『Mobilizing Labour for the Global Coffee Market: Profits From an Unfree Work Regime in Colonial Java』(Jan Breman, 2015)


『Mobilizing Labour for the Global Coffee Market: Profits From an Unfree Work Regime in Colonial Java』(Jan Breman, 2015)は、オランダ植民地支配下のジャワ島、とくに西部プリアンガン(Priangan)高原におけるコーヒー栽培と、それを支えた労働体制・社会構造を多角的に解き明かす大著である。本書は、18世紀から19世紀末にかけて、世界コーヒー市場に組み込まれていくジャワ社会の内実を、膨大な歴史資料と社会学的分析をもとに描き出し、グローバル資本主義と強制労働、間接統治、地元支配層と農民の関係、抵抗と順応のダイナミクスを主題とする。
本書の冒頭で著者は、「コーヒー栽培のための労働動員はなぜ不可欠だったのか」という根本的な問いを提起する。オランダ東インド会社(VOC)がジャワにコーヒー栽培を導入したのは18世紀初頭であり、当初は地元の農民が生産したコーヒー豆を商品作物として買い取るかたちをとっていた。しかしヨーロッパでのコーヒー需要の急激な拡大により、VOCは現地農民に対して「強制的な栽培と納入(forced cultivation and delivery)」を課す体制へと移行していく。これは表向きには市場経済的な取引に見えながらも、実態としては、農民の自由な労働移動を制限し、伝統的な義務を装った新たな「サーヴィチュード(servitude)」=不自由な従属労働を制度化するものであった。
この労働体制の特徴は、直接的な植民地官僚制をほとんど持たず、「地元エリート(chiefs)」を中間支配層として活用する間接統治にあった。プリアンガン地域では、地元貴族(サンデース・アリストクラシー)は、農民にコーヒー栽培の義務を負わせることで植民地国家に奉仕し、その見返りとして自らも収奪に参与した。これは管理コストの低減と労働力・農地の安定確保という点できわめて効率的であったが、農民にとっては伝統的な首長への従属関係を経由した二重の搾取構造を意味していた。著者は、この体制が19世紀前半の国家主導型の「強制栽培制度(Cultivation System)」につながる伏線であり、さらには植民地資本主義体制の一つの典型を示していると分析する。
一方で、この支配体制の下でジャワ農民社会がどのように変容したのか、また彼らはどのように抵抗や回避を試みたのかにも本書は細かく目を配る。プリアンガン地域は、山岳地帯で人口密度が低く、農耕地の開発には多大な労働投入が不可欠だった。コーヒー栽培が拡大するにつれて、農民は家族労働だけでなく、村落共同体単位での集団動員や「コーリーワーク(coolie labour)」=臨時労働、そして他地域からの移民労働者の導入など、多層的な労働動員に組み込まれていく。地元エリートによる管理・監督の下で、農民はコーヒー栽培と自家用の食料作物生産という二重の負担を背負い、過酷な課税・収奪と常に隣り合わせであった。これに対して農民層は、怠業・逃散・非協力・隠蔽・微細なサボタージュといった「武器なき抵抗」をさまざまに展開し、体制側は人口移動の制限や監視、処罰によってこれを抑え込もうとした。この持続的なせめぎあいは、植民地体制の「安定的再生産」の裏に常に不安定さと緊張を孕ませていた。
19世紀に入ると、オランダ本国の方針転換とともに、プリアンガン地域のコーヒー体制も変容する。オランダ東インド会社(VOC)の倒産と「文化体制(Cultivation System)」の導入によって、植民地政府はより直接的にコーヒー栽培・徴収を組織しようとしたが、村落共同体を基礎とした管理体制は維持された。地元エリートはなおも中間支配層として重要な役割を担い続けたが、同時に「村落自治」の建前を導入することで、植民地国家と農民大衆の間にクッションを置き、管理コストを抑制した。これによって農民への強制労働・課税は、より効率的かつ制度化されたかたちで推進された。とはいえ、農民の抵抗・回避行動は続き、現地社会における「従属と自律」「順応と反抗」の微妙なバランスが、体制の存続と変容を左右し続けたのである。
本書の特徴は、こうした労働体制の成立・維持・変容の過程を、豊富なオランダ・インドネシア両国のアーカイブ資料や一次史料(行政文書、統計、報告書、村落記録など)に基づき、時代ごとの社会構造・権力関係・抵抗のあり方を動態的に分析している点にある。従来のオランダ植民地史研究では、海岸部や都市部、低地平野の社会構造に注目が集まりやすかったが、本書は山間部・辺境地域の「フロンティア」としての特性と、そこに生起した複合的な支配と抵抗、社会経済的変容を詳細に追っている。植民地国家が自前の統治機構を拡大できなかった理由、地元貴族層の参与と利益分配のメカニズム、農民層の分化・再編成、村落社会内部の対立と協調、人口移動や土地利用の変化など、複数の社会学的・経済史的視点が統合されている。
また、著者は「強制労働体制が現地社会に発展をもたらした」とする一部の歴史家(たとえば、インフラ整備や現金収入の拡大、商業化による農村の発展という視点)に批判的な立場をとる。彼によれば、強制的なコーヒー栽培体制は、農民の貧困・従属・移動制限・自己決定権の剥奪を長期にわたって強化し、社会的な停滞や分断、資源収奪と不平等の固定化をもたらした。「発展」や「近代化」はきわめて限定的かつ一部の利益集団(地元エリートや植民地国家、オランダ本国)のために偏在し、農民大衆には持続的な搾取と抑圧しかもたらさなかった、と結論する。最終章およびエピローグでは、こうした労働体制の持続が、やがて植民地国家の改革(地元エリート権限の縮小、「村落自治」体制の導入)と農民の抵抗の累積によって、19世紀末には終焉を迎える様を描き出す。
さらに本書は、単なる一地域・一時代の事例研究にとどまらず、グローバル資本主義の展開と労働動員、植民地主義と間接統治、商品作物の拡大と農村社会の変容といった、より広範な比較史・世界史的議論へのインパクトを意識している。とくに、コーヒーという嗜好品の商品化・世界流通と、それを支えた現地社会の労働動員・抑圧・搾取の構造が、いかに植民地的な「異物」としてではなく、グローバルな現代資本主義の基礎的要素であるかを強調する。地元社会の複雑な権力関係、農民の主体的対応、支配体制の柔軟な変容など、多層的な現実が緻密に描写されており、植民地近代化論や単線的な被支配論を超える、豊かな社会史的視座を提供している。
本書は全体を通じて、「なぜ労働動員が強制的かつ持続的に必要とされ、そのための社会・政治的装置がどのように構築されたのか」「農民はどのように抵抗し、またどのように順応したのか」「植民地支配は現地社会にどのような持続的インパクトをもたらしたのか」という問題意識を貫いている。結論部では、強制的なサーヴィチュード体制を通じて得られた「進歩」や「発展」の物語に対し、その裏にある抑圧・収奪・社会的停滞の実相を浮き彫りにしつつ、現代グローバル経済のなかで、過去の植民地的労働体制がいかに再生産され続けているかという批判的視点を示している。
Table of Contents / 目次
Prologue: The need for forced labour
プロローグ:強制労働の必要性
I The company as a territorial power
I 領域的権力としての会社
- Intrusion into the hinterland
内陸部への侵入 - Retreat of princely authority
諸侯権力の後退 - Territorial demarcation and hierarchical structuring
領域区分と階層構造の形成 - The Priangan highlands as a frontier
フロンティアとしてのプリアンガン高原 - Clearing the land for cultivation
開墾と農地化 - The composite peasant household
複合的農民家族 - Higher and lower-ranking chiefs
上位および下位首長 - Rendering servitude
サーヴィチュードの提供 - Peasants and their lords in the early-colonial era
初期植民地期の農民と領主
II The introduction of forced cultivation
II 強制栽培の導入
- A colonial mode of production
植民地的生産様式 - From free trade to forced delivery
自由貿易から強制納入へ - The start of coffee cultivation
コーヒー栽培の開始 - Increasing the tribute
貢納の増加 - Coercion and desertion
強制と逃散 - Indigenous management
現地管理体制 - Under the Company’s control
会社支配下 - Tardy population growth
鈍い人口増加 - Tackling ‘cultivation delinquency’
「栽培違反」への対処
III From trading company to state enterprise
III 商業会社から国家企業へ
- Clashing interests
利益の対立 - Failing management
統治の失敗 - After the fall of the VOC
VOC崩壊後 - A conservative reformer
保守的改革者 - Strengthening the government apparatus
政府機構の強化 - Social restructuring
社会構造の再編 - Stepping up corvee services
賦役サービスの強化 - Sealing off the Priangan
プリアンガンの閉鎖 - The land rent system
地代制度
IV Government regulated exploitation versus private agribusiness
IV 政府統制型搾取と私的アグリビジネスの対立
- Discovery of the village system
村落制度の発見 - Land sale
土地売却 - In search of a new policy
新政策の模索 - The deregulation of coffee cultivation, except in the Priangan
プリアンガン以外でのコーヒー栽培規制緩和 - Patching up leakage and other irregularities
流出や不正への対処 - Increasing leverage for private estates
私有農園の影響力増大 - The downfall of the free enterprise lobby
自由企業擁護派の失墜 - The policy dispute continues
政策論争の継続 - Political turmoil at home
本国での政治的混乱
V Unfree labour as a condition for progress
V 進歩の条件としての不自由労働
- Shifting coffee cultivation to gardens
園芸的コーヒー栽培への転換 - Mobilizing labour
労働力の動員 - Expansion of forced labour
強制労働の拡大 - Beyond the reach of the government
政府の統制が及ばない領域 - The obligation to perform coolie labour and the need for tight surveillance
クーリー労働義務と厳格な監視 - In search of the hidden labour reserve
潜在的労働予備軍の探索 - Indispensability of the chiefs, for the time being
当面不可欠な首長層 - The Priangan variant as a ‘colonial constant’
「植民地的定数」としてのプリアンガン型 - Spreading benevolence at home and on Java
本国とジャワでの「恩恵」の流布
VI The coffee regime under the cultivation system
VI 強制栽培体制下のコーヒー体制
- A new surge in the colonial tribute
植民地貢納の新たな高まり - Coffee and more
コーヒーとその他 - More and more coffee
拡大するコーヒー生産 - Approaching the workfloor
労働現場への接近 - The happiness of the innocent
「無垢なる者の幸福」 - Stagnation
停滞 - Crisis
危機 - Non-compliance
不服従
VII Winding up the Priangan system of governance
VII プリアンガン統治体制の終焉
- ‘A system that is arbitrary, repressive and secretive’
「恣意的・抑圧的・秘密主義的」体制 - Taxation, resistance and retribution
課税、抵抗、報復 - Cultivating coffee and growing food
コーヒー栽培と食料生産 - The welfare of the people
人民の福祉 - Good governance
グッド・ガバナンス - From protectors to exploiters
保護者から搾取者へ - The reform operation
改革の実施 - Release from servitude
サーヴィチュードからの解放
VIII Eclipse of the coffee regime from the Sunda highlands
VIII スンダ高地からのコーヒー体制の終焉
- The dilemmas of political expediency
政治的便宜主義のジレンマ - A turn for the better?
好転の兆しか - Impact of the reforms on the peasantry
改革が農民に与えた影響 - Establishment of the village system
村落制度の確立 - Shifting the onus of servitude
サーヴィチュード責任の転嫁 - The contours of a new economic policy
新経済政策の輪郭 - The agrarian underclasses
農村下層民
Epilogue: Servitude as the road to progress
エピローグ:進歩への道としてのサーヴィチュード
Glossary
用語集
List of abbreviations
略語一覧
List of illustrations
図版一覧
Archival sources
アーカイブ資料一覧
Index of names
人名索引
第1章「The company as a territorial power(領域的権力としての会社)」は、18世紀から19世紀にかけてジャワ島西部プリアンガン高原地域を舞台に、オランダ東インド会社(VOC)がどのようにしてこの地にコーヒー栽培体制を根付かせ、土地・社会・労働力を掌握していったか、そのプロセスと構造を歴史社会学的に詳細に解剖している。本章は、しばしば沿岸部や都市部に偏りがちだった従来の植民地史研究を超えて、「フロンティア」としての内陸山地の植民地化がいかにグローバル市場編入の最前線となり得たかを明らかにし、国家・企業・地元社会の権力関係をめぐる緻密な分析を展開している。
冒頭では、プリアンガンという地名が植民地時代初期に定着したことに触れ、この地がもともと人里離れた山岳地帯であり、農耕に適した土地の開発は困難を極めていたことを示す。オランダによる植民地化以前、この地はヒンドゥー王国パチャカランの支配下にあり、16世紀末からイスラム勢力や沿岸部の諸侯が台頭するとともに、王国は衰退し、人口は激減、土地は「荒れ地」となった。17世紀に入ると、沿岸部の港市国家が内陸部への勢力伸長を図るが、その背後にはマタラム王国による領土拡大の動きがあった。マタラム王は地元首長に忠誠を誓わせ、農村への移民を推進して土地開発と農業生産の強化を図ったが、やがてオランダ東インド会社が台頭し、ジャワ島全域のパワーバランスが大きく転換することになる。
このような歴史的背景のもと、オランダ東インド会社はプリアンガン地域への直接統治を志向しつつも、その統治機構を自ら構築することはせず、既存の地元エリート(首長層、アリストクラシー)を間接支配の中核として活用するという戦略を採った。これはコスト削減、リスク分散、現地の社会的秩序・慣習への適応など、極めて実利的な選択であった。会社の名において土地・住民に介入しながらも、徴税・労働動員・治安維持といった実務の多くは地元首長に委ねられ、彼らは支配の担い手としての地位と一定の利益分配を保証された。この体制のもと、農民は「領主-首長-農民」という三層構造に組み込まれ、従来の農業生産や生活維持の論理とは異なる、商品作物栽培を中心とした新たな支配・収奪の回路が形成されていく。
プリアンガン地域の特徴は、人口密度の低さと山地地形にある。多くの土地は「開墾されていない」荒れ地であり、農業生産の拡大には大量の労働力投入が不可欠だった。オランダ東インド会社はコーヒーという新たな換金作物の導入を推し進め、農民に対して栽培義務を課し、一定量のコーヒー豆を納入させるシステムを構築した。その際、地元首長は土地の分配権や農民動員権を与えられる見返りに、植民地政府へ納入量を保証する役割を担い、これが間接支配体制の安定化を支えた。農民にとっては、伝統的な慣習的義務が、次第に植民地国家の収奪装置として「強制労働」へと変質していく過程でもあった。
この地域における土地利用・社会構造の変化は、農村家族の組織原理にも影響を及ぼす。多くの農家は家族労働を基盤とする複合的生計を営み、現金収入のためのコーヒー栽培と自給的な食料作物生産を両立させようとする。しかし、会社や首長からの生産割当・納入義務はしばしば家族経済を圧迫し、農民層は自律的選択の余地を大きく奪われることになる。土地の私的所有はほとんど認められず、村落共同体を単位とした農地の集団利用、あるいは首長による配分というかたちで土地と労働の関係が再編成されていく。
首長層は一枚岩ではなく、上位(高級貴族)と下位(村落レベルのリーダー)に分化し、オランダ植民地政府との結びつきの度合いや利益配分にも違いが生じる。上位首長は植民地国家の統治パートナーとして重要な役割を果たし、下位首長は農民との直接的な接点を持ちつつ、義務遂行の現場管理を担当する。こうした階層性は、農民にとっては多重の支配・搾取を意味し、時には中間層内部の権力闘争や協力関係の再編にもつながった。
本章はまた、農民がどのように「サーヴィチュード(servitude)」を提供させられていたか、すなわち伝統的な忠誠・奉仕がいかにして植民地的強制労働に転化したのかについても詳述する。オランダ側はしばしば「これらの義務は伝統的で、古来から存在したものである」と主張し、強制の正当化を図った。しかし、実際には市場経済・コーヒー商品作物化の要請に応じて、従来の労働義務が大幅に拡張・変質させられており、農民は新たな収奪体制の下で、より多くの時間と労力を「公共の義務」として捧げさせられることになった。
こうした体制のもとで農民社会は静的に従属したわけではなく、さまざまな抵抗や交渉、回避行動も絶えず発生した。サボタージュ、怠業、逃散、集団での生産義務拒否など、多様な「武器なき抵抗」が展開され、植民地側はこれに対して監督強化、移動制限、懲罰措置といった対応策を講じて安定維持を試みる。これにより、表面的には安定した収奪体制が再生産されつつも、常に内部には不安定性と緊張が潜在することとなった。
初期植民地時代のこのプリアンガン支配体制は、その後の国家主導型「強制栽培制度」や村落共同体中心の支配システムの先駆的モデルともなった。オランダ東インド会社からオランダ植民地国家への移行、地元エリートの参与の仕方、農民社会の再編、土地と労働の管理原理の転換など、本章で提示された分析枠組みは、19世紀以降のインドネシア農村社会変容の理解にも大きな示唆を与えるものである。
総じて第1章は、植民地企業としてのVOCが単なる商業体であるにとどまらず、領域権力として土地・人間・社会関係を再編成し、グローバル市場の需要に応じて現地社会を商品作物供給装置へと変貌させたプロセスを多層的に描き出している。土地の「開墾」は単なる農地化ではなく、社会的秩序・権力関係・労働動員体制の抜本的変革をもたらす政治経済的行為であった。その過程で、伝統的社会の慣習や権威も巧みに再利用され、従属と自律、協調と抵抗が複雑に絡み合う、きわめて動態的な社会史が立ち上がってくる。現地社会の主体性や複雑さ、支配体制の多層性をきめ細かく分析した本章は、植民地インドネシアの社会史・労働史研究の優れた理論的・実証的貢献であり、植民地資本主義と現地社会の相互作用の全体像を理解するうえで必読のテキストであると評価できる。
特筆すべきは、植民地企業の支配が必ずしも軍事的・官僚的暴力の行使だけではなく、地元社会内部の既存権威との妥協・共存・利益分配を通じて制度化されていく点である。VOCは膨大な管理コストや現地反乱のリスクを回避しつつ、安価な労働力・資源を効率的に動員するという合理性のもとで、地元首長との共犯的ネットワークを構築した。この構造は、後の「強制栽培制度」や村落自治を名目とする支配形態にも引き継がれ、結果として農民層の主体性・抵抗を限定的なものに押しとどめる制度的基盤となった。農民は時にしたたかに順応し、時に集団抵抗に出るものの、土地・労働・社会関係の根幹は常に外部権力によって規定され続けた。
このように本章は、植民地的商品作物経済の台頭と現地社会の編成、間接支配の巧妙な力学、農民の生存戦略と抵抗、土地・労働・家族・首長層の多層的変化を、時系列的かつ多角的に分析することで、従来の表層的な「搾取‐被搾取」二分法や単純な被害者像を乗り越える新たな社会史像を提示する。植民地化がもたらした秩序再編と暴力、そしてそのなかでしたたかに生き抜こうとする農村社会の現実を鮮やかに浮かび上がらせる本章は、植民地支配とグローバル資本主義の歴史的構造を解き明かすうえで、きわめて重要な基礎を提供しているといえる。
第2章「The introduction of forced cultivation(強制栽培の導入)」は、18世紀以降のジャワ・プリアンガン地域において、オランダ東インド会社(VOC)がコーヒー栽培をいかに制度化し、それを強制労働体制へと転化させていったのか、その政治経済的ダイナミズムを詳細に描き出している。本章は、グローバル市場の論理と植民地国家の収奪欲求、そして現地社会の適応と抵抗が複雑に交錯するなかで、強制栽培体制がどのように構築され、維持・拡張されていったのかを、豊富な史料と綿密な分析によって実証している。
まず本章の冒頭で強調されるのは、コーヒーという新興商品作物が植民地経済にいかなるインパクトをもたらしたか、という点である。コーヒー栽培の初期には、自由市場的な取引が表向き存在していたものの、ヨーロッパでの急速な需要増大は、次第に「自由貿易から強制納入(from free trade to forced delivery)」への転換を促していく。VOCは農民から直接コーヒー豆を買い上げていたが、その価格は市場価値に比して著しく低く設定され、納入量は年々増加、やがては農民の意思を問わぬ「義務」へと転化していく。この過程は、商品作物経済の「自発的発展」ではなく、植民地権力による強制的動員の拡大であり、農民社会は新たな経済的従属と搾取の構造に巻き込まれることとなった。
この強制栽培体制の核心は、「コーヒー栽培義務の法制化」と「農民の自由な労働移動の制限」にある。VOCは現地社会を直接支配する能力を持たず、従来の地元エリート(首長、アリストクラシー)を媒介とする間接統治を引き続き活用した。首長層は会社から納入目標を課され、それを村落社会や農民家族に割り振るという形で強制栽培を実行した。この体制は、納入義務の「履行」を担保する一方で、監督や強制力の発動には地元首長の協力が不可欠であったため、首長には経済的インセンティブや地位の保証が与えられた。
このプロセスで農民にとっての最大の負担となったのは、「貢納の増加(increasing the tribute)」と「労働義務の拡張」である。納入量は当初の計画をはるかに超えて膨らみ、栽培地の拡大、労働負担の増大、食料生産との両立困難など、多重の圧迫が発生した。納入義務が果たされない場合、サンクションや懲罰が科され、逃散や反抗は「規律違反」として厳しく取り締まられるようになった。これに対し、農民側はさまざまな逃避・回避戦術(納入量の過小申告、品質低下、土地利用の隠蔽、集団での怠業、逃散など)を駆使し、「義務」の履行を部分的に骨抜きにしようとした。これらの動きは、体制の側にとって「coercion and desertion(強制と逃散)」という終わりなき管理課題をもたらした。
本章では、現地管理体制の巧妙さと限界にも注目が払われている。植民地企業は統治コストや現地知識の欠如を補うために、「indigenous management(現地管理体制)」を最大限活用した。首長層は土地分配や納入目標の調整、農民の監督、トラブル時の仲裁者として機能し、農民の協力を引き出す緩衝材でもあったが、同時に二重の搾取者として農民の不満の標的ともなった。この構造は、支配の効率性を高めつつも、内部の緊張や腐敗、首長層の裏切り・利己主義を誘発しやすい脆弱性も孕んでいた。
コーヒー体制下の農村社会には、人口増加の停滞(tardy population growth)や社会の流動性制限がもたらされた。労働義務の重圧と食料生産の不安定化は、家族形成や人口増にネガティブな影響を及ぼし、地域社会の分化や階層化を進めた。生き残りのために一部農民が首長や植民地当局と協調し、他方で自立的な生計戦略や集団逃散を模索するなど、農民層内部の多様な適応と分断も進行した。
「tackling ‘cultivation delinquency’(栽培違反への対応)」という項目では、納入義務の未達やサボタージュ、品質偽装への当局の監視・懲罰体制が強化されたことが論じられる。しばしば現地首長自身が農民と結託し、義務履行の形式を整えつつ実質的な逃れ道を確保することもあり、植民地側は監督の再強化や制裁の厳罰化によってそれに対処しようとしたが、地域社会内部のネットワークの強靱さと適応力の前には、しばしば限定的な効果しか発揮できなかった。
第2章全体を貫く主張は、コーヒーという換金作物の導入が、単なる経済的イノベーションや農業技術の進歩ではなく、社会全体の権力構造、労働動員のメカニズム、土地利用のあり方、農民家族の生計構造そのものを根本的に変容させたという点にある。植民地支配者が主導した強制栽培体制は、グローバル市場の要請と国家の収奪ロジックを現地社会に強引に移植し、そのために伝統的支配層と新たな搾取ネットワークを結び付けることで、従来の「習慣的義務」を脱構築・再編成した。その結果、農民社会は一方的な被害者であると同時に、体制の矛盾をしたたかに突きながら生き抜く主体としての側面も持ち続けた。
本章の価値は、強制栽培体制の成立過程を、単なる「外部からの強制」や「現地の抵抗」という単純な二項対立として描くのではなく、支配・協調・分断・適応・抵抗が錯綜する多層的なダイナミクスとして提示している点にある。とくに、農民・首長・植民地国家の三者が、時に対立し、時に共謀しながら、「強制」体制を部分的に機能させ、また部分的には骨抜きにしていくという複雑な相互作用の分析は圧巻である。
さらに本章は、強制労働体制が長期的に現地社会にもたらした人口動態の変化、社会的モビリティの抑圧、分化と階層化、農民家族の経済的困難や適応の限界についても、丹念な史料調査と現場分析で説得的に描き出している。そのうえで、体制の内部矛盾や管理コストの増大、支配ネットワークの脆弱化がやがて19世紀以降の改革や農民抵抗の背景となっていくことを示唆し、強制栽培体制の「安定的支配」は決して永続的ではなかったことを明らかにしている。
総じて第2章は、植民地経済体制の確立過程が単なる上からの一方的支配ではなく、グローバル市場の要請、植民地国家の収奪論理、現地エリートの利害、農民社会の生存戦略といった多層的要因の相互作用の中で展開されたことを精緻に論証している。強制栽培制度がもたらした社会的・経済的インパクトの全体像を把握するうえで、本章の分析は不可欠であり、商品作物経済の拡大が現地社会にもたらす制度的・人間的葛藤と創造性を理解するための重要な示唆に富んでいる。
第3章「From trading company to state enterprise(商業会社から国家企業へ)」は、18世紀末から19世紀初頭にかけての激動期に、ジャワにおけるコーヒー栽培体制とその統治機構がどのように変容していったかを詳細に検証している。本章は、オランダ東インド会社(VOC)の崩壊と、それに続く近代植民地国家の誕生という大きな時代転換の中で、コーヒー強制栽培システムがどのように再編され、持続し、あるいは新たな矛盾を抱え込むことになったのか、その過程とメカニズムを多角的に描き出している。
まず、18世紀末のVOCの統治危機と経営不全に焦点が当てられる。コーヒー体制の根幹をなしていた現地首長層とのパートナーシップや間接統治は、増大する納入義務・徴税・管理負担により徐々に機能不全を起こし始めていた。会社の利益追求と現地社会の実態との乖離は拡大し、管理コストや社会不安が膨れ上がったことで、VOCは統治機構の維持すら困難になった。こうした「failing management(管理の失敗)」と利益相反(clashing interests)のなかで、従来の体制が限界に直面するさまが具体的な史料を用いて論じられる。
VOCの崩壊(1799年)は、単なる一企業の倒産ではなく、近世的商業帝国から近代的官僚国家への転換点であった。これ以降、オランダ本国の植民地経営は商業的利潤追求から政治的・財政的な国家目的にシフトしていく。新たに設立されたオランダ領東インド植民地政府は、VOC時代に成立した間接統治と強制栽培の仕組みを引き継ぎつつも、より官僚的・中央集権的な統治体制への再編を試みた。「a conservative reformer(保守的改革者)」としての新政府は、現地エリートへの依存体制を維持しつつも、官僚機構の強化(strengthening the government apparatus)、社会構造の再編(social restructuring)、村落共同体や首長層の役割の再定義など、植民地統治の制度的近代化を進めることになる。
ここで注目すべきは、「賦役サービスの強化(stepping up corvee services)」である。国家は直接的な現地支配能力の欠如を補うために、従来の地元首長ネットワークを最大限利用しつつ、各種の公共事業や強制労働義務を拡張する。プリアンガン地域は「sealing off the Priangan(プリアンガンの閉鎖)」と呼ばれる特別区域とされ、人口移動や社会的流動性が厳しく制限された。これにより、政府はコーヒー生産と納入義務をより効率的に管理できる一方、農民にとっては逃散や反抗の余地がますます狭められることとなった。
一方で、新たな植民地体制は「land rent system(地代制度)」の導入を通じて、土地の所有・利用関係や税制体系の近代化も推進する。土地は原則として国家の所有物とされ、農民や首長層は「使用権」としての地代を納める義務を負わされる。これにより、伝統的な土地慣行や共同体的所有権が徐々に解体され、農民層の自立的生計基盤は脆弱化していく。しかし、こうした改革は一方的に進行したわけではなく、地元首長の協力や農民層の部分的な順応、あるいは制度的な抜け穴・妥協も多数存在した。
本章ではまた、オランダ本国で進行した財政危機や政治的混乱が、植民地政策の転換に決定的な影響を及ぼしたことも強調される。ナポレオン戦争期の混乱、本国政府の変動、国際的なコーヒー価格や市場の不安定化は、現地の政策調整や改革の失敗・遅延の要因となった。外部環境と内部矛盾が絡み合うなかで、国家はコーヒー強制栽培体制の「安定的再生産」を目指しつつも、現地社会の抵抗、管理コストの増大、首長層の反乱や裏切り、農民層のサボタージュや逃散といった絶え間ない摩擦に直面し続けることとなった。
総じて第3章は、VOC体制の終焉から国家主導型の官僚統治への転換期に、いかにして「強制栽培体制」が再編され、持続され、あるいは新たな矛盾を露呈したのか、その全体像を精密に描き出している。植民地支配の基礎をなした地元首長層の「協力的反抗」「利己的適応」と、官僚国家による支配技術の近代化、農民社会の適応と抵抗が複雑に交錯するなかで、「制度の持続」と「内的危機」が同時進行するダイナミズムが浮き彫りにされる。
とりわけ、商業会社的支配から国家的官僚統治への移行は、搾取のロジックや収奪装置そのものを一新したわけではなく、むしろ既存体制の「変形的持続」として展開したこと、そして「改革」は必ずしも農民社会の解放や現地社会の近代化をもたらさなかったことを、本章は歴史の具体的厚みとともに示している。この時期の制度的転換は、やがて19世紀後半の「強制栽培制度」や新たな労働体制・土地政策へと接続していく伏線ともなり、インドネシア農村社会の近代史を理解する上で欠かせない論点を提供している。
第3章は、グローバル資本主義と植民地国家、伝統社会と近代官僚制という二重の力学が、具体的な社会・労働・土地の構造変化を通じていかに絡み合い、新たな支配体制と矛盾の累積を生み出したかを、きわめて実証的かつ理論的に明らかにしている。植民地史研究において、国家と企業、伝統と近代、支配と抵抗の「連続性と断絶」を同時に考察する枠組みとして、高く評価できる内容となっている。
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