志向の狩猟管理


4 Der Nordamerikanische Waschbär in Deutschland – Hintergrund, Konfliktfelder & Managementmaßnahmen
ドイツにおける北米原産アライグマ――背景・対立分野・管理措置

4.1 Kurzbeschreibung
概要
4.2 Hintergrund
背景
4.3 Kenntnisstand zu den Auswirkungen der Waschbärenbesiedlung in Deutschland
ドイツにおけるアライグマ定着の影響知見
4.3.1 Ökonomische Schäden durch Waschbären
アライグマによる経済的損害
4.3.2 Waschbären als Vektor für Krankheiten und Parasiten
病気・寄生虫の媒介者としてのアライグマ
4.3.3 Ökologische Auswirkungen des Waschbären
アライグマの生態的影響
4.4 Rechtlicher Status des Waschbären
アライグマの法的地位
4.4.1 Gesetzliche Situation in Deutschland
ドイツにおける法的状況
4.4.2 EU-Verordnung über invasive gebietsfremde Arten
EU外来種規則
4.5 Managementmaßnahmen und Handlungsempfehlungen
管理措置と行動指針
4.5.1 Schutz von Horstbäumen besonders schutzbedürftiger Arten
特に保護が必要な種の巣木の保護
4.5.2 Waschbärsichere Brutvogelkästen
アライグマ侵入防止型の鳥類巣箱
4.5.3 Einzäunung von Vorkommensgebieten/Laichhabitaten gefährdeter Arten
希少種生息地・産卵地の囲い込み
4.5.4 Sicherung gefährdeter Fledermausquartiere gegen das Eindringen von Waschbären
コウモリ生息地へのアライグマ侵入防止
4.5.5 Lokale Populationskontrolle in Bereichen, in denen der Waschbär eine Gefährdung heimischer Arten verursachen kann
アライグマによる在来種被害地域での個体数管理
4.5.6 Waschbären im urbanen Raum
都市部のアライグマ管理
4.6 Künftige Herausforderungen für Forschung und Management
今後の研究・管理上の課題


5 Nachhaltiger Schutz von Igelpopulationen in städtischen und ländlichen Lebensräumen
都市・農村のハリネズミ集団の持続的保護

5.1 Biologische Grundlagen für ein wirkungsvolles Management
効果的管理のための生物学的基礎
5.1.1 Systematik und Verbreitung
系統・分布
5.1.2 Körperliche Eigenschaften
身体的特徴
5.1.3 Aktivität und Fortpflanzung
活動・繁殖
5.1.4 Lebensraum und Nahrung
生息地・食性
5.1.5 Populationsdynamik
個体群動態
5.1.6 Schutzstatus
保護状況
5.2 Igelschutz im ruralen Lebensraum
農村におけるハリネズミ保護
5.2.1 Verbesserung des natürlichen Nahrungsangebotes
自然食料の増加
5.2.2 Verbesserung von Schutzstrukturen
シェルター構造の改善
5.2.3 Vernetzung von Lebensräumen
生息地ネットワークの強化
5.3 Igelschutz im Siedlungsraum
市街地におけるハリネズミ保護
5.3.1 Verbesserung des natürlichen Nahrungsangebotes
自然食料の増加
5.3.2 Verbesserung von Schutzstrukturen
シェルター構造の改善
5.3.3 Vernetzung von Lebensräumen
生息地ネットワークの強化
5.4 Wirkungskontrolle und Igelmonitoring
効果測定・ハリネズミモニタリング
5.4.1 Bestandsschätzung, Markierung und Altersbestimmung
個体数推定・標識・年齢判定


6 Management in wesentlichen Konfliktfeldern um den Fischotter – Übersicht zum aktuellen Wissensstand
カワウソに関する主要なコンフリクト管理――現状知見の整理

6.1 Einleitung
はじめに
6.2 Konflikte in der Fischerei
漁業における対立
6.2.1 Konflikte in Teichwirtschaften
養殖池での対立
6.2.2 Konflikte mit der Reusenfischerei
仕掛け網漁との対立
6.2.3 Konflikte in der Fließgewässerbewirtschaftung
河川管理での対立
6.2.4 Voraussage möglicher Konflikte bei Neueinwanderung des Fischotters
カワウソ再定着に伴う将来の軋轢予測
6.3 Weitere Konfliktfelder
その他の対立分野
6.3.1 Freizeitnutzung
レジャー利用
6.3.2 Gewässerunterhaltung
水域維持管理
6.3.3 Fallenjagd
罠猟


7 Windkraft und Fledermausschutz im Wald – eine kritische Betrachtung der Planungs- und Zulassungspraxis
森林内の風力発電とコウモリ保護――計画・認可手続の批判的検証

7.1 Einleitung
はじめに
7.1.1 Fledermäuse – eine durch WEA besonders gefährdete Tiergruppe
風力発電で特に危険にさらされるコウモリ
7.2 Rechtlicher Rahmen
法的枠組み
7.3 Ablauf und Durchführung eines Planungs- und Zulassungsverfahrens
計画・認可手続の流れ
7.4 Ziele dieses Beitrags
本章の目的
7.5 Planung der Untersuchung
調査計画
7.5.1 Der Relevanzcheck – welche Arten sind betroffen?
重要性チェック――どの種が対象か?
7.5.2 Flächenabgrenzung und Verwendung des Populationsbegriffs
区域設定・個体群概念の適用
7.5.3 Arbeitshilfen
補助資料
7.6 Umsetzung der Untersuchung
調査の実施
7.6.1 Effekte der Arbeitshilfen
補助資料の効果
7.6.2 Bewertung der Erfassungsmethoden
調査手法の評価
7.7 Bewertung der Erfassungsdaten
調査データの評価
7.7.1 Einschätzung des Konfliktpotenzials
コンフリクトリスクの評価
7.7.2 Von der Konfliktbewertung zur Maßnahmenempfehlung
コンフリクト評価から管理提言へ
7.8 Maßnahmen zur Konfliktminderung
コンフリクト低減措置
7.8.1 Schlagopfersuche
死体探索
7.8.2 Gondelmonitoring
ゴンドラモニタリング
7.8.3 Abschaltalgorithmen (ProBat)
停止アルゴリズム(ProBat)
7.8.4 Abschaltung durch Früherkennung
早期検知による停止
7.8.5 Vergrämung
追い払い
7.8.6 CEF- und FCS-Maßnahmen
CEF・FCS対策
7.8.7 Empfehlungen
提言
7.9 Fazit
まとめ


8 Evidenzbasierter Fledermausschutz bei Beleuchtungsvorhaben im Außenbereich
屋外照明事業におけるエビデンスベースのコウモリ保護

8.1 Einleitung
はじめに
8.2 Einfluss von künstlichem Licht bei Nacht auf Fledermäuse
夜間の人工光がコウモリに及ぼす影響
8.2.1 Lichtverschmutzung an Quartieren
生息地での光害
8.2.2 Lichtverschmutzung von Flugkorridoren
飛行ルートでの光害
8.2.3 Lichtverschmutzung im Jagdhabitat
狩場での光害
8.2.4 Lichtverschmutzung an Trinkstellen
水飲み場での光害
8.2.5 Lichtverschmutzung im Landschaftskontext
景観レベルでの光害
8.2.6 Lichtverschmutzung bei der Migration
移動時の光害
8.2.7 Zusammenfassung der Wirkung von künstlichem Licht bei Nacht auf Fledermäuse
夜間の人工光がコウモリに及ぼす影響のまとめ
8.3 Wirksamkeit von Maßnahmen zum Schutz von Fledermäusen bei Beleuchtungsvorhaben im Außenbereich
屋外照明におけるコウモリ保護策の効果
8.3.1 Änderung des Beleuchtungsfokus (Abblendung)
照明焦点の変更(遮光)
8.3.2 Reduktion der Beleuchtungsintensität
光度の低減
8.3.3 Wechsel von konventionellen auf neue Beleuchtungstypen
新しい照明タイプへの切替
8.3.4 Wechsel von weißem Licht auf Licht mit langwelligem Farbspektrum
白色光から長波長光への切替
8.3.5 Temporäre Beleuchtung
一時的な照明
8.3.6 Schattenspendende Vegetation
日陰を作る植生
8.3.7 Zusammenfassung der Wirksamkeit von Maßnahmen zur Reduzierung des negativen Effekts von künstlichem Licht auf Fledermäuse
光害対策の効果まとめ


9 Wie lassen sich Nutztierübergriffe durch Wölfe nachhaltig minimieren? – Eine Literaturübersicht mit Empfehlungen für Deutschland
オオカミによる家畜被害を持続的に最小化するには?――ドイツ向け文献レビューと提言

9.1 Einleitung
はじめに
9.2 Warum töten Wölfe Nutztiere?
なぜオオカミは家畜を襲うのか
9.3 Mehr Wölfe – mehr Nutztierschäden?
オオカミ増加と家畜被害の関係
9.4 Eignung verschiedener Managementmaßnahmen für eine nachhaltige Minimierung von Wolfsübergriffen auf Nutztiere
家畜被害最小化のための管理手段の適否
9.4.1 Bejagung von Wölfen
オオカミ狩猟
9.4.2 Selektive Einzelabschüsse von Wölfen
選択的個体除去
9.4.3 Nicht-letale Herdenschutzmaßnahmen
非致死的家畜保護措置
9.4.4 Zusammenfassung der Datenlage zur Eignung verschiedener Managementmaßnahmen für eine Minimierung von Wolfsübergriffen auf Nutztiere
管理手段の適否に関するデータまとめ
9.5 Der Weg zu einem evidenzbasierten und lösungsorientierten Wolfsmanagement
エビデンスベースで解決志向のオオカミ管理への道
9.5.1 Klare Zielvorgabe für das Management
明確な管理目標
9.5.2 Geld allein hilft nicht
お金だけでは解決しない
9.5.3 Wirksamkeit von Schutzmaßnahmen prüfen
防護策の効果検証
9.6 Fazit
まとめ


10 Das Management des Fuchses sollte auf wissenschaftlichen Grundlagen anstatt auf Annahmen basieren
キツネ管理は仮定ではなく科学的根拠に基づくべきである

10.1 Einleitung
はじめに
10.1.1 Ausgangslage
現状
10.1.2 Aktuelles Fuchsmanagement in der Schweiz
スイスにおける現在のキツネ管理
10.1.3 Jagdliche Eingriffe im Siedlungsraum
市街地での狩猟的介入
10.1.4 Baujagd
巣穴猟
10.1.5 Verletzungsgefahr durch den Einsatz von Schrot
散弾使用による負傷リスク
10.2 Neue Managementkonzepte sind notwendig
新たな管理コンセプトの必要性
10.2.1 Begrenzung der Schlüsselressourcen
重要資源の制限
10.2.2 Hunting for fear – Wildtiere auf Distanz halten
「恐怖を与える狩猟」――野生動物を遠ざける
10.3 Schlussfolgerungen
結論


11 Die menschliche Perspektive im Naturschutz und Wildtiermanagement: Eine Einführung in die „Human Dimensions of Wildlife“
自然保護と野生動物管理における人間の視点:「ヒューマン・ディメンション」への導入

11.1 Einleitung
はじめに
11.2 Konzeptionelle Ansätze der Human Dimensions of Wildlife
ヒューマン・ディメンションの概念的アプローチ
11.3 Mensch-Wildtier-Konflikte in Deutschland und Europa
ドイツとヨーロッパにおける人間―野生動物コンフリクト
11.3.1 Große Beutegreifer
大型捕食動物
11.3.2 Huftiere
有蹄類
11.3.3 Tierarten in und an Gewässern
水域とその周辺の動物種
11.3.4 Fledermäuse
コウモリ
11.4 Abschließende Bemerkungen
まとめ


Stichwortverzeichnis
索引


第1章「Evidenzbasiertes Wildtiermanagement」(証拠に基づく野生動物管理)

 現代における野生動物管理は、従来の保護か駆除かという単純な二分法をはるかに超えている。人間社会の都市化、土地利用の細分化、多様な価値観の共存、グローバルな生態系変化、そして技術革新がもたらす情報量の飛躍的増大──こうした新しい時代の背景において、「どのような根拠で」「誰が」「何のために」野生動物を管理すべきかという問いが、かつてない複雑さで突き付けられている。本書第1章は、このような時代的・社会的な転換を明確に意識しながら、エビデンスに基づく野生動物管理(Evidenzbasiertes Wildtiermanagement)の理念と実践を多角的に論じている。

 章の冒頭では、著者が「人と野生動物の関係性」の歴史的変遷と現代的意味を広い視野で俯瞰する。かつてのヨーロッパ社会、特にドイツ語圏では、野生動物はしばしば自然の脅威であり、同時に資源(狩猟対象や毛皮・肉・薬用資源等)でもあった。その一方、啓蒙時代から19世紀のロマン主義を経て、自然保護や動物愛護の理念が生まれ、20世紀には種の保全・生態系管理へと関心が拡大した。現代社会においては「野生動物の存在自体が多義的な意味を帯び、単なる利用・排除・保護という三項対立では捉えきれない」存在となっている。そこには、農業・林業・都市計画・観光・再生可能エネルギー・教育・レクリエーション等、無数の社会的活動や政策領域が絡み合う。管理対象としての野生動物は、単なる個体数・種多様性の問題ではなく、人間社会の構造や価値観そのものの映し鏡となったのである。

 続く部分では、「エビデンス(科学的根拠)」という概念が、現代の野生動物管理にどのような変革をもたらしたのかが論じられる。伝統的な狩猟者、農民、自然保護活動家、行政担当者らが持つ「経験知」や「慣習的対応」は、依然として現場の意思決定に大きな影響力を持つ。しかし、こうした伝統的知識がしばしば個別的・断片的・属人的であるのに対し、「エビデンスベース」とは、多数の観測・調査・実験・社会調査を通じて体系的・反復的に得られる情報に基づいて施策を立案し、実施後も継続的に効果を測定・評価し、必要なら再調整するという、動的な意思決定サイクルを意味する。この根本的な姿勢の転換こそが、今日の野生動物管理の「科学化」「近代化」を推進している。

 実際に、エビデンスベースの管理が求められる現場課題は多岐にわたる。農業・林業分野では、シカやイノシシなどによる作物被害や森林の食害と、個体数管理、地域的な個体群分布の把握、生息地ネットワークの維持といった科学的課題が生じる。都市部では、アライグマやキツネ、タヌキ、ハリネズミなど都市化適応型動物の生息域拡大、交通事故やごみ漁り、感染症リスクなどが現実的な問題となる。さらに近年は、風力発電や大規模農業開発に伴うコウモリや鳥類の事故死、河川改修や水利事業に伴うカワウソやビーバーの生息地消失といった、新たな軋轢も深刻化している。これらの課題は単なる「生態系の問題」ではなく、法律、経済、社会的受容性、倫理的評価など、複合的な論点を内包している。例えば、外来種の管理では「根絶」が本当に生態系全体のためになるのか、それとも在来種との共存や景観の多様性維持を優先すべきなのか、という価値判断が問われる。

 著者は、こうした多元的な課題を整理し、「管理」の主体・対象・目的の再定義を試みる。現代の野生動物管理は、「個体数や生息地の調整」だけでなく、「社会的合意形成プロセス」そのものを不可分の要素として含む。「どの種をどこで、どのように扱うか」という生態学的・獣医学的判断だけでなく、「誰が意思決定に参加し、どのような価値観・利害が調整されるべきか」という社会学・政治学的な問いが必須となる。現場では、農家・林業者・猟友会・自然保護団体・市民・行政担当者・政治家といった多様なステークホルダーが絡み合うため、単一の科学的正しさや法的根拠のみで管理が実現することは稀である。ここにこそ「ヒューマン・ディメンション」すなわち“人間側要因”の重視という、欧州の先端的な野生動物管理思想が現れる。

 エビデンスベースの実現のために、著者は「適応的管理(adaptive management)」の思想を核とすることを提案している。これは、管理目標を明確化し、モニタリングとデータ収集によって進捗や効果を絶えず評価し、その結果を踏まえて柔軟かつ機動的に管理方策を見直すという、動的・循環的なマネジメントモデルである。たとえば、シカ個体群管理では「捕獲数」だけでなく、個体群動態モデルや遺伝的多様性、病気の伝播リスク、生息地構造、土地利用の変化などを総合的にモニタリングし、管理の“効果”と“副作用”をともに評価する。市民科学(Citizen Science)やICT技術(自動撮影カメラ、ドローン、DNA分析等)によるデータ収集の多様化も、エビデンスベース管理の可能性を広げている。こうした「科学・社会・技術の協働」は、管理主体を単なる行政や研究機関に限定せず、広く市民・地域社会に開かれたものとする新しい公共性を生み出している。

 一方で、エビデンスベースの管理にもいくつかの根本的課題が残されている。第一に、「科学的証拠」と「社会的正当性」の間のギャップである。たとえば、外来生物管理やオオカミの個体数調整などでは、科学的には明らかに有効とされる管理策であっても、地元住民の反発や倫理的批判、国際的な動物愛護運動の影響によって、実施困難となるケースが少なくない。科学的エビデンスは「唯一絶対の正解」ではなく、多様な価値判断や政治的意思決定と並存しながら、あくまで「説明責任」と「透明性」を支える柱として機能するのである。

 第二に、データの質と量、そして現場実装の課題である。野生動物の個体群動態、生息地利用、遺伝子フロー、社会的インパクト評価など、必要なデータは膨大かつ多岐にわたる。ところが、実際の現場では調査予算や人手、技術リソース、法制度の制約などによって、理想的なモニタリングや実験的評価が難しい場合も多い。特に、短期間の事象や一部地域でのみ起こる現象(例えば突発的な農作物被害や交通事故など)は、体系的データが十分に集められないまま管理判断がなされることもある。著者はここで「Evidence hierarchy(証拠の階層性)」の観点も導入し、エビデンスの質・信頼性評価の手法、情報が不十分な場合の意思決定の原則なども論じている。

 第三に、「合意形成と社会的受容性」の課題がある。野生動物管理の現場では、異なる立場や価値観が激しく衝突することが珍しくない。農業被害の深刻化に苦しむ農家と、野生動物の保護を訴える市民団体、都市部の生態系サービス向上を目指す行政と、伝統的猟友会、再生エネルギー推進派と生物多様性保全派──こうした対立軸のなかで、エビデンスベースの議論が「科学者だけの閉じたもの」「専門家によるトップダウン管理」になることへの警鐘も、著者は忘れない。エビデンスを巡る合意形成には、説明責任・情報公開・双方向的コミュニケーションが不可欠であり、住民参加型ワークショップや意見公募、地域メディアでの発信など、民主的・協働的なプロセスの制度化がますます重要となっている。

 さらに章末部では、「グローバルな視点」からの野生動物管理の意義が再確認される。EUの生息地指令や生物多様性戦略、気候変動対策、外来生物規制など、各種国際条約・枠組みのなかで、ドイツのみならずヨーロッパ全体が「エビデンスベース」「アダプティブマネジメント」「ヒューマン・ディメンション」の思想を共有しつつ、国ごとの制度・文化・社会構造の違いを尊重した“現場発”の実践を積み重ねている。本章はその一例として、オオカミの再定着をめぐるドイツ・フランス・イタリアの比較や、風力発電をめぐる北欧諸国の協働プラットフォーム、外来種管理の国際情報ネットワークの展開など、多様な事例を引用しながら「証拠にもとづく国際協働」の時代であることを強調している。

 最後に著者は、野生動物管理という実践分野が「社会の鏡」であり、「私たち自身の価値観・倫理・未来観を映し出す場」であることを改めて示す。エビデンスベースの管理とは、科学的合理性や効率性を追求するだけでなく、共生・多様性・対話・公平性といった21世紀社会の中核的理念を現場で実現していく「社会的イノベーション」の一形態である。管理が成功したかどうかの判断も、単なる個体数や被害件数だけでなく、「地域社会の納得」「対話の持続性」「新しい知見の創出」「未来世代への責任」など、広い意味での“ウェルビーイング”や“持続可能性”に基づいて再定義されるべきだと説く。

 本章は、単なる理論的序論や管理技法の解説にとどまらず、「科学と社会の交差点としての野生動物管理」という極めて現代的な問題設定を、哲学的・実務的・政策的な観点からバランスよく論じている。章全体を通じて貫かれるのは、絶えざる批判・自己反省・現場主義、そしてエビデンスを社会的合意・倫理的説明責任の核心に据えるという、きわめて実践的かつ先端的な知的態度である。現場の実務家や研究者のみならず、政策立案者、教育関係者、市民社会の一員すべてにとって、本章の射程と重層性はきわめて大きな示唆を与えるものである。本書全体の出発点として、現代の野生動物管理がどこに向かうべきか、なぜいま「エビデンス」が不可欠なのかを、これ以上なく力強く説得的に描き出している章である。


第2章「Evidenzbasiertes Rotwildmanagement in Deutschland: Eine Übersicht und Vorschläge für die Zukunft」(ドイツにおけるエビデンスベースのシカ管理:現状と将来への提案)

はじめに――シカ管理の時代的背景と課題

第2章は、ドイツにおける代表的な大型野生動物であるシカ(とくにヨーロッパアカシカ=Rotwild)管理の現状を科学的に俯瞰し、今後の管理方針と社会的課題を検討する意欲的な内容となっている。序論部では、シカ管理が単なる狩猟対象動物の個体数調整にとどまらず、森林生態系・農林業経済・社会的受容性・法制度・生物多様性保全と密接に絡み合っていることが示される。とりわけ、ドイツは長い狩猟文化の歴史を持つ一方、近代以降は森林保全政策や土地所有権、多様な利害関係者(ハンター、林業家、保護団体、市民社会)が共存するなかで、シカ管理がきわめて複雑な社会技術的システムと化している。

現代のドイツにおけるシカ管理は、「過剰な個体数による森林被害の増大」「生息域の断片化と遺伝的多様性低下」「交通事故や農業被害」「都市周縁部への進出」「気候変動・土地利用変化」など、さまざまな社会・生態的課題を抱えている。こうした現状を前に、管理の正当性・有効性を科学的証拠(エビデンス)で裏付け、適応的かつ合意的な運用へ転換することが強く求められている。


管理目標とエビデンスベースの基本枠組み

本章の核心は「シカ管理の目標と管理方針の明確化」にある。エビデンスベースの管理がなぜ必要か、どうやって科学的知見と社会的合意を両立させるか、その理論的な枠組みが精緻に論じられている。

まず、シカ管理の目的は多岐にわたる。森林生態系への適切な圧力(過剰な樹皮剥離や稚樹の消失防止)、生物多様性の維持、経済的損失(林業・農業被害)の抑制、動物福祉の確保、狩猟文化の継承など、目標は時に矛盾し、対立する。だからこそ「なぜ、何のために管理するのか」を明確に言語化し、すべての利害関係者が共有できる枠組みを作ることが最初の出発点となる。

次に、管理計画には「科学的モニタリング」「目標に基づく適応的意思決定」「管理の成果と副作用の定量的評価」「柔軟な見直し」というエビデンスサイクルが必須である。個体数や生息密度、森林再生率、種多様性、遺伝的指標、被害件数、社会的受容度など、多次元的データを集約しながら、管理方針を絶えず修正していく「適応的マネジメント(adaptive management)」こそが現代管理の基盤とされる。


ドイツのシカ個体群の現状と生息域の分断

本章の中盤は、現代ドイツにおけるシカ分布の実態と個体群ダイナミクスに焦点を当てている。近代以降、ドイツのシカは狩猟・農林業政策・土地利用変化・都市化・交通インフラの発展など複数要因によって生息域が大きく分断され、限られたエリアに孤立個体群として分布する傾向が強まっている。

この分断化は遺伝的多様性の低下や疾病リスク、極端な密度変動、局所絶滅リスクを高める一方、地域間で管理方針が異なることで「越境個体」の扱いや管理圧の不均衡など新たな課題も生んでいる。こうした現状を把握するためには、DNA分析・標識再捕獲・カメラトラップ・GPS追跡・狩猟統計など、最新の生態学的・技術的手法による詳細なモニタリングが不可欠である。著者は実際の調査データや各州の管理例も豊富に引用し、「分布・密度・個体群の連結性」というマクロな視点からドイツ全体の課題像を浮き彫りにする。


管理手法の実際と課題――狩猟・生息地誘導・社会的要因

ドイツのシカ管理は「狩猟圧の調整」「空間的誘導」「生息地管理」「農林業被害対策」「交通事故防止」など多岐にわたる実践的方策で構成されている。著者はこれらの手法を、現場の現実や過去の運用実績と突き合わせながら、個々のメリット・限界を冷静に分析している。

まず狩猟は、個体数コントロールの中心的手段である一方、狩猟圧が低すぎれば過密化・生息地破壊・農林業被害が増大し、高すぎれば個体群の不安定化や社会的摩擦を生む。また、狩猟規制や猟区制、ハンター教育、地域ごとの社会的合意形成も不可欠となる。

空間的誘導(エリア内の分布調整)は、生息地管理や人工餌場の設置、植生回復区の設定、フェンス・道路横断施設の整備など複合的手法が必要とされる。生息地の質的改善や回廊設置による個体群連結性向上は、遺伝的多様性維持の観点からも重要な課題である。

一方、管理の現場では必ずしも科学的合理性だけでなく、狩猟文化・伝統、土地所有権、地元住民の価値観や行政制度といった「社会的要因」もきわめて大きな影響を及ぼす。たとえば狩猟解禁日や休猟区設定、ハンターのモチベーション維持、住民への情報発信や教育活動、市民参加型モニタリングなど、ヒューマン・ディメンションの調整が成果の成否を左右することは少なくない。


管理のモニタリングと適応的評価

エビデンスベースの管理においては、「モニタリング」と「評価」の仕組みが中核をなす。本章では、シカ個体群と森林生態系、社会的影響の両方に対するモニタリングのあり方が詳細に論じられている。具体的には、狩猟統計や生息密度の経年変化、食害率の現地調査、森林の再生状況、林業被害額、生物多様性指標、遺伝的多様性、感染症発生率など、多次元的な指標を同時に追跡する必要がある。

また、「管理目標がどこまで達成されているか」を評価し、目標未達であれば原因分析を行い、管理方針・手法を柔軟に見直す「PDCA(Plan-Do-Check-Act)」型のサイクルを確立することが、長期的な適応的管理に不可欠である。著者は、現場でよく起こる「データ不足」「評価の主観化」「短期的成果の過大評価」といった落とし穴にも警鐘を鳴らし、エビデンス重視の姿勢と柔軟な現実対応のバランスを強調している。


社会的合意形成と政策・法制度の課題

シカ管理は、科学だけでなく法制度や政策、社会的合意形成の枠組みと切り離せない。本章では、狩猟法、自然保護法、土地所有権、EU指令など、ドイツに特有の法制度的背景が詳細に整理される。州ごとに異なる規制や管理区分(猟区制、猟区外管理、国有林・私有林の違い)による運用の多様性も示されている。

また、近年は社会的対立や価値観の多様化が進み、狩猟者・農林業者・自然保護団体・動物愛護運動・市民社会・行政の間でしばしば摩擦や紛争が生じる。こうした対立状況下で、管理主体は単に“科学的に最適”な方策を選ぶだけでなく、「誰が意思決定に参加し、どうやって合意を形成するか」というプロセス設計が極めて重要となる。

著者は、住民参加型ワークショップや合意形成会議、情報公開と説明責任の徹底、利害調整のための専門委員会設置、政策評価の透明性確保など、社会的信頼の構築に向けた多様な実践例も紹介している。エビデンスだけでは合意形成が難しい場合の“現実的な妥協”や“段階的実施”の意義にも言及し、シカ管理が「社会を写す鏡」としての役割を果たしていることを強調する。


今後の展望と提言――シカ管理の未来像

章の終盤では、ドイツにおけるシカ管理の今後の方向性と、現場・政策双方への具体的提言が示される。著者は「単なる個体数管理から、社会的合意・生態系健全性・経済的持続可能性・動物福祉・文化的価値を統合する多元的マネジメントへの転換」を強調し、そのためには次のような要素が不可欠だとまとめる。

  • 適応的管理サイクル(科学的データと社会的意志決定の循環)
  • マルチスケール(地域~国レベル)の個体群・生態系連結性の強化
  • 市民参加型モニタリングと情報公開
  • 若手ハンター・林業家・市民への教育・啓発活動
  • 法制度の柔軟な運用と現場発の政策改善
  • 管理主体間のネットワーク強化・ベストプラクティスの共有
  • 気候変動や土地利用変化を見据えた長期的シナリオの導入

最後に、「証拠に基づく(evidenzbasiert)管理」とは、単なる科学的“正しさ”や効率化ではなく、「対立や葛藤を内包しつつ、多様な価値観の対話と調整を通じて、現場ごとに最適な解決策を柔軟に創出し続けること」であると説く。現代社会の鏡であり、多元的課題の縮図でもあるシカ管理を題材に、本章は“野生動物管理の本質は、科学と社会・現場と制度・合理性と価値観の絶え間ない往復運動にある”という重要な教訓を提示している。
本章は、現代的な野生動物管理の理論と実践を結びつけ、エビデンス・合意形成・法制度・社会的対話の全方位的な重要性を、きわめて具体的かつ説得的に示した傑作である。


第3章「Evidenzbasiertes Feldhasenmanagement」(エビデンスベースのノウサギ管理)

現代農村景観の変動とノウサギの衰退

本章は、ドイツを中心とするヨーロッパの農村景観におけるノウサギ(Feldhase, Lepus europaeus)の個体群動態、減少傾向、その背後にある生態学的・社会経済的要因、そして科学的エビデンスに基づく管理戦略の課題を総合的に論じるものである。
序論部では、ノウサギがかつて「ありふれた農村の動物」であったことが振り返られる。農地のモザイク的景観、伝統的な耕作方法、広大な草地や休耕地、適度な低密度捕食者圧といった条件が、ヨーロッパのノウサギにとって理想的な環境を形成していた。しかし20世紀後半から21世紀初頭にかけて、農業集約化・土地利用の単一化・機械化・農薬・除草剤の使用拡大・都市化・道路網の発達などによって、かつての生息地は劇的に変貌した。この大規模な環境変動に伴い、ノウサギ個体群は多くの地域で激減し、その保全管理が新たな社会的・政策的課題として浮上した。


ノウサギの生態と生息地要件――生活史・空間利用・繁殖特性

本章の初期節では、ノウサギという動物の生物学的特徴が多角的に解説される。ノウサギは夜行性で広い行動圏(home range)を持ち、農地・草地・生垣・休耕地などを行き来する柔軟な生息戦略を持つ。繁殖期は長く、多産だが、幼獣の死亡率も高い。こうした生活史特性から、ノウサギ個体群の動態は「高い増殖力と高い死亡率がバランスする」という不安定な性質を持つ。
また、ノウサギは生息地の“多様性”に強く依存する種であり、単調な大規模農地や植生構造の単一化には極めて脆弱である。隠れ場所・餌場・移動ルートがバランスよく混在する“中規模多様性”こそが、ノウサギ保全の鍵であることが、モニタリング研究や行動観察のエビデンスから明らかとなっている。


ノウサギ減少の多因子モデル――農業集約化・捕食・疾病・気象・人間活動

ノウサギ個体群減少の背景はきわめて複雑で、多数の要因が相互作用している。本章では、近年のエビデンスを整理し、要因分析のマルチファクターモデルを提起している。

まず最大の要因は「農業集約化」である。大規模一作・畦や草地の減少・刈り払い時期の画一化・除草剤・殺虫剤・肥料の多用など、現代農業の生産性向上施策が、ノウサギの餌資源・隠れ場所・幼獣の生存環境を根本的に破壊した。さらに農作業機械による直接的な幼獣死亡も増加している。

第二に「捕食者圧」の増大である。アカギツネ、イヌ、ネコ、カラス類などの捕食者は、農村景観の変化や人間活動の影響で局所的に増加・集中することがある。とくに低密度・断片化したノウサギ個体群において、捕食リスクは致命的なインパクトを持つことが近年の研究で示されている。

第三は「疾病と寄生虫」である。ウサギウイルス性出血病(RHD)やコクシジウム感染症など、集団発生する疫病は一気に個体群を壊滅させるリスクがある。農業集約化や生息地断片化は、こうした疾患の伝播や免疫低下を助長する要因ともなっている。

さらに「気候変動・極端気象」「交通事故」「違法な狩猟・密猟」「レクリエーション・人間活動の増加」なども、複合的にノウサギの減少を推し進めている。著者は、これらの要因が「単独ではなく、累積的かつ相乗的に個体群の安定性を脅かしている」ことを最新のデータで示し、「単一対策では解決できない」現実を強調する。


科学的モニタリングと個体群ダイナミクス――データの課題と新技術

ノウサギ管理の基礎には、個体群サイズ・生息密度・分布・死亡率・出生率などの正確なデータが不可欠である。しかし、ノウサギは警戒心が強く夜行性であるため、目視カウントや生息痕跡からの推定には多くのバイアスが含まれる。

本章では、近年普及した「カウント・ライン法」「フラッシュ・カウント法」「サーマルイメージング(熱感知カメラ)」などの調査手法、個体標識・耳標・GPS首輪による追跡、糞DNA分析、市民科学プロジェクトによるデータ集積など、最新の科学的モニタリング技術が紹介される。
また、「大域的減少傾向」と同時に「地域的回復・局地的高密度残存」といった空間的異質性の存在も指摘され、管理は“全国一律”でなく“地域ごとにエビデンスを元に方策を組み立てるべき”という提言も強調される。


管理戦略の科学と実践――生息地改善・捕食圧管理・狩猟調整・疾病対策

管理実務では、「生息地改善」「捕食者圧管理」「狩猟調整」「疾病対策」という4本柱が中心となる。本章はこれらの戦略について、現場事例や文献レビューを基に詳細に検討している。

生息地改善では、草地や低木の保全、休耕地や生垣の創出、農地の多様化や有機農業の推進、農業補助金政策による環境配慮型農法の普及などが重要となる。著者は「ノウサギだけでなく、多様な草地性鳥類や昆虫・哺乳類の共存に資する」という生態系サービスの多面性にも注目する。

捕食者圧の管理については、伝統的な捕食者駆除の限界や倫理的課題を踏まえ、総合的かつ選択的な管理が必要とされる。近年は「人為的景観や餌場が捕食者を集中させている」場合も多く、環境構造の改変や餌資源コントロールによる間接的管理が重視されている。

狩猟調整は、過剰な収獲の防止と健全な個体群維持のバランスを取る難しさが課題である。過去には「伝統的狩猟文化」や「食肉・毛皮需要」が強く、ノウサギの過度な捕獲が個体群崩壊を招いた事例も多い。近年は狩猟者の減少や社会的価値観の変化、動物福祉への配慮から、より慎重な狩猟管理が標準となっている。

疾病対策は、ワクチン投与・疫病流行時の狩猟禁止・死亡個体の迅速な回収・衛生環境の改善など、多面的なアプローチが必要とされる。感染症管理は地域を越えた協働体制と早期警戒ネットワークが必須であることも論じられている。


社会的・政策的課題と合意形成の重要性

ノウサギ管理は生態学だけでなく、「農業政策」「補助金制度」「土地所有構造」「農業協同組合や地方行政との協働」「住民意識」「教育活動」など社会・政策要素と密接に関わる。
本章は、EUの農業環境政策(例:アグリ・エンバイロメント・スキーム)、補助金交付の条件としての生息地配慮、都市部での自然教育や啓発活動、市民参加型のモニタリングプロジェクトなど、ノウサギ保全の「社会化」「民主化」の動きにも言及する。

また、ノウサギ保全が「農村の持続可能性」「生物多様性」「食糧生産」「景観文化」「動物福祉」といった多層的価値の交差点にあることを強調し、科学的エビデンスだけでなく社会的合意形成、利益調整、持続可能な制度設計の必要性を繰り返し訴える。


今後の展望――適応的管理と多様な価値の統合

章の結論部では、ノウサギ管理の今後に向けた具体的指針がまとめられる。著者は「単一種の個体群回復」ではなく「農村景観の多様性維持」「生態系サービスの最適化」「農業・環境政策の連動」「教育と社会的受容性の向上」「科学技術と市民社会の連携」といった包括的ビジョンを掲げる。

とくに、データ収集と管理施策のPDCAサイクル、地域レベルの柔軟な対応、マルチステークホルダーによる対話型ガバナンス、長期的視野での持続可能性志向など、欧州における最先端のアダプティブマネジメント思想を実践的に示している。


書評的まとめ――ノウサギ管理の本質と本章の意義

本章は、ノウサギという「ありふれた」生き物の衰退と、その回復をめぐる複雑な社会-生態系問題を通して、現代の野生動物管理が直面する本質的課題を浮き彫りにしている。エビデンスベースの思想の下、「科学と社会」「農業と自然保護」「伝統と革新」「個体群と生態系」「倫理と経済」といった、多元的・重層的な価値の調整が不可欠であることを、膨大な事例と実証研究、政策分析を通して説得力豊かに論じている。

現場で活躍する実務家、政策立案者、研究者、教育関係者、市民活動家の誰にとっても、ノウサギ管理は単なる“野生動物管理”の枠を超えて、現代社会の自然観・土地利用・食と生態系の未来を問い直す教材となるだろう。本章は、そのための理論と実践の両輪を備えた、極めて意義深い章である。


第4章「Der Nordamerikanische Waschbär in Deutschland – Hintergrund, Konfliktfelder & Managementmaßnahmen」(ドイツにおける北米原産アライグマ――背景・対立分野・管理措置)

序論――アライグマ問題の浮上と現代的意義

本章は、ドイツにおける北米原産アライグマ(Procyon lotor)の分布拡大と、それに伴う生態系・社会・経済への影響、法的・倫理的ジレンマ、そして現代的なエビデンスベース管理戦略の可能性を、多角的・批判的に論じている。
かつてのドイツには存在しなかったアライグマは、20世紀初頭に人為的に導入され、戦後の逃亡・放逐や意図的放獣によって分布が拡大。21世紀初頭にはとくに中部~東部ドイツで爆発的に個体数が増加し、都市部・農村部・保護区など多様な生息地に定着している。

この外来哺乳類の拡大は、「侵入生物による生態系撹乱」というグローバルな環境課題と、「都市の新たな野生動物問題」「人間活動・社会インフラ・生態系保全・法制度の狭間で揺れる現場」というローカルな課題が交錯する、現代的な野生動物管理の縮図となっている。


アライグマの生態的特性と侵入史――都市適応性・繁殖力・拡散速度

本章の前半は、アライグマという種の生物学的特性、北米とヨーロッパにおける生態・行動・社会構造の違い、そしてドイツへの侵入史を詳細に描写している。

アライグマは雑食性・夜行性・柔軟な生息地適応性を持ち、都市部でも自然林でも高い繁殖力を維持できる。人為的障害(道路・都市構造物)も容易に乗り越え、ごみ・作物・野生動物など幅広い食資源を活用する。さらに、社会性・知能・順応性の高さが、都市の環境や人間の活動に対する“イノベーティブな”適応を可能にしている。

侵入の歴史は、人間の飼育放獣や毛皮用・観賞用の管理放棄、戦中戦後の混乱による脱走個体の拡散など、多様な経路があった。拡散速度は非常に高く、既存の在来生態系に短期間で定着し、局所的には高密度個体群を形成する。都市部では建物・公園・水路などが繁殖・営巣・採食の場となり、農村部でも果樹・畑・家禽への被害事例が増えている。


社会・経済・生態系への影響――対立の多層構造

アライグマ拡大の影響は多層的である。
生態系インパクトとして、アライグマは卵・雛・小型哺乳類・両生類・無脊椎動物など在来生物を幅広く捕食する。とくに森林・湿地・水域で繁殖する鳥類や、絶滅危惧種の両生類・爬虫類にとって重大な脅威となりうる。巣箱や樹洞・石垣など、巣材資源の奪取・捕食も大きな問題だ。
農業・経済インパクトとして、果樹園・ブドウ畑・とうもろこし・家庭菜園への侵入や、家禽・卵の捕食、畜舎の破壊などが挙げられる。これらは局所的には農業経営に深刻な損害をもたらす。
都市・社会的影響として、ゴミ荒らし・住宅屋根裏への侵入・排泄物による建物損壊・公園での食べ残し漁りなど、市民生活との軋轢が急増している。加えて、「可愛い野生動物」としての認識・愛玩対象化や、“シティワイルドライフ”現象が生じており、感情的な対立も無視できない。
健康・衛生リスクとしては、アライグマは回虫などの人畜共通寄生虫の媒介者でもある。糞便由来の環境汚染や、感染症の都市的拡大も近年の新たな懸念事項となっている。


法的枠組み・政策対応の変遷――外来種政策と社会的ジレンマ

本章は、アライグマ管理をめぐる法的・政策的枠組みも丁寧に検証している。
ドイツでは、アライグマは長く狩猟法上の“jagdbares Wild”(狩猟鳥獣)に位置づけられてきたが、急速な拡大と欧州全体の外来種問題の高まりを受け、近年は「侵略的外来種(invasive gebietsfremde Art)」としての位置付けも強化された。EUの外来種規則(Verordnung (EU) Nr. 1143/2014)は、加盟国に「拡大防止・撲滅・管理」の責務を課している。
しかし、アライグマが都市部で“人間社会の一部”として溶け込んだ現実や、「外来種=全面的悪」という単純なレトリックへの反発、個体駆除に対する動物福祉論争など、管理の現場は単純な法的枠組みでは捉えきれない。


管理手法と科学的エビデンス――現場での挑戦と限界

エビデンスベースの観点から、アライグマ管理手法は多様かつ実験的な試行錯誤が続いている。
**局所的個体数管理(捕獲・駆除・移動)**は、農業被害や絶滅危惧種保護など“限定的緊急目的”では有効性を発揮しうるが、広域的根絶や持続的個体群抑制にはきわめて困難が伴う。高い再侵入性・都市インフラの複雑性・社会的反発などが障壁となる。

生息地管理・構造的防除では、巣箱への侵入防止装置設置、樹洞・屋根裏の遮断、家禽舎・農地の電気柵・防獣ネット導入など、多様な工夫がある。絶滅危惧種繁殖地や希少生物生息地の物理的防御は、一定の保全効果を生んでいる。
都市対策では、ごみ箱改良、コミュニティレベルの情報啓発・行動規範、住民参加型モニタリングなどのソフトな管理策が主流となっている。

感染症管理では、糞便清掃、寄生虫駆除、ペット・人間への衛生教育などの予防策が採られるが、感染リスク低減には限界がある。

研究・モニタリングでは、GPS首輪、カメラトラップ、DNA分析、市民参加型分布調査など、最新技術と住民協働によるデータ構築の事例も紹介される。個体群動態・分布・被害実態の科学的把握が、次世代の管理戦略にとって不可欠な基礎となっている。


倫理・社会・市民意識のジレンマ――新しい“共生”の模索

アライグマ問題は、単なる生態学的管理の枠を越えて「社会的合意形成」「倫理的ジレンマ」「都市と自然の新たな関係性」という、21世紀的課題を浮き彫りにしている。
一部の市民にとってアライグマは“迷惑動物”であり、他方では“愛らしい都市動物”として受容・支持される。この価値観の分断は、行政や専門家による一方的駆除・管理への反発、動物愛護運動の広がり、住民参加型管理モデルの模索へとつながっている。

著者は、住民・行政・科学者・動物愛護団体・狩猟者など多様なステークホルダーが、「対立のエスカレート」ではなく「知識と経験を持ち寄る協働」に向けて対話を深め、エビデンスを共有することの重要性を繰り返し強調している。
とくに都市部では、「完全排除ではなくリスク最小化と共生的環境管理」という“現実的選択肢”を組み込むことが、欧州全体の新しい生物多様性政策の一環として今後も拡大していくだろう。


今後の展望――適応的管理と社会的受容性

章の結論部では、「アライグマ管理の未来」は“完全駆除”や“過去の状態への回帰”ではなく、“多層的な適応的管理”にこそあると明言される。
科学的モニタリングとPDCAサイクルを基礎としつつ、社会的合意・倫理的枠組み・政策制度との柔軟な調整を進めること。農業・自然保護・都市環境・住民福祉といった多様な目標をバランスさせ、現場ごとに異なる“最適解”を生み出していく必要性が強調される。

また、ドイツを含む欧州諸国では、気候変動・都市化・グローバル移動の進展とともに、外来生物管理の重要性が今後ますます高まる。アライグマ問題は、外来種対策の普遍的なパターンを先取りする「社会-生態系管理の教材」として国際的な学術・政策論議でも重要な参照事例となるだろう。


書評的まとめ――外来動物管理の最前線と本章の意義

本章は、アライグマ問題という一見“局地的・特殊”なテーマを、都市生態系・生物多様性政策・外来種管理・社会的合意形成・倫理的ジレンマという、現代の複雑な課題の縮図として丹念に描き出している。
エビデンスベース管理の理論と現場の実際、法制度と社会運動、科学技術と市民参加、共生と対立――あらゆる観点をバランスよく組み込みながら、「外来動物問題とは社会と生態系の動的な相互作用である」という現代的洞察を提示している。

現場実務者・政策担当者・研究者・教育者・市民のいずれにとっても、アライグマ問題の教訓は「排除か受容か」という単純な二択ではなく、不断の対話・協働・適応的戦略こそが未来を切り開くカギであることを、説得的に示している。
本章は、現代ドイツ・欧州における外来動物管理論の最前線を知る上で不可欠のテキストであり、野生動物管理全体に対する深い洞察と実践的ガイドラインを与えてくれる意義深い一章である。


第5章「Nachhaltiger Schutz von Igelpopulationen in städtischen und ländlichen Lebensräumen」(都市・農村のハリネズミ集団の持続的保護)

ハリネズミの現代的意義と多様な生息環境

本章は、ヨーロッパハリネズミ(Erinaceus europaeus)を中心に、都市部と農村部という異なる環境での個体群保全の課題と戦略を、エビデンスに基づき多角的に論じている。
ハリネズミはヨーロッパ文化圏において「親しみやすい小動物」として長年親しまれ、童話・文学・都市景観のアイコンにもなってきた。しかし、農業の集約化・都市化・交通インフラの拡大・庭園様式の変化・野生動物交通事故の多発など、近代社会の環境変化にともない、個体群の減少や局地的絶滅リスクが顕在化している。

本章は、ハリネズミの生物学的基礎から現代的管理戦略、社会との関係性、政策的枠組み、将来展望にいたるまで、都市・農村の「境界種」としてのハリネズミの全体像を描き出す。


ハリネズミの生物学的基礎――生活史・生態・行動

まずハリネズミは夜行性・雑食性の哺乳類で、落ち葉や土壌下の昆虫・ミミズ・小型無脊椎動物を主な餌とし、繁殖期は春から夏にかけて1~2回、数頭の仔を産む。冬季には冬眠するが、都市部では温暖化や人工熱源の影響で冬眠のパターンが変化している場合もある。
移動範囲は広く、特に繁殖期のオスは数ヘクタール以上を移動し、個体ごとに“ホームレンジ”の重複もある。
生息地は自然林・草地・庭園・公園・農地・道路沿いなど多様であり、生息環境のモザイク性が個体群の健全性に直結する。
加えて、車両による交通事故やペット・都市型捕食者による死亡率上昇が、都市・郊外部での新たなリスクとなっている。


農村・都市それぞれのリスクと環境要因

本章では、農村と都市という異なる環境がハリネズミの個体群動態・生存戦略に与える影響が比較されている。
農村部では、農業集約化・除草剤・農薬の普及、草地の消失や単一作物化が餌資源や隠れ場所を減らし、個体数減少の主因となっている。畦や生垣、草むらの維持がきわめて重要であることが、多くのモニタリング研究で示されている。さらにトラクターや農機具による直接的死亡、放牧家畜との生息地競合、気候変動による水資源減少も深刻な影響を及ぼしている。

一方、都市部・郊外部では、庭園や公園・生け垣のネットワーク・家庭菜園など、多様な小規模生息地が生存の基盤となる。都市環境には餌資源や冬眠場所が多く提供される半面、交通事故やフェンス・道路・建築物による“生息地の分断化”、ペットや都市型外来種(例:アライグマ、キツネ)による捕食圧、建設工事・除草・芝刈りによる直接的被害も発生する。
また、都市部のハリネズミは冬眠期間が短くなる傾向があり、気候変動や人間活動の影響が個体の健康や繁殖に新たな影響をもたらしていることが明らかにされている。


生息地改善とネットワーク構築――多層的戦略の意義

都市・農村いずれの環境においても、ハリネズミの保全には「生息地の質的・空間的改善」が最重要課題である。本章は、欧州各地で進められている生息地ネットワーク構築、庭園緑地や生垣・草地の維持管理、生物多様性に配慮した農業・都市設計の事例を多く紹介する。

農村部では、生垣や休耕地・小規模草地の保全・創出、農業補助金制度による生態系サービスへのインセンティブ付与が有効な戦略となっている。有機農業やモザイク景観づくり、農地の“ノンインターベンションゾーン”設置なども、ノウサギや鳥類など他の草地性動物と共通の好影響をもたらす。

都市部では、庭園の“開かれたフェンス”設置や隣接庭園同士の回廊連結、落ち葉や薪置き場の確保、低農薬・非除草剤のガーデニング、住民・自治体・NPOによる共同の緑化プロジェクトなどが効果的である。こうした活動を通じて“ガーデン・シティズンシップ”や“都市自然ネットワーク”の意識も醸成されつつある。


捕食圧・死亡要因への対応と疾病管理

捕食者や車両事故による死亡は、個体群維持に深刻なインパクトを持つ。本章では、キツネ・アライグマ・イヌ・ネコ・カラスなどの捕食圧管理、野生動物交通事故防止(標識設置・速度制限・生息地回廊整備など)、ペット管理・放し飼い防止運動、住民教育など多角的な対応策が詳述されている。

また、都市部・農村部ともに疾病(寄生虫感染・ウイルス感染・環境汚染)の影響が増しており、救護施設・動物病院のネットワーク、病死個体の早期回収と分析、ペットとの感染リスク教育、市民科学を活用した健康モニタリングの重要性が指摘されている。


モニタリング・効果測定と市民参加

本章はハリネズミ個体群の長期的モニタリング・評価の重要性も強調する。サーマルカメラや赤外線カメラ、足跡調査、糞DNA分析、市民科学プラットフォーム(“Igel melden!”等)によるデータ収集、標識個体の追跡調査など、多様な手法が駆使されている。
都市・農村の“地理的・社会的ギャップ”を埋めるためにも、市民・自治体・NPO・研究者の協働的データ共有と評価体制の構築が不可欠であると論じられている。


教育・啓発・社会運動の役割

ハリネズミは「親しまれやすい動物」「都市と自然をつなぐ存在」として、教育・啓発・自然保護運動の象徴的存在でもある。学校教育・地域イベント・ガーデニング講座・SNS等を活用した普及啓発、市民参加型の庭園バイオブリッツや動物救護ワークショップ、NPOによる情報発信など、“エビデンスと感情・文化価値の橋渡し”が積極的に進められている。

また、ハリネズミを通じて「都市における生物多様性の重要性」「農村景観の持続可能性」「人間と動物の共生社会」という大きなテーマへの社会的関心が喚起されつつある。


政策・法制度と国際的枠組み

本章では、ハリネズミが多くの国で法的保護対象であること、EUや各国の自然保護政策(例えば都市生物多様性政策、農業環境政策、交通政策等)と連動した管理戦略の重要性にも言及されている。補助金制度や都市計画への生物多様性配慮導入の具体事例、政策評価と市民参加制度の新展開なども詳細に論じられる。


今後の展望――エビデンスと社会的価値の統合

章の結論部では、「科学的根拠と社会的価値・文化的受容性の融合」が今後のハリネズミ保全管理の中核になると強調される。
エビデンスベースのモニタリングとPDCAサイクル、市民参加・啓発活動、社会的合意形成、政策・法制度との統合、都市・農村を横断するネットワーク型戦略など、多層的アプローチの持続的発展が提案されている。

また、気候変動・都市人口増加・農業の新技術・グローバル移動など新しい時代課題に適応するためにも、単なる“保護”から“共生・持続可能性・文化的共感”へと発想を進化させる必要があることを強く訴えている。


書評的まとめ――都市と農村の“つなぎ手”としてのハリネズミ管理の意義

本章は、都市・農村という対照的な社会環境を横断しながら、多元的・実践的な保全管理を推進する「つなぎ手」としてのハリネズミの意義を、豊富な実証と政策的洞察で描き出している。
科学的エビデンスを重視しつつ、社会・文化・倫理・教育の観点も融合した総合的マネジメントモデルは、ヨーロッパのみならずグローバルな都市生態系・農村景観管理の最先端を示すものといえる。

生物多様性政策・都市自然管理・市民科学の教材として、また“人間と小動物の幸福な関係”を象徴する社会的価値の再評価として、本章は極めて示唆に富む一章である。


第6章「Management in wesentlichen Konfliktfeldern um den Fischotter – Übersicht zum aktuellen Wissensstand」(カワウソに関する主要なコンフリクト管理――現状知見の整理)

はじめに――カワウソ復活と新たな人間-野生動物軋轢

本章は、ヨーロッパカワウソ(Lutra lutra)を中心とする水辺生態系の保全と、水産業・漁業・河川管理・レジャーなど人間活動との軋轢、そして現代的なエビデンスベース管理の実践課題を総合的に論じている。
かつてドイツや多くの欧州諸国で農薬・開発・乱獲によって絶滅寸前まで減少したカワウソは、近年の環境政策や水質改善・生息地復元・法的保護の進展により徐々に個体数を回復しつつある。しかし、その回復は「人間と野生動物の新たなコンフリクト」として浮上し、管理・合意形成の困難さと現代社会の多様な価値観を象徴する存在となった。


カワウソの生態的特徴と管理の複雑性

カワウソは河川・湖沼・湿地など多様な水辺環境を利用し、魚類・甲殻類・両生類・小型哺乳類を主な餌資源とする。夜行性で広範な行動圏を持ち、移動力が高く生息域も分散する。
本章は、カワウソが「高次捕食者」として水生生態系の健全性指標となる一方で、局所的には“漁業被害”の加害者、“絶滅危惧種”の保護対象、“河川景観の象徴”など、地域ごと・社会集団ごとに異なる意味を帯びることを強調する。
こうした多義的存在性が、単純な個体数管理や保護区設定だけでは解決できない、社会的対立と制度設計の複雑さを生んでいる。


水産業・漁業との軋轢――被害構造と対策の現実

本章の中心は、カワウソ復活に伴う水産業・漁業(特に内水面漁業・養殖・ため池養魚業など)で生じる被害問題と、管理対策の実際である。
カワウソによる魚類捕食は、養魚池・ため池・閉鎖型水域での集中的な“損害”として認識されやすい。飼育魚の大量消失、設備破壊、飼料投入コストの増大など、経済的損失も小さくない。さらに、漁網や仕掛け網(Reusenfischerei)への混入・損傷、捕獲器による意図せぬ死傷事故なども管理の困難さを増している。

著者は、こうした漁業被害が「実際の個体数や被害件数」だけでなく、漁業者の体験・生活史・世代交代・産業構造変化とも密接に関連し、科学的エビデンスと社会的感情がしばしば乖離する現実を丁寧に描写している。


法制度と補償政策――保護と被害防止のジレンマ

カワウソは多くの国で法的保護対象(絶滅危惧種・厳格保護動物)とされているため、狩猟や意図的捕殺は厳しく制限されている。
一方で、漁業被害が深刻な場合には「被害防除」や「個体数制御」「補償金支給」など、社会的・政策的介入が必要とされる。
本章は、ドイツ各州や欧州各国での補償金制度、漁業協同組合による被害調査・支援、自治体レベルでの共存施策、EUの自然保護指令や環境法との連動など、制度的対応の多様性と課題も詳細に論じている。

著者は、「補償金制度が必ずしも被害感情や対立を解消しない」「社会的合意形成や信頼構築の重要性」「透明な基準と迅速な対応体制」の意義を繰り返し説いている。


管理手法――科学的根拠と現場的限界

カワウソ管理の現場では、「物理的防除」「生息地デザイン」「行動誘導」「補償」「教育」など多様な手法が採用されている。
物理的防除としては、養魚池・ため池のフェンス設置・網目改良・夜間照明・防獣ネット・水域へのアクセス制限などがあるが、完全な被害抑止は難しく、費用や労力負担も大きい。
生息地デザインでは、“カワウソに適した水辺環境を維持しつつ、漁業被害リスクを最小化する”ための区画設定やアクセスルート調整、複数水域を持つ複合経営などが模索されている。

さらに、個体識別やGPS追跡・カメラトラップによる個体動態把握、食性分析、被害発生時の即時対応体制(ホットライン・専門相談員設置)など、科学と現場知見の融合も進んでいる。
それでも「適応力の高いカワウソへの完全な対処」は難しく、現場ごと・事案ごとに多様な戦略を組み合わせるアダプティブマネジメントが求められる。


レクリエーション・水辺利用とカワウソ管理の新局面

近年では、釣り・カヌー・観光・野外イベントなど「レクリエーション利用」との軋轢も増えている。
カワウソは人の活動が少ない時や夜間に活動する傾向が強いが、ハイシーズンの観光地や釣り場ではストレスや生息地放棄が起きやすい。水辺のリノベーション(河川の自然化・遊歩道整備など)が生息環境改善と軋轢の両方を生むというジレンマも生じている。
著者は、「自然と人間の双方が豊かに共存できる環境デザイン」への新たな社会的要請を強調している。


合意形成と社会的受容性――信頼構築とコミュニケーションの挑戦

カワウソ管理の最大の課題は「利害関係者間の信頼と合意形成」である。
漁業者、行政、保護団体、地元住民、観光業、研究者などが参加するワークショップや協議会、地域レベルでの対話型プロジェクト、被害情報の迅速共有と説明責任の徹底、学校や地域社会での教育・啓発活動など、多層的なコミュニケーションと協働が不可欠である。

本章は、「科学的証拠」と「感情的経験」を繋げる翻訳者的役割の重要性、市民参加型の調査と合意形成の新モデル、政策評価とフィードバックの柔軟性など、社会的受容性を高める多様なアプローチを論じている。


今後の展望――エビデンスベースとアダプティブマネジメントの未来

章の結論部では、「カワウソ管理は単なる保護/排除の二項対立ではなく、科学的エビデンスと現場の経験、社会的合意と制度的柔軟性を統合する“協働的適応的管理”の時代に入った」と明言される。
人口動態・気候変動・水環境の変化・農業・観光・都市化がもたらす新たな課題に対応するためには、科学技術の発展と市民社会の関与、マルチステークホルダー間の持続的対話と制度構築がますます重要になる。

「被害ゼロ」「理想的生態系」ではなく、「リスク最小化と持続可能な共生」を目標に据え、現場ごとの柔軟な対応と透明な合意形成が、今後のカワウソ管理を支える指針となる。


書評的まとめ――現代的合意形成モデルとしてのカワウソ管理

本章は、カワウソ復活という生態学的成功が新たな人間社会との摩擦を生むという「現代野生動物管理のパラドックス」を見事に描き出している。
被害の定量化と社会的感情、法的保護と産業政策、科学と現場知識、合意形成と制度設計――すべての要素が“静的解決”ではなく“動的な協働”に向かうべきことを、欧州の先端事例と豊富な現場報告で論じている。

管理の主役は「科学」だけでなく「社会」であり、最終的なゴールは“対立の回避”ではなく“対話と共存の持続”にあることを、きわめて説得的に訴える内容となっている。
カワウソ管理は水辺生態系の保全のみならず、現代社会の合意形成力・持続可能性・社会的想像力の試金石として、大きな意義を持つテーマであることを本章は改めて示している。


第7章「Windkraft und Fledermausschutz im Wald – eine kritische Betrachtung der Planungs- und Zulassungspraxis」(森林内の風力発電とコウモリ保護――計画・認可手続の批判的検証)

風力発電推進と生物多様性保全の新たなジレンマ

第7章は、気候変動対策と再生可能エネルギー拡大の時代に、ドイツの森林地帯で進展する風力発電と希少種コウモリの保護という、環境政策上きわめてホットな軋轢領域を多角的に分析するものである。
本章は、単なる動物保護論・反開発論にとどまらず、計画・認可手続・科学的調査手法・合意形成の現場までを批判的かつ建設的に掘り下げることで、「持続可能な社会」にとっての環境政策の本質を問う構成となっている。


コウモリと森林の特殊性――生態学的背景

ドイツの森林には多様なコウモリ種(Chiroptera)が生息し、その多くが森林生態系の健康性・多様性維持に欠かせない役割を果たしている。
コウモリは夜行性で広範囲を飛翔し、樹洞や枯損木、森林縁辺部の空間を営巣や休息地として利用する。
一方で、コウモリは風力発電施設(Windenergieanlagen, WEA)の回転翼に衝突して死亡するリスク(バット・ファタリティ)が高いことが、国内外の膨大な研究で明らかになっている。とくに森林内・森林縁の立地は「コウモリの移動・採餌ルートと風車の物理的位置」が重なりやすく、致死リスクが極端に高まる。

また、コウモリは欧州生息地指令(FFH指令)などで厳格な法的保護下にあり、わずかな局所個体群損失が種全体の絶滅リスクに直結する恐れがある。


風力発電拡大政策と計画・認可のプロセス

近年のエネルギー転換政策(Energiewende)によって、ドイツでは再生可能エネルギーとくに風力発電の大規模な普及が国家的目標とされている。森林地域にも多数の新設計画が持ち込まれ、自然保護と開発推進の両立が求められている。

この背景のもと、本章は「風力発電プロジェクトの計画~認可」プロセスを精密に解剖する。
行政手続、アセスメント義務、FFH指令・連邦自然保護法の適用、調査義務の範囲、自治体や州レベルの規制の違い、計画主体(民間・公的・混成事業体)ごとの運用現実――すべてが複雑に絡み合い、「迅速なエネルギー転換」と「法的コンプライアンス」の両立が困難を極めている。


科学的調査と影響評価の現場――手法の現実と課題

風力発電計画におけるコウモリ影響評価は、プロジェクト開始前から計画地内外の詳細な生息調査・モニタリングが義務付けられている。
本章は、コウモリの出現記録・種同定・飛行ルート追跡・活動強度測定など、現場で用いられる科学的調査手法(アコースティック・モニタリング、ネット捕獲、赤外線カメラ、レーダー追尾など)の現状と課題を具体的に論じる。

評価手法は科学的進展と実務的制約(コスト・期間・人材・技術リソース)の間で絶えずアップデートが求められている。
一方で、短期的調査や限られたサンプリングだけで十分なエビデンスが得られるか、予測モデルの信頼性、調査・評価手法の地域格差、行政審査官の専門性など、“科学-政策-実務”の溝が深いことも本章で批判的に検証されている。


リスク評価から管理方策へ――適応的・分散的戦略の模索

コウモリの衝突リスク評価は、「被害ポテンシャル」「種・生息地ごとの脆弱性」「地域個体群動態」など多因子モデルを必要とする。
本章では、「リスク評価から現場の具体的管理方策へのトランスレーション」がいかにして実現されているか、先進自治体・先駆的プロジェクトの事例をもとに詳述する。

コウモリ保護対策としては、

  • 稼働制御(風況・季節・夜間の一定条件下での風車停止:いわゆるバット・カーテンアルゴリズム/ProBat等)
  • 死体探索による実態把握と個体群インパクト評価
  • ゴンドラモニタリング(構造物での死体回収・衝突数カウント)
  • 風車立地選定時の「回避地帯」設定
  • 既存植生や生息地ネットワークの維持・回廊創出
  • 適応的マネジメント(データに基づき運用方法を逐次修正)

など多岐にわたる。
本章は「一律解は存在せず、地域・現場ごとに最適な手法の“組み合わせ”が求められる」と繰り返し述べている。


法制度・社会的対立・ガバナンスの課題

法制度的にはFFH指令の「厳格保護」義務と、エネルギー政策の「迅速推進」要請が本質的に緊張関係にあり、各州・自治体は裁量と裁量の狭間でしばしば対応を迷う。
さらに、風力発電推進派(気候変動対策・地元経済活性化)と自然保護派(生態系保全・コウモリの権利・環境正義)のあいだの社会的対立も年々激化している。

こうしたガバナンス課題に対し、本章は「透明性の高い情報公開」「市民・NPO・行政・研究者・事業者を巻き込んだ協働型合意形成」「地域住民への科学的説明責任」「適応的評価モデルの社会的実装」など、新しいガバナンス像を模索する動きも詳細に論じる。


合意形成と未来への提言――共存への道筋

本章の結論部は、コウモリ保護と風力発電推進が“ゼロサム”の対立ではなく、「持続可能な社会のための協働的適応管理」に進化すべきだと明確に述べる。

  • 科学・政策・現場実践の連携強化
  • 法制度・計画・現場データの往復運動による柔軟な運用
  • 市民・地域レベルでのリテラシーと参加の向上
  • “一律規制”ではなく“現場ベースの選択的対応”と“情報のアップデート”
  • 継続的な研究投資と若手専門家育成

が必要不可欠であると指摘している。

また、「生物多様性保全と気候変動対策の統合的実践」という21世紀的課題に向けて、分野横断的・世代横断的な新しい合意形成モデルを探る必要があると、未来志向の提言で締めくくっている。


書評的まとめ――エネルギー転換時代の“環境政策のリアリティ”を描き出す章

本章は、風力発電推進と生物多様性保全という「善と善の衝突」を、理念論でも現場主義一辺倒でもなく、“計画・手続・評価・合意”という全プロセスを丁寧に再検証し、欧州型エビデンスベース管理の最前線を提示している。
科学・行政・政策・市民社会が織りなす“現代的ガバナンスの複雑性”と“未来へのビジョン”が説得力をもって描かれており、

  • 「対立構造の固定化」ではなく「新たな統合と適応」
  • 「リスク最小化の現実主義」と「価値多様性の包摂」
  • 「地域社会の創造的参加」による持続可能な解決

の方向性が、エビデンスと実務の両面からきわめて具体的に示されている。

現場の実務家・研究者・政策担当者・市民社会の全てにとって、“エネルギー転換と生物多様性の調和”という21世紀型課題のリアリティを捉えるために不可欠な、現場発の知的ガイドであり、
本書全体の思想と実践を象徴する優れた一章である。


第8章「Evidenzbasierter Fledermausschutz bei Beleuchtungsvorhaben im Außenbereich」(屋外照明事業におけるエビデンスベースのコウモリ保護)

光害と野生動物管理――夜の環境問題の新時代

第8章は、近年都市・農村のあらゆる空間で急速に進む「人工光(光害)」がコウモリ類に与える影響と、その科学的エビデンスにもとづいた管理・保護策を体系的に論じている。
LED・ナトリウム灯・水銀灯などの普及により、かつて“暗闇”だった夜間の環境が大きく変質し、人間の生活利便性の向上と引き換えに、夜行性生物の行動・生態・生態系が激変している。
特にコウモリは、夜間の飛翔・採餌・繁殖・移動を基本とするため、光害の影響を最も大きく受けるグループのひとつである。

本章は、「夜の環境管理」「照明インフラと生物多様性」「都市・農村双方における管理戦略」という新しい政策・実践分野の最前線を、科学的分析と実務的提言を組み合わせて展開する。


コウモリと光害――多様な影響メカニズム

まず本章は、光害がコウモリの行動・生態・個体群動態に与える具体的な影響を、現場観察・実験・長期モニタリングのデータをもとに詳述している。

人工光は、コウモリの夜間飛行ルートの遮断や、餌場へのアクセスの困難化、捕食リスクの上昇、活動時間や繁殖行動の撹乱を引き起こす。特に樹洞・橋梁・建物などの“ねぐら”周辺や、河川・森林縁辺部・農地の“飛行回廊”、水辺や餌場、さらには長距離移動・渡りのルート上での人工光の照射は、個体のストレスとエネルギー消耗、個体群の分断をもたらす。
また、光に集まる昆虫資源が一部のコウモリに偏ることで、種間競合が激化したり、“光に誘引されやすい種と忌避する種”の間で行動的・生態的分化が生じることも示されている。
さらに、繁殖期・出産期の光害は仔コウモリの生残率低下や繁殖失敗リスクを増大させることが明らかになっている。

このような多層的影響を受けて、特に都市化圏や大規模開発地帯でのコウモリ個体群の減少・分布縮小が報告されており、保護戦略の再構築が急務となっている。


科学的モニタリングと評価――証拠主義の展開

本章は、光害の影響評価・管理策立案のために、どのような科学的モニタリング・データ取得が必要かを精緻に論じている。
赤外線カメラ、アコースティック・モニタリング(超音波検知)、GPS・ラジオトラッキング、市民参加型観察、捕獲調査、糞DNA分析など、多様な調査手法が駆使される。

調査は「ねぐら・回廊・餌場・移動ルート」など空間ごとの影響評価と、短期・長期の時間スケールでのモニタリングが組み合わされる。データの精度向上・サンプリングの多様化・市民科学の導入など、エビデンスベース管理を支える実証基盤の強化が強調される。

また、「種ごとの光害感受性」「土地利用タイプ別リスク」「他の要因(騒音・気候変動・捕食者)の複合的影響」など、単純な“灯りの有無”を超えたマルチファクター分析が重要であることも指摘されている。


光害対策の管理手法――現場発のイノベーション

管理策の中核は、「光害をコウモリの行動・生態に配慮して最小化する」ことである。本章は、国内外で実施されている多様な対策を事例・データ付きで整理する。

  • 照明設計の工夫:直下集中型・遮光型器具の導入や、ねぐら・回廊への直接照射の回避が推奨されている。
  • 照度と色温度の調整:光度の最小化・低減、青白色光よりも赤橙色系長波長LEDの採用(忌避種が少ない)が効果的とされる。
  • タイマー・センサー活用:人通りや自動車通行の少ない時間帯には照明を自動消灯し、必要最小限の点灯とする工夫が普及している。
  • 遮蔽植生の導入:生垣や低木による照射遮断は安価かつ効果的な対策であり、景観・生物多様性にもプラスとなる。
  • 新しい照明技術の導入:スマートシティの発展により、場所・時間・気象条件に応じた柔軟な照明管理が可能となっている。

また、都市計画・道路計画・公共事業などでの照明計画に、「生物多様性影響評価」の導入を制度化する動きも広がっている。


合意形成と社会的受容性――都市空間と市民意識

光害対策は、単なる生態学的正当性だけでなく、「都市住民・地域社会の安全・景観・防犯」「観光・イベント・交通」など多様な価値との調整が不可欠である。
本章では、照明事業者・自治体・研究者・NPO・住民団体など、マルチステークホルダーによる対話型ガバナンスの重要性が説かれている。

具体的には、「市民ワークショップ」「夜間の体験イベント」「照明と生物多様性の情報発信」「学区・自治会単位の実証プロジェクト」など、社会的受容性を高めるための教育・啓発の事例が紹介されている。

また、「光害を単なる“コスト”や“規制”として捉えるのではなく、都市の新しい魅力や住民のウェルビーイング向上の機会とする」発想転換の必要性も説いている。


政策・法制度と未来への展望

法的には、コウモリの多くはEU生息地指令や各国自然保護法で厳重に保護されている。光害が生物多様性に及ぼす影響は、欧州では徐々に政策論議に組み込まれつつあり、環境影響評価(EIA)や生物多様性オフセット制度で「照明影響」が正式に議論される場面も増えている。
都市計画・インフラ計画への生物多様性指標導入、照明器具・規格の生態配慮基準の普及など、法制度・政策枠組みのイノベーションも活発化している。

また、「都市と自然」「人間と夜の環境」の新しい関係性を再構築することが、今後の都市政策・生物多様性政策の核心になるとの認識が強調されている。


書評的まとめ――光害管理の最前線としての本章

本章は、夜間環境の質と都市・農村生物多様性の両立という、現代的かつ今後さらに重要性を増すテーマを、科学的エビデンスと社会的実践、政策的視座を縦横に組み合わせて論じている。

コウモリという指標種を軸に、「都市・農村を貫く横断的な自然管理」「科学技術と社会的合意の接点」「照明という日常インフラへの生態学的まなざし」を、具体的事例と分析で深く掘り下げている点は、本書全体の先進性・実践志向を象徴している。

夜の環境政策・スマートシティ・生物多様性行政・市民科学など、関連するすべての分野の実務家・研究者・政策担当者・住民にとって、
「光害と生物多様性」という課題が持つ本質的・実践的な意義を理解するための格好のテキストであり、
21世紀の都市・農村管理の新たな地平を照らし出す一章である。


第9章「Wie lassen sich Nutztierübergriffe durch Wölfe nachhaltig minimieren? – Eine Literaturübersicht mit Empfehlungen für Deutschland」(オオカミによる家畜被害を持続的に最小化するには?――ドイツ向け文献レビューと提言)

オオカミ復活と家畜被害――現代ヨーロッパの野生動物管理の焦点

第9章は、ヨーロッパ大陸で再び個体数が増加しつつあるオオカミ(Canis lupus)と、農業・畜産業・農村社会との間に生じる新旧の軋轢、そして“エビデンスベースで持続可能な管理”という現代的課題を、学術レビューと実務提言を交えて展開している。
本章の舞台はとりわけドイツであり、絶滅から再定着への転換期を迎えた野生オオカミの社会的・経済的インパクトと、その管理政策の進化が多角的に論じられている。


オオカミ再定着の社会・生態的背景

オオカミは19世紀末までにドイツを含む西欧の大半で絶滅に追いやられたが、近年は生息地回復・法的保護・人間活動の変化(農村人口減少・土地利用変化など)によりポーランドや東欧から自然再定着が進んだ。
現在ではドイツ全土に複数の繁殖個体群が形成され、家畜(特に羊・ヤギ・牛の子牛・馬)への捕食、犬とのハイブリッド問題、農村社会の不安・反発など、新たな軋轢が社会問題化している。

オオカミは生態系の頂点捕食者として生物多様性維持・シカなど大型草食獣の個体数調整にも役立つが、その恩恵とコストの分配をどうデザインするかが、政策・合意形成の核心である。


被害の実態と誤解――事実認識の重要性

本章ではまず、家畜被害の科学的な実態と社会的イメージのギャップを丹念に検証する。
多くの場合、オオカミによる家畜捕食件数は全家畜損失のごく一部に過ぎず、盗難・病気・他の捕食者(キツネ・イヌ・カラス等)による被害が過大評価されがちである。しかし、局所的・突発的な多頭捕食(massakern)、牧場規模や立地条件、飼育方法によるリスク格差は現実に存在し、農家の心理的・経済的負担は小さくない。
また、「オオカミが増えれば被害も直線的に増加する」という単純な図式ではなく、環境・管理体制・農家の対応力によって影響は大きく左右される。
したがって“エビデンスに基づく被害評価”が、社会的合意と公正な政策設計の土台となる。


管理方策の分類と科学的評価

管理手法は大きく分けて「致死的(狩猟・個体除去)」と「非致死的(防護・忌避・牧畜管理)」に分類される。本章はそれぞれの科学的効果・限界・社会的側面を詳細にレビューしている。

致死的手法――
合法的な狩猟・選択的個体除去は一部国や州で導入されているが、長期的な被害抑制効果は証拠不十分・むしろ“空白地の再侵入”や“社会的対立激化”のリスクも指摘される。乱獲・違法捕殺による社会的反発や国際的批判も深刻であり、「科学的根拠が不十分なままの狩猟政策拡大」はむしろ問題を複雑化させる恐れがある。

非致死的手法――
フェンス・電気柵・牧羊犬の導入、夜間収容、移動放牧、匂い忌避剤・音響装置など、多様な方法が開発・普及している。特に物理的バリアは現場の効果が高く、近年ではEU補助金や自治体支援も拡大している。
一方で、設置・維持コスト、牧場規模・地形的制約、技術習熟度、農家の負担感など、実装の壁も少なくない。非致死的対策の継続的改善と地域別ベストプラクティス共有が不可欠である。


補償・支援・政策枠組み

家畜被害への補償金制度は、ドイツ各州で整備されており、迅速・公正・簡易な手続きと“実質的損失”の補填が重要である。
ただし、補償だけでは農家の不安や社会的対立を根本から解消できず、「積極的な防護対策と補償の組み合わせ」「行政・農家・専門家・地域社会の協働体制構築」が求められる。

本章は、政策面での多層的対応(EU政策・連邦・州・自治体レベル)と、現場の声を反映した“柔軟なルール・透明な情報公開・対話型の運用体制”の重要性を強調している。


ヒューマン・ディメンションと社会的合意形成

オオカミ管理は科学だけでなく、「農家・住民の感情」「伝統文化」「メディア報道」「動物福祉・倫理」「都市―農村格差」など、多層的なヒューマン・ディメンションが交錯する分野である。
本章は、合意形成の現場(ワークショップ・協議会・紛争調停・教育プログラム)や、SNS・地域メディアを介した世論形成、市民参加型モニタリングなど、先進事例を多数紹介する。

「科学的証拠×社会的納得」の両立が不可欠であり、専門家だけでなく地元住民・農家・若年層・NPO・行政担当者など多様な声を政策に反映させる“社会的包摂型マネジメント”の必要性を強調している。


今後の展望――適応的・協働的マネジメントへ

結論部では、「オオカミ管理の未来」は“証拠主義”“適応的運用”“多層的合意形成”という三本柱に収斂すると明確に述べる。

  • 科学的モニタリングと被害実態評価の継続
  • 新しい技術と伝統的知恵の融合
  • 防護策・補償・合意形成の三位一体型政策
  • 各地域・状況に応じた柔軟な戦略転換(One-Size-Fits-Allではない)
  • 若手農家・市民のリーダーシップ醸成、教育・啓発の重視
  • 政策評価の透明化と持続的アップデート

などが不可欠であり、オオカミ復活という「自然界のサクセスストーリー」を、農村社会と調和させる「未来志向の合意形成モデル」が世界的にも注目されるべきであると結ぶ。


書評的まとめ――“軋轢を超えた共存”への道を探る章

本章は、オオカミという“復活の捕食者”と人間社会の軋轢を、徹底した証拠主義・多角的管理・社会的合意形成という現代的枠組みで分析し、「単なる対立・管理・保護」を超えた“共存社会の創造”を説得力豊かに描き出している。

科学・政策・社会の全側面を融合した新しい野生動物管理のビジョンを提示する点で、
欧州だけでなく世界中の野生動物管理関係者・農業者・政策担当者・市民社会にとって、
必読の内容であり、21世紀の「人と野生動物の共存」をデザインするための知的基盤となる一章である。


第10章「Das Management des Fuchses sollte auf wissenschaftlichen Grundlagen anstatt auf Annahmen basieren」(キツネ管理は仮定ではなく科学的根拠に基づくべきである)

仮定に基づく管理から科学的根拠に基づく管理へ――現代的パラダイム転換

第10章は、ドイツ語圏、特にスイスにおけるキツネ(Vulpes vulpes)管理を中心に、伝統的な仮説・通念・管理慣行の問題点と、現代のエビデンスベース管理の重要性を詳細に論じている。
キツネは都市・農村のいずれにも適応する極めて柔軟な哺乳類であり、農業被害・家畜被害・人獣共通感染症・自然生態系への影響など、きわめて幅広い社会的・生態学的問題の対象となってきた。
しかし、従来のキツネ管理は「捕殺による個体数抑制」「畜産・野生動物保護」「疫病予防」などの経験的・伝統的仮定に依拠しすぎており、その科学的妥当性や副作用、社会的・倫理的妥当性が十分に検証されてこなかった。
本章は、こうした現状を批判的に検証し、「科学的根拠=エビデンス」に基づく現代的管理モデルへの転換の必要性を強調している。


キツネの生態と社会的価値――都市・農村にまたがる“適応者”

キツネは極めて適応力が高く、都市部ではごみ・ペットフード・小動物など多様な食資源を利用し、農村部では小型哺乳類・鳥類・果実などを餌とする。都市化や土地利用変化にも柔軟に対応し、住宅街・工業地帯・郊外森林にまで分布を広げている。
一方で、家禽・家畜への捕食、家畜用飼料や果樹園の食害、狂犬病・エキノコックスなどの人獣共通感染症リスク、狩猟鳥獣(キジ・ノウサギ・ヤマウズラ等)の減少要因とされるなど、社会的には“迷惑動物”“有害鳥獣”として長く認識されてきた。

本章は、キツネ管理が単なる生態学的問題ではなく、「都市-農村」「自然保護-農業経済」「伝統-革新」など多層的対立の交点であることを強調する。


従来型管理の批判的検証――駆除・狩猟・巣穴猟の功罪

スイスを含む多くの欧州諸国では、キツネ管理は長らく「狩猟(特に冬季駆除)」と「巣穴猟(Baujagd)」が中核的手法とされてきた。
本章は、

  • 個体数抑制による家畜被害・農業被害低減
  • キツネ由来感染症(特に狂犬病・エキノコックス症)の発生防止
  • 小動物・狩猟鳥獣の生息数維持

などの伝統的管理目標が、十分な科学的根拠・効果検証のもとに実施されてきたかを厳しく問い直す。

近年の実証研究では、「キツネの駆除強化が個体数を長期的に減らす効果は限定的である」「一時的に空いた生息地に他個体群が迅速に再侵入し、密度はむしろ回復しやすい」「個体群ダイナミクスや社会構造が大きく撹乱されることで感染症リスクが逆に高まることがある」といった“逆説的効果”が指摘されている。
また、都市部ではキツネの巣穴や活動域が住宅地や人間活動空間と重なり、狩猟的介入の社会的・倫理的正当性もますます問われるようになった。


感染症管理と科学的根拠――ワクチン・監視体制の進歩

狂犬病・エキノコックス(多包条虫症)は、かつてキツネ管理の最大の正当化理由だった。しかし、近年では口腔ワクチン投与や感染症監視ネットワークの整備が進み、科学的根拠に基づく感染リスク管理が可能となった。
本章は、「伝統的な大量捕殺から、予防接種・疫学モニタリング・リスクコミュニケーション中心への転換」が、感染症管理の新しい標準になりつつあることを強調している。
また、人間社会の都市化やペット管理、食品衛生の高度化も感染症リスクを根本的に変化させており、“過剰な駆除によるリスク低減”の有効性は大きく疑問視されている。


生態系サービスとキツネの役割再評価

近年ではキツネが“害獣”としてだけでなく、生態系サービスの提供者(小型げっ歯類や農業害虫の抑制、生態系バランサー)としての価値も注目されている。
生態系の頂点捕食者として、中小型哺乳類や鳥類の個体数調整、間接的な森林再生支援など、正の役割に関する研究成果が増えてきた。

本章は、「被害動物としての単純なラベリング」ではなく、「生態系の構成員としての多面的価値」を管理政策に反映すべきだと説く。


新たな管理コンセプト――資源制限・“恐怖を与える”戦略

科学的根拠に基づく新しいキツネ管理モデルとして、本章は

  • “資源制限(餌・隠れ場所のコントロール)”
  • “恐怖を与える狩猟(Hunting for fear)”
    といった非致死的・行動的戦略を紹介する。

餌資源やごみへのアクセス制限、都市・郊外の適切な廃棄物管理、住宅周辺の清掃活動、ペットフードの屋外放置防止など、人間の行動改善による間接的管理の効果が強調されている。
また、キツネに「警戒心」を持たせる限定的・選択的な狩猟的介入や、定期的なパトロールによる行動抑制効果も検討されている。

こうした戦略は動物福祉・市民感情・倫理にも配慮した“調和的共存”への一歩とされる。


社会的・倫理的課題と合意形成

キツネ管理は科学的合理性だけでなく、動物福祉・市民の安全・農村文化・都市住民の自然観・行政効率・メディアの影響力など、さまざまな社会的要因と不可分である。
本章は、合意形成の場づくり(ワークショップ・協議会・教育活動)、説明責任・情報公開、都市・農村の対話、NPOや市民活動との連携など、現代的な合意形成の実践事例を豊富に紹介する。

「科学的根拠に基づく政策設計」と「社会的納得」の両立こそが、21世紀型野生動物管理の最大の課題であると論じている。


今後の展望――適応的・柔軟な管理へ

結論部では、「キツネ管理は個体数抑制から行動・資源管理、社会的対話・合意形成を核とした“動的適応型管理”に転換すべき」と明言される。
科学・政策・社会を横断するエビデンスベースの意思決定、PDCAサイクルの導入、世代間対話と教育、現場からのフィードバック体制などが不可欠である。

また、都市化・気候変動・土地利用変化など新たな環境要因への適応力も管理戦略に組み込むべきだと提言している。


書評的まとめ――仮定の時代から証拠の時代へ

本章は、キツネ管理という“ありふれた”テーマを通して、野生動物管理全体のパラダイム転換(仮定から証拠へ/排除から共存へ)をきわめて実践的かつ説得的に描き出している。

伝統と革新、科学と社会、倫理と実務を架橋する知的アプローチは、ドイツ語圏のみならずあらゆる国・地域の野生動物管理にとって有益な参照枠組みとなる。
現場の実務家・研究者・政策立案者・教育者・市民の誰にとっても、「科学的根拠に基づく管理」の時代がもたらす可能性と課題を理解する上で、極めて重要な一章である。


第11章「Die menschliche Perspektive im Naturschutz und Wildtiermanagement: Eine Einführung in die „Human Dimensions of Wildlife“」(自然保護と野生動物管理における人間の視点:「ヒューマン・ディメンション」への導入)

自然保護・野生動物管理の新潮流――「ヒューマン・ディメンション」概念の台頭

第11章は、現代の自然保護・野生動物管理において世界的に重視されている「ヒューマン・ディメンション(Human Dimensions of Wildlife)」――すなわち人間側の価値観・態度・行動・合意形成の重要性――を、理論・実践・事例を交えて多角的に論じる。
本章は「生態学的知見だけでは現実の軋轢や政策運営を乗り越えられない」という20世紀型自然保護の限界を直視し、証拠に基づく意思決定と社会的受容性・包摂性を両立するための新しい視座を提示している。


理論的背景とヒューマン・ディメンションの成立

「ヒューマン・ディメンション」は、1970年代の北米を発祥とする社会科学的アプローチであり、当初は狩猟管理におけるハンターの行動・意識分析から発展した。現在では、保護・利用・軋轢・都市自然・新興価値観など、多様な文脈で応用される概念となっている。

本章は、人間を「受動的消費者」や「自然の外部者」とみなす古典的自然保護観の限界を批判し、政策設計・現場管理・研究アジェンダの全ての段階で、「人間を能動的かつ多様な関係性を持つアクター」と位置づける転換の意義を強調している。
社会心理学・文化人類学・政治学・倫理学など、自然科学と社会科学の本格的協働こそが21世紀型野生動物管理の鍵となる。


利害関係者・価値観・認識の多様性

ヒューマン・ディメンションの根本には、「人と自然」「人と野生動物」の関係性・価値観・態度・利害の多様性を精緻に理解し、調停・共創する発想がある。

たとえば、同じ野生動物(オオカミ・シカ・カワウソ・コウモリなど)でも、農家・ハンター・市民・保護活動家・観光業者・行政官でまったく異なる受け止め方がなされる。
また、都市住民と農村住民、世代・性別・職業・文化的背景などによる差異も大きい。
こうした「多様な語り」と「相互不信」の構造を、感情・経験・物語・科学的事実を総合して捉え直すことが不可欠だと本章は強調する。


社会的軋轢と合意形成のメカニズム

現場の管理では、野生動物と人間の軋轢(被害・迷惑・価値観衝突)に加え、関係者同士の社会的軋轢(利益分配・責任所在・倫理観・政策への信頼など)も頻発する。

本章は、合意形成の具体的手法――

  • 対話型ワークショップ
  • 公聴会・協議会
  • 市民科学(Citizen Science)や参加型調査
  • メディア・SNS・学校教育による価値観形成
  • 紛争調停・仲介者(ファシリテーター)の役割

など、さまざまな社会技術の発展と課題を紹介する。

また、「対話の場」や「情報公開・説明責任」の仕組みが、信頼構築・合意形成の前提であること、社会的包摂のための“公正な参加機会”設計の重要性も指摘する。


科学的根拠と社会的納得の両立――政策デザインの新モデル

ヒューマン・ディメンションを導入した政策・管理は、「科学的根拠」と「社会的納得」という二つの軸を統合することが求められる。
本章は、政策意思決定におけるエビデンス・ベースと、社会的説明責任・価値観調整・倫理的熟慮をいかにバランスさせるかという現代的課題を深く掘り下げる。

また、「正しいデータと合理的計算だけでは納得を得られない」現実を直視し、物語・経験談・イメージ・感情の扱い方、リーダーシップや地域社会の文化資本の活用など、硬軟両面のアプローチを提案している。


ドイツ・欧州における応用と事例分析

本章は、オオカミ・シカ・カワウソ・コウモリなど現代ドイツ・欧州の具体的管理事例を豊富に参照する。
例えば、オオカミ管理における農家と保護活動家、行政・専門家の合意形成過程、コウモリ保全と再生可能エネルギー推進の調停モデル、カワウソによる漁業被害と補償政策の運用、市民科学による都市自然管理など、多様な現場を精緻に描き出している。

これらの事例は「普遍的な方法論」ではなく、状況・地域・関係者ごとに異なる課題と工夫が求められる現実を示している。


教育・社会運動・世論形成の役割

ヒューマン・ディメンションは、管理や政策だけでなく、「自然観」「動物観」「社会の共感力」「次世代の教育」など、広範な社会文化的領域とも連動している。

学校教育や社会教育での自然体験・野外学習、市民NPO・自然保護団体の活動、SNSやマスメディアによる情報発信や物語の流通が、社会全体の「自然と人間の関係性」を再構成する役割を担う。
また、グローバル化・都市化・多文化共生の進展のなかで、ヒューマン・ディメンションの重みは今後ますます増していく。


今後の展望――“人間の時代”の自然保護・野生動物管理

結論部では、「人間の行動や価値観を中心に据えた適応的・協働的管理」こそが、21世紀の自然保護・野生動物管理の主流となると明言する。

  • 科学と社会科学の本格的統合
  • 現場・政策・教育を横断した参加型アプローチ
  • 多様な価値観・物語・経験を包摂する社会デザイン
  • 若手世代・多様なコミュニティの参画とリーダーシップ育成
  • 環境政策の透明性・説明責任・柔軟な合意形成

などが今後の課題である。

ヒューマン・ディメンションは「科学的正しさ」や「効率化」のみに収斂しない、“共感・物語・対話”の現場知から社会的包摂と持続可能性を実現する鍵であり、現代社会にとって不可欠な知的枠組みであると締めくくっている。


書評的まとめ――「人間の時代」の野生動物管理論の核心を描く章

本章は、エビデンスベース管理という現代的パラダイムを社会の側から根本的に再検証し、

  • 「科学×社会」の協働
  • 「多様性と合意」のデザイン
  • 「感情・物語・共感」の力

といった多層的テーマを精緻に論じる点で、現代の自然保護論・野生動物管理論のコアをなす内容である。

理論・実践・事例・教育・政策の全領域をカバーする本章は、自然保護を志すすべての実務家・研究者・政策担当者・市民にとって、21世紀型自然管理の「人間的次元」を深く理解するための必読文献となるだろう。

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kiyoshichiya
kiyoshichiya合同会社喜代七 / 喜代七屋 Kiyoshichi LLC / Kiyoshichiya freelance
Agriculture, Forestry, Fisheries Management Consultant & Fieldwork Coodinator.

We are working to live our LIFE that can be enjoyed for seven generations. Utilizing my know-how and experience, I am working as a professional consultant mainly in Japan and Germany. My hobbies are Mountaineering, Violin, Academic Learning & Fieldwork.
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