EUの「自然再生法(Nature Restoration Law)」の成立と内容

EUの「自然再生法(Nature Restoration Law/Nature Restoration Regulation)」は、劣化した生態系を“守る”だけでなく、数値目標と期限を伴って“回復させる”ことを加盟国に求める、EU初の包括的な自然再生の法制度である。欧州委員会の説明では、2030年までにEUの陸域・海域の少なくとも20%で再生措置を講じ、2050年までに再生が必要な生態系全体へ拡大することが柱に据えられている。

1. 背景:保全から「回復」へ(EU内事情)
EUでは2000年代以降、Natura 2000を核とする保護地域政策を進めてきたが、生息地の劣化が止まらないという問題意識が強まった。そこでEUは、保護地域の拡大(面積)だけではなく、湿地・河川・森林・農地・都市緑地・海域といった多様な生態系の“状態”を改善する、より踏み込んだ手段を必要とした。自然再生法はこの流れの中で、気候変動対策(自然の炭素吸収・防災)や農業・食料安全保障(送粉者や土壌機能)と結びつけられ、「生物多様性×気候×食料」の同時達成を狙う政策パッケージとして位置づけられている。欧州議会の説明でも、同法が気候・生物多様性目標の達成に資し、食料安全保障も強化すると明記されている。
2. 成立までの経緯:政治対立を経て「拘束力ある回復義務」へ
自然再生法は、EUの環境政策の中でも政治的対立が大きかった。農業・土地利用への影響を懸念する声が強く、加盟国間でも調整が難航したが、最終的に欧州議会が法案を採択し(2024年2月)、その後、加盟国側の手続を経て制度として固まった。欧州議会は、2030年までに陸海の20%を再生し、2050年までに再生が必要な生態系全体を対象とする点を「新法の骨格」として示している。
(※EU法の成立は複数機関の手続で進むため、実務上は採択後に各国計画・実施設計へ重心が移る。欧州委員会の解説ページは、制度の最終形としての「拘束力ある目標と対象」を整理している。
3. 法の中核:面積ではなく「状態改善」を義務づける設計
自然再生法の特徴は、保護区を増やすだけの政策ではなく、劣化した生態系の“回復行為”と“成果”を制度に組み込む点にある。欧州委員会は、全体目標(2030年20%、2050年全体)に加えて、生態系タイプに応じた具体的な再生ターゲット(陸域・淡水・海域・都市等)を持つ規則だと説明している。
この設計は、保護地域の面積を増やしても、生態系機能や種の多様性が回復しないケースがあるという反省を踏まえ、「守る」から「戻す」へ政策重心を移したものだと言える。
4. EU外の主要政策との相互作用(国際枠組みがEU法を後押し)
自然再生法はEU内発の制度である一方、国際枠組みとの相互作用が非常に強い。決定的なのは、2022年に採択された**昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)**である。GBFは2030年に向けた複数のターゲットを持ち、なかでも
- ターゲット3(30×30):2030年までに陸域・内水・海域の少なくとも30%を保全(保護地域やOECM)
- ターゲット2:2030年までに劣化した生態系の少なくとも30%を効果的に再生を掲げる。EUの自然再生法は、まさにこの「ターゲット2(再生)」を域内制度として具体化する性格を持つ。30×30が“保全の面積目標”であるのに対し、自然再生法は“回復の実装”を担う、という役割分担が見える。
5. 30×30の各国展開がEUに与えた「競争と整合」の圧力
30×30はEU以外でも政策目標として採用され、各国は国内版30×30を掲げている。例えば米国は「2030年までに陸域・水域の30%を保全する」方針を政府として打ち出している(米内務省のファクトシート)。U.S. Department of the Interior カナダもGBFターゲット3に沿って、2030年までの30%保全コミットメントを説明している。Canada
このように、“30×30(保全)”が各国共通言語として広がる一方で、実際の自然の状態改善(回復)をどう担保するかが次の争点となり、EUはその部分を法で押さえにいった、という見立ても成り立つ。国際目標への整合(compliance)だけでなく、環境ガバナンスの先行事例を提示すること自体が、EUの政策的レバレッジになるからである。
6. 「ネイチャーポジティブ」潮流が企業・金融を巻き込み、EU法の実効性を補完
近年は国家政策だけでなく、企業・金融の側でも自然を“増やす”という概念が急速に普及した。ネイチャーポジティブは、国際的には「2030年までに(2020年比で)自然損失を止めて反転させ、2050年までに完全回復へ」という社会目標として定義されている。Nature Positive+1
さらに、企業開示の枠組みとしてTNFDが最終提言を公表し、自然関連の依存・影響・リスク・機会を評価し開示する動きを後押ししている。tnfd.global+1
ここで重要なのは、EUの自然再生法が「規制(公的ルール)」として再生を義務づけるのに対し、ネイチャーポジティブ/TNFDは「市場(資金の流れ)」を通じて企業行動を変える点だ。両者は競合ではなく補完関係にあり、EU域内では規制が“最低限のライン”を作り、開示・投資が“上積みの実装”を促す構図が形成される。
7. 現在地点:制度化はゴールではなく、各国計画・実装が勝負
自然再生法は、成立そのものが到達点ではない。むしろ今後は、加盟国がどの生態系をどの優先順位で回復させ、農業・林業・都市計画・防災・水管理とどう統合するか、という実装の政治と技術が中心課題になる。EU委員会が示すように、対象は陸域・海域だけでなく都市も含むため、自然保護部局だけで完結しない“横断型”の政策実装が不可避である。Environment
同時に、GBFターゲット2・3が示す国際的な時間軸(2030)との整合、そしてネイチャーポジティブ/TNFDが作る資金の圧力が、EU域内の実行を加速させる要因にも、逆に評価の厳格化要因にもなっていく。
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