【勝手に書評】Vom Glück der Ressource

目次(日本語訳)

はじめに(編集者)

  • 編集者による序論

第I部 世代を超える森林改変

  • ヨーロッパにおける森林発達史
  • 変わりゆく松林経営――二つの時代の林務官の経験
  • ザクセンの森林改変――針葉樹林から立地適応型文化林への道
  • 2018年が示した森林の脆弱性――自然との協働の必要性
  • 「定期的・ほどほど」が我々の原則――小規模林業の課題と工夫

第II部 森林職の鏡としての森

  • 良き職業像――自治体林務官の経験から
  • 講義室と林地のはざまで――なぜ・どのように林学を学ぶか
  • 保全と持続性をめぐる相乗効果
  • 持続可能な林業と未来――若手林務官の視点
  • それぞれの立場で――女性林務官の語り

第III部 森林・木材利用への弁明

  • 産業社会と木材――19世紀から21世紀の不可欠性
  • 木造建築の都市回帰と気候危機
  • 裸地は森林改変のチャンスか?――小規模所有者の挑戦
  • シュタイガーヴァルトにおけるエコロジカル林業
  • 気候保護のための森林景観――炭素固定より排出回避

第IV部 未来の森のための科学

  • 水文と樹種選択の関係
  • 理論と現場の対話――気候適応的森林
  • 森はまだ救えるのか?――現代ドイツ森林危機
  • 森林インベントリ・モニタリングの実践
  • 生物多様性と森林保護
  • もはや単純なレシピはない!――持続性の再定義

第V部 体験としての森

  • 森の光と影――風景変容の写真エッセイ
  • ドイツにおける荒野――種・気候保護ではなく倫理の問題か?
  • 森――癒しと夢の空間(エッセイ)

Teil I:世代を超える森林改変 ― ヨーロッパ森林史と現場の知から考える

本章は、ヨーロッパの森林をめぐる「改変(Waldumbau)」という営みを、地質学的スケールの歴史と現場での実践、政策的課題、世代間倫理の観点から多角的に描き出している。多彩な執筆陣が、時代ごとに移り変わる自然・社会・経済の諸条件の中で、森林と人間社会がいかに関わってきたかを論じている。


1. 森林発達の地質学的・気候的スケール

冒頭論考(Hansjörg Küster)は、最古の地質時代である古生代から現代まで、森林が地球規模でいかに変化してきたかを描き出す。
およそ3.5億年前の石炭紀には、今日のシダ植物やバイエルン州にも残る針葉樹の祖先たちが繁茂し、炭素を長期固定する生態系を形成した。この炭素固定こそが地球規模の気候安定化の礎となった。以降、氷期・間氷期のサイクルによって種構成や分布は絶えず動的に変化し、ヨーロッパの「森林景観」は常に生成・消失・再生を繰り返してきた。特に第四紀(過去250万年)の氷期は、樹種の生存と遺伝的多様性に大きな制約を与え、現在の欧州林の貧弱な樹種構成(例:ブナ・ナラ優占)へとつながった。これに比し、北米や東アジアでは山脈の配列や気候の緩衝が多様な樹種保存を可能にした。

また、植物化石や花粉分析による実証研究が、森林の“絶対安定”というイメージの虚構性を明らかにしている。生態系は常に動的であり、短期的安定はあっても長期的には種構成・機能は絶えず変化する。


2. 人類の出現と森林景観の変容

ホモ・サピエンスの拡散以降、人類は狩猟採集、農耕、家畜放牧、採集・燃料としての木材利用によって、森林の構造と機能に本質的な影響を及ぼしてきた。最初期には、ドングリやクルミなどを意図的に分布させる「Nut Age」的な営みが、偶発的にせよ持続的にせよ行われていた。農耕革命以降は、定住と耕作地確保のための大規模な森林開墾が展開され、樹種選択的な伐採と放牧(例:ハイノキやナラ類の育成と伐採、ウルム類の利用、ラミナリア利用等)が進んだ。

特筆すべきは、中世から近世にかけての「Holznot(木材飢饉)」の繰り返しである。家屋建築、暖房、工業、船舶建造などの爆発的需要増が、森林資源を“供給制約”の存在として可視化し、社会不安や経済危機、都市・農村の土地利用政策を引き起こした。例として、ニュルンベルクやザクセン地方では、鉱業・製鉄のための森林利用が臨界点に達し、14世紀にはすでに“苗木の植栽”や外来種の導入が試みられた。ルター時代には「Hausväterliteratur(家庭指導書)」が書かれ、省エネ・持続的管理の知恵が伝えられたことも興味深い。


3. 近代林業の形成と“持続性”概念の誕生

近世ドイツでは、カルロヴィッツなどによる科学的・制度的林業の確立が、「Nachhaltigkeit(持続性)」という概念を世界で初めて理論化した。ここで重要なのは、“資源”という言葉自体が、石炭や金属のような単純な消費対象(Verbrauch)と区別され、森林や土壌、水といった「回復可能な利用対象(Gebrauch)」を指すようになった点である。すなわち、資源利用=管理=再生という「循環」の思想が、すでに近世後期には明確化されていた。

この文脈で、人工的な植林(松・トウヒ)、外来樹種(ダグラスファー等)の導入、土地利用の明確な分節(森林と農地の分離)、集約的管理手法が発達した。その一方、産業革命と化石燃料(石炭)の普及は、「木の時代」の終焉と“回復力ある森林”というビジョンの再構築を促した。


4. 現場からの証言――松林経営・東独林業の現実

松林経営の実践(Reginald Rink)を通しては、貧弱な砂地への植林、DDR時代の計画経済下での集約的な生産・再造林義務、統一後の所有権再編とマーケットロジックへの急激な適応などが描かれる。東独期は、資源の希少性ゆえに一木一木の徹底的な利用(材積最大化、手入れの義務化、ブロックの短期再造林)、徹底した管理体制とノルマ、価格形成を無視した計画的生産が支配した。

一方、ドイツ再統一後の自由化は、市場崩壊、労働力喪失、旧来の管理慣行の機能不全、所有権意識の低下をもたらした。特に、私有林への権利返還が、細分化と非効率・意欲低下・情報空白を引き起こし、林業の“社会的基盤”そのものが危機に晒された。松という“単純で乾燥に強い”種への依存は、気候変動と経済変動の狭間でのリスク選好の結果であり、今日では再び見直しの時期を迎えている。


5. ザクセンの森林改変――科学と政策の対話

ザクセン地方の針葉樹単純林から多様な文化林への転換(Dirk-Roger Eisenhauer)は、政策・学術・経営がいかにして持続可能なバイオエコノミー型林業へ移行しつつあるかを示す好例である。1990年代初頭の酸性雨や新型林害(Immissionsschäden)、1992年の土壌調査とボトムアップのモニタリング体制、植生遷移に合わせた科学的“適地適樹”の選定、気候シナリオと現場データを融合した意思決定支援システム(GIS、フェノロジーモデル等)、そして経営・政策・社会へのフィードバックなど、多層的な取組が展開されている。

ここで強調されるのは、リスク管理(風害・虫害・乾燥・気温変動など)のためには単なる多樹種化や自然回帰ではなく、現場データに基づいた“適応的マネジメント”が不可欠ということである。また、狩猟政策や所有者意識、労働市場の変動(人員削減・機械化)、社会的コンセンサス形成の難しさなど、管理外部の社会条件も改変戦略に決定的な影響を与える。


6. 家族経営・小規模林の知恵と苦悩

ドイツ伝統の家族経営(Philipp von der Malsburg等)や小規模林家(Angelika Morgenroth)の証言は、“林業の持続性”が単なる技術論や政策論では語りきれない、世代倫理・家族史・個人の意志といった主観的・社会的側面に大きく依存していることを明らかにする。例えば、乾燥・虫害・台風・価格崩壊等の外的ショックに際して、技術的に“最適”とされる対応が、現実には資本・労働力・経験・コミュニティ意識の不足ゆえに困難を極める。

「定期的・ほどほど(regelmäßig mäßig)」という管理原則は、個人の経験知と地域の知恵に基づく柔軟な適応戦略として提示されている。過去の失敗(大面積皆伐と再造林の失敗、誤った樹種選択、補助金政策の矛盾)を踏まえ、こまめな手入れ・多樹種化・自主的学習・コミュニティの強化など、実践知の継承が持続可能な林業の鍵であると説かれている。


7. 批判と展望

最後に、本章全体で共通するのは、「森林改変(Waldumbau)」は単なる植生・経営・技術の問題ではなく、歴史・社会・倫理・家族・政策・気候・経済の全体を貫く“社会生態系的営為”であるという認識である。制度設計や科学的管理だけでは補いきれない「場の知」「主体的関与」「合意形成の困難さ」が随所で指摘され、安易な“レシピ主義”やトップダウン的モデルの限界が強調されている。

森林の持続可能性を真に実現するには、異なる知・世代・立場が重層的に対話し、「共有地」としての森の多元的価値を社会全体で再認識する必要がある。単なる技術革新や政策強化ではなく、“記憶”や“関係性”、“地域社会の再生”といった要素が不可欠である。


Teil II:森林職の鏡としての森 ― 現場実践・職業倫理・教育・ジェンダーをめぐる多層的考察

本章は、現代ドイツにおける林業従事者の職能・実践・自己認識を、制度・現場・教育・社会的評価・ジェンダーなど多面的な観点から丹念に描写している。森林という存在は、単なる生態系資源や産業対象ではなく、「職業人の鏡」として、彼らの価値観・人生観・共同体意識、さらには時代ごとの社会的期待を鋭く映し出す。伝統から変化へ、そして多様化する社会の中で、林業職がどのような「生き方」「働き方」として受け継がれ・刷新されているのか――本章はそのリアルな葛藤と可能性を多角的に掘り下げている。


1. 林業職の歴史的変遷と現代的課題

冒頭の論考では、ドイツ林業職(特に自治体林務官)が担う多元的役割が整理される。19世紀以降のプロイセン流「専門官僚制」や「家父長的ヒエラルキー」は、現代においてもなお影響を残しつつあるが、近年では大きなパラダイム転換が起きている。とりわけ再統一(1990年)以降の地方分権化・所有権再編・行政効率化の流れは、自治体林務官に従来とは異なる能力――政策調整、住民対話、資源マネジメント、災害対応、観光や教育など複合的機能――を強く要求するようになった。

また、森林の「多元的価値」(公益性・経済性・文化性)の重視が進み、森林管理は単なる「木を育て伐る」仕事から、地域社会の持続性や幸福感に寄与する「コモンズ・マネジメント」へと拡張された。この変化の中で、林業職は社会的責任と倫理観の深化、そして“現場知”と“調整力”の両立を迫られている。


2. 現場で鍛えられる職業倫理と実践知

本章では、ベテラン林務官・若手技術者・女性職員など、多様な現場従事者の証言が多数収録されている。彼らの語りから浮かび上がるのは、林業が「制度で定義された仕事」以上のものであるという認識である。林業職は、自然・地域・歴史に根差した独特のアイデンティティを持つ。彼らは「森を守り、人と自然をつなぐ」役割に強い使命感を抱きつつ、その現場では以下のような課題と日々向き合っている。

  • 多様な利害関係者との調整
    森林所有者・自治体・地域住民・観光客・環境保護団体・企業など、時に相反する利害が複雑に交錯する中で、公正・合理的な合意形成を図る能力が不可欠となる。
  • 規範と現実のギャップ
    森林法や経営計画に沿った「正解」を目指しつつも、予算や人手不足、突発的な災害、社会的無関心など現実の制約は大きい。その中で「最善」を模索し、時に現場独自の“柔軟な裁量”を発揮する。
  • 感情・倫理・人生観
    森林職は単なる雇用や収入源ではなく、「森に仕える人生」としての誇りや矜持を強く持つ。失敗や批判へのプレッシャー、孤独感と達成感、次世代への継承意識が複雑に絡み合う。

こうした現場の実践知は、マニュアル化やAIでは代替不可能な「経験の蓄積と判断力」「地域固有の知恵」として重視される。その蓄積が、時代の変化を乗り越える“森のレジリエンス”を支えているのである。


3. 教育現場と若手林業者の自己形成

「講義室と林地のはざまで」という章では、林業教育・人材育成の現状と課題が浮き彫りにされている。林業高等教育は、伝統的に理論中心(森林生態学・経済学・法律・政策等)であったが、近年は「現場体験」や「プロジェクト型学習」、さらには「異分野連携」や「コミュニケーション能力」の涵養が強調されるようになった。

とりわけ気候危機や生物多様性喪失、社会的合意形成といった現代的課題に対応するためには、以下のような教育的アプローチが不可欠とされる。

  • 実践的現場教育
    森林管理現場でのインターンやフィールドワークを通じ、現場での意思決定・リーダーシップ・柔軟な問題解決力を養う。
  • 多様性とチームワークの重視
    多様なバックグラウンドを持つ学生が協働し、複眼的な視点を持つことで、複雑な社会的課題に取り組む力を培う。
  • 倫理・コミュニケーションの訓練
    環境倫理・職業倫理・対話能力を意識的に鍛える教育が拡充されている。

また、若手林務官や新規参入者は、「古い上下関係」「男性優位」文化への違和感を感じつつ、自らの理想と現実の間で葛藤しながらも、変革への意欲と可能性を語るケースが多い。彼らはSNSや地域メディアを活用し、林業の価値を社会に発信する“新しい語り部”ともなりつつある。


4. 保全と持続性のジレンマ・現場の葛藤

現代林業職は、単に「多く伐り多く植える」サイクル管理だけでなく、「多様な公益性」を意識したマルチファンクション型マネジメントを担っている。
ここでは以下のような実践的課題が取り上げられている。

  • 生物多様性保全と生産性向上の両立
    かつての単一樹種・均質林志向から、立地条件や歴史を踏まえた多樹種化・自然遷移活用への転換が進行中であるが、経済的合理性や収益圧力との間で葛藤が絶えない。
  • 気候変動適応
    予測困難な極端気象・虫害・乾燥化などへの適応力をどう高めるか。現場では短期的コスト増やリスク選好の是非が議論となっている。
  • 市民参加・社会的合意形成
    レクリエーション需要や自然保護運動の高まりを受け、住民参加型の森林計画・説明会・意見交換などが増加。ただし、合意形成の手間や対立の激化(例:伐採反対運動、自然公園化論争等)も課題となる。

これらのジレンマは、現場従事者の精神的負担にも直結する。著者たちは「共感的コミュニケーション」や「住民と森をつなぐ通訳者」としての林業職の新たな役割を強調する。


5. 女性林業者と職場の多様化

本章の中でも特に印象的なのが、女性林業者たちによる現場の証言と分析である。
伝統的に男性社会であったドイツ林業は、近年女性職員・技術者の増加により大きく変化しつつある。だが、性別役割分担やハラスメント、昇進機会の不均等など、依然として解決すべき構造的課題は残る。

女性林業者の証言では、

  • 「森は全ての人のもの」「性別でなく能力で評価されたい」
  • 「育児や家庭と両立しやすい柔軟な働き方への期待」
  • 「女性ならではの観察力・協調力・対話力が現場改善に寄与している」
    といった多様な声が紹介されている。

また、女性林業者のネットワーク形成や、メディアでの活躍、後進育成(Mentoring)などの新しい動きもあり、「多様性が林業の強靱性を高める」という新しい価値観の浸透が進んでいる。


6. 職能の社会的評価・アイデンティティ

林業職は、社会からの“見えにくさ”ゆえに、しばしば過小評価・誤解・偏見にさらされてきた。都市化の進展や産業構造の変化により、森林管理の社会的意義が十分に伝わらず、「単なる伐採者」「閉鎖的組織」というイメージが強まっていた時期もあった。

本章では、林業職が積極的に地域社会と交流し、「森の語り部」「地域の懸け橋」として新たな役割を担うことで、自己評価と社会的評価を高めている事例が多数紹介されている。例として、

  • 森林イベントの開催、学校や自治体との連携事業
  • SNSやYouTubeを使った発信(現場ルポや管理作業の紹介)
  • 市民科学プロジェクトやワークショップの企画
  • 災害時のボランティアや救援活動
    などが挙げられる。

これらの活動は、「森を守る者」から「森を開く者」「地域共生の担い手」への職能像の転換を象徴している。


7. 批判と展望

本章全体を通じて明らかになるのは、**林業職は単なる職業や管理業務を超えた「社会的ミッション」**であり、個々人の人生観・共同体への貢献・時代の価値観と密接に結びついている点である。気候危機や生物多様性喪失などのグローバル課題を前にして、林業職には“未来志向の倫理観”“多様な価値の調整力”“市民との対話力”がより一層求められている。

一方で、働き方改革・多様性受容・若手人材の確保・デジタル化対応など、今後も多くの課題が山積している。林業職の自己革新能力、そして社会全体が「森とともに生きる」新たな社会契約を結び直せるかどうかが、森林の持続性そのものを左右するのである。


Teil III:森林・木材利用への弁明 ― 歴史・倫理・政策・社会の交錯する現場から

本章は、現代ドイツ社会における森林資源の「利用」と「保全」をめぐる倫理的・歴史的・実践的な葛藤と、その中で木材利用の意義と限界を問い直す論考群から成る。近年、気候変動や生物多様性喪失、都市化・グローバル化による「森林価値観」の多元化により、森林は単なる物理的資源や国民経済の基盤という存在から、エコロジー・福祉・文化・アイデンティティといった新しい価値の交差点へと変貌しつつある。

しかし一方で、「木材利用」の意義はしばしば過小評価され、過度な保護主義や感情的反発の対象にもなる。本章では、そうした社会的文脈を踏まえつつ、木材利用の歴史的必然性・持続可能性・経済的合理性・社会的合意形成の困難と可能性が多角的に論じられる。論者たちは、「利用」と「保護」の二項対立を超えた“持続的な合意形成”の現実的道筋を模索している。


1. 森林と木材の歴史的役割 ― 近代社会の基盤として

まず、19世紀から21世紀に至るまで、木材がドイツ社会にとって不可欠な資源であった事実が歴史的に描かれる。

  • 産業革命以前、木材は生活・生産・流通のほぼ全ての基盤(暖房、建築、道具、燃料、造船)であり、都市成長や農村経済の拡大に合わせて「Holznot(木材飢饉)」が繰り返し社会問題化した。
  • 近代化の進展とともに、石炭・鉄・セメントなど他素材への転換が起こるが、木材は再生可能性・加工性・CO₂中立性といった特徴を背景に、依然として社会の基礎インフラに深く組み込まれ続けた。
  • 特に「Nachhaltigkeit(持続可能性)」という概念の誕生(カルロヴィッツら)は、森林・木材利用に「再生産可能性」「収穫と回復のバランス」という倫理をもたらし、現代に至るまでドイツ林業思想の根幹となっている。

現代でも、バイオマスエネルギー・木造建築・グリーン経済への期待の高まりは、木材利用を「気候政策の切り札」として再評価する土壌を作っている。しかし同時に、過去の過剰利用や災害(虫害・乾燥・大規模風倒木)の経験が、「過信」のリスクも警告している。


2. 木造建築の都市回帰と気候危機

近年、都市部での木造建築ブームや高層木造ビルの出現が、都市政策や建築分野で新たなトレンドとなっている。

  • 木材は、炭素固定効果と同時に、鉄骨・コンクリート等の「化石由来素材」の代替となりうる。建築寿命が長いほど、カーボンロックイン(炭素貯蔵)の期間が延びる。
  • ドイツ各地では、木材利用拡大に伴い「サステナブル都市建築」「クレードルtoクレードル」の設計思想が浸透しつつある。

しかしここで浮上するのが、「大量の木材需要が持続可能か」という課題である。急激な需要増が、

  • 森林の過剰伐採や皆伐型再造林のリスク
  • 小規模所有者への負担集中
  • 市場価格の乱高下・品質の不均一化
    を招く可能性も指摘されている。

また、気候危機の進展は「木材利用によるCO₂削減」への期待値を急上昇させる一方、実際のライフサイクル評価(LCA)や再造林能力の限界、土地利用転換の倫理など、単純な「善悪二元論」では語りきれない複雑さをもたらしている。


3. 災害・裸地・再造林の社会的合意形成

近年、ドイツ各地では極端気象(乾燥・熱波・大風・虫害)により、かつてない規模の森林被害(例:ハルツ山地やラインラント等の皆伐地)が生じている。「裸地(Kahlfläche)」は、単なる景観や生産力の喪失にとどまらず、

  • 土壌流亡・生態系分断・二次災害
  • 所有者の精神的ショック・経済的困窮
  • 地域社会の分断と不安
    を引き起こしている。

再造林の現場では、「何をどのように植えるか」「どこまで自然遷移に委ねるか」「社会的費用をどう分担するか」など、極めて高度な合意形成が求められている。著者は、

  • 単一樹種再造林のリスクと多様性志向への転換
  • 地域住民や自然保護団体・政策当局との“対話型意思決定”
  • 経済的支援(補助金・税制・共済制度)の設計
    など、従来型の「専門家によるトップダウン」モデルから「社会参加型」「多元的価値の尊重」へのパラダイムシフトの必要性を強調する。

4. シュタイガーヴァルトにおけるエコロジカル林業 ― ローカルの事例

本章の中核的な事例として、バイエルン州シュタイガーヴァルト(Steigerwald)におけるエコロジカル林業実践が紹介されている。ここでは、

  • 「保護と利用の共存」を目指すモデルとして、原生林保全ゾーンと持続的利用ゾーンのバランス設計
  • 地元コミュニティの雇用創出・経済循環・文化的連帯感の醸成
  • 公共的資源管理の新たな枠組み(協同組合・市民主導運営等)
    が成功例として示されている。

この事例の教訓は、抽象的な政策論・倫理論だけでなく、「現場の知恵」「地域ごとの合意形成力」が不可欠である点にある。単に「守る」か「使う」かの二項対立を超え、

  • エコロジカルな木材生産と生物多様性保全の同時達成
  • 市場経済とコミュニティ経済の接合
  • 地域特有の歴史的背景や文化資本の活用
    を通じて、持続的な森林経営が実現可能であることが示唆される。

5. 気候保護のための森林景観 ― 炭素固定・排出回避の最新論

最後のセクションでは、「気候危機時代の森林と木材利用」をめぐる理論・実践・政策の最新動向が俯瞰される。近年の国際的なCO₂排出抑制政策では、森林の「炭素固定」機能だけでなく、

  • 「排出回避効果(Substitution)」:木材を化石燃料や化石由来建材の代替とすることで、社会全体のCO₂排出を大幅に抑制できる
  • 「エネルギー利用」よりも「長寿命製品への活用」こそが、炭素固定・資源循環の観点で重要
  • 森林の“手入れ放棄”や極端な非介入主義は、災害リスクや生産性低下、社会的対立の要因となりうる
    といった主張が、科学的根拠をもとに論じられる。

ドイツ連邦政府やEUレベルでも、「木材利用推進」と「生物多様性・気候保護」の調和を目指し、

  • 認証制度(FSC, PEFC等)の強化
  • サプライチェーンの透明化・トレーサビリティ
  • 市民参加型の森林管理計画
    といった多様な政策的アプローチが模索されている。

6. 利用と保護の新しい合意形成 ― 倫理・社会・政策

本章の最大の論点は、「森林・木材利用をめぐる社会的合意形成の困難さと可能性」である。
現場ではしばしば、

  • 利用側(林業者・企業・一部政策当局)
  • 保護側(自然保護団体・市民運動・研究者)
  • 地域住民・自治体・観光関係者
    などが複雑に対立・連携し、時に感情的な衝突や政治化も生じる。

論者たちは、「科学・政策・倫理・現場知」を総合した“参加型ガバナンス”の重要性を指摘する。例として、

  • 「地域ごとに最適なバランスを再設計する」
  • 「意思決定のプロセス自体を公開・可視化する」
  • 「対立解消より多元的合意・相互理解を優先する」
    といったアプローチが有効とされている。

また、「森林・木材利用の正当性」を社会全体で再認識するためには、

  • 歴史的・文化的文脈の掘り下げ
  • 多様なステークホルダー間の“共話”の場づくり
  • 持続的教育・啓発活動
    が欠かせない。

7. 批判と展望

本章全体を通じて、森林・木材利用はもはや単なる資源管理や産業問題にとどまらず、「社会の倫理的・文化的基盤」そのものとして捉え直されている。
単純な「保護か利用か」という二項対立ではなく、科学・歴史・政策・現場知・倫理の“横断的対話”こそが、現代および未来の持続的森林経営を実現するためのカギとなる。

また、個別の事例(災害、都市木造建築、ローカル林業実践等)は、現場ごとの特殊性と汎用性が絶えず交錯している。今後の課題としては、

  • 世界的な木材需給バランスとローカルな社会的合意の両立
  • 気候危機下の“適応的管理”と市民参加の拡大
  • 森林・木材利用の「正当性」自体を問い直す持続的対話
    が挙げられる。

木材利用の「弁明(Plädoyer)」とは、単なる経済的自己主張ではなく、“共存・共感・共話”を目指す社会的プロセスなのである。


Teil IV:未来の森のための科学 ― 持続可能性と適応的マネジメントへの道

本章は、現代ドイツおよびヨーロッパが直面する森林の「危機」と「未来」に対し、最新の科学・政策・実践がどのように答えようとしているかを多角的に検討している。気候変動、生物多様性喪失、激甚災害、社会構造の変容、政策の複雑化――あらゆるレベルで“従来の林業パラダイム”が揺らぐ中、「科学は森を救えるのか」「未来の森はいかに設計されるべきか」をめぐる実践と理論が濃密に交錯している。


1. 水文と樹種選択の関係――森の水循環と新たな管理戦略

冒頭では、森の水循環・水文生態系機能が取り上げられている。

  • ドイツは降雨量が比較的豊富な国であるが、近年の極端乾燥突発的豪雨が、森林の水収支に深刻な変化をもたらしている。
  • 樹種によって蒸散量・根系分布・土壌改良効果が異なり、「どの樹種をどこに植えるか」は、単なる生産性や成長速度だけでなく、水資源の維持・洪水リスク低減・生態系多様性の観点からも決定的に重要である。

最新の研究では、**針葉樹(例:トウヒ、マツ)**が乾燥や極端気象に極めて脆弱であり、**広葉樹(例:ブナ、カエデ、ナラ)**を混交・多様化することが水分安定供給に有効とされる。また、土壌改良(腐植形成・微生物活性化)や、斜面・河川近傍での管理方法の見直しが、洪水リスク低減や都市インフラ防災の観点からも強調されている。


2. 理論と現場の対話――気候適応的森林の創造

気候変動時代における「適応的森林管理(adaptive management)」は、理論と現場知の接合が不可欠である。

  • 従来の均質・単一樹種林(モノカルチャー)から、異なる樹種・世代・構造が共存する“ダイナミックな森”へと転換する必要がある。
  • 生態系サービス(炭素固定、水源涵養、土壌保全、レクリエーション等)の価値を定量・可視化し、「最適化」ではなく「リスク分散」と「多元的価値共存」を設計原則とする。

事例として、

  • ザクセンやバイエルンの森林局による「リスクポートフォリオ管理」
  • 各種気候シナリオに基づく樹種選択モデルの導入(GIS、シミュレーション)
  • 現場作業員・所有者・地域住民を巻き込んだ意志決定プロセス
    などが挙げられる。これらは“データ駆動”かつ“現場主導”のアプローチであり、「研究→政策→現場」ではなく、「現場⇄研究⇄政策」の双方向連携が鍵となる。

3. 森はまだ救えるのか?――危機の現実と復元への挑戦

ここ数年、ドイツの森は過去に例のない規模で「危機(Krise)」に直面している。

  • 2018~2020年の連続乾燥、ビーブルート(Ips typographus)などの樹木病害虫の大発生、暴風雨や山火事による大面積被害。
  • 広範な皆伐地や「死の森(Totenwald)」の出現は、社会的ショックとなり、“持続的森林管理”という神話すら根本から問い直されている。

この現実を前に、著者たちは「科学万能論」や「復元幻想」を厳しく批判する一方で、動的適応管理複数シナリオ対応の必要性を訴える。

  • 成長の早いパイオニア種の活用、自然遷移の促進と人為的補助のバランス
  • 被害地ごとの土壌・水・微気候条件を反映した再植栽戦略
  • 資金調達(公的補助金・新しい保険モデル)、社会的合意形成の工夫
    が課題となる。

また、都市部や農村地域の違い、所有者の規模・意識・経済的基盤の違いが“再生の不平等”を生んでいることも問題視されている。


4. 森林インベントリ・モニタリングの実践――データ駆動型管理の現実

現代の森林管理は、データ駆動型アプローチへのシフトが加速している。

  • 衛星リモートセンシング、ドローン、地上調査を組み合わせたハイブリッド型インベントリ
  • 年次・季節ごとのモニタリングによる、病害虫被害・乾燥ストレス・成長異常の早期発見
  • オープンデータ化・ビッグデータ解析による政策評価や資源配分の効率化

これらの技術的進歩により、「定点観測」や「書類主義」だけでは捉えきれなかった現場の動態が把握可能となり、所有者・政策当局・研究者間の情報共有も飛躍的に向上している。

一方で、

  • データ収集・分析に必要な投資や人材の不足
  • プライバシー・所有権を巡る法的調整
  • データの「意味解釈」や現場への応用の難しさ
    など、新たな課題も浮上している。

5. 生物多様性と森林保護 ― 管理か放置かのジレンマ

本章では、「管理された森」と「放置された荒野」の間にある多様な保全戦略が比較・検討される。

  • 近年、生物多様性条約(CBD)やEU生物多様性戦略の流れを受け、
    • 生産林の一部を「自然保護区」「非干渉区」として設定
    • 生態系コリドーの設置、デッドウッド(枯死木)保全、希少種の再導入
      が進められている。

一方、「全面的な非干渉」「完全な“原生林回帰”」は、生産性・災害リスク・社会的受容性の観点からも限界がある。最も重要なのは、地域特性と社会的合意に根ざした“多様な保全”の組み合わせであり、

  • 都市近郊林ではレクリエーション重視、農村部では生産・文化的景観維持
  • 大規模国有林ではゾーニング(利用・保全・緩衝帯)の巧みな運用
  • 小規模私有林では自主的参加型の管理・保全活動
    といった、きめ細やかな戦略が必要とされる。

6. もはや単純なレシピはない!――持続性と適応の新しいパラダイム

本章の核心的メッセージは、「単純なレシピ主義の終焉」である。

  • 気候変動・経済変動・社会的価値観の多元化という現代の現実は、「この種を植えればよい」「この手法が正解」といった一元的マニュアルを無効化している。
  • むしろ**「多様な選択肢のポートフォリオ管理」「柔軟で動的な意思決定」**が未来の森づくりの要となる。

著者たちは、「持続可能性(Sustainability)」という概念そのものも再定義が必要であると指摘する。かつては「収穫量と再生産量の均衡」という技術経営的意味合いが強かったが、今やそれは

  • 生態系サービス全体の維持
  • 社会的公正・合意形成の質
  • 気候変動への適応力
  • 世代間倫理や地域社会の持続性
    といった、より多元的・ダイナミックな視座へと拡張されている。

7. 批判と展望 ― 科学と社会の協働へ

本章全体を通じて、「科学技術の進歩=万能薬」という単純図式は明確に否定される。森の未来は、

  • 現場知・実践知と科学知・政策知の“往復運動”
  • 地域ごとに異なる自然条件・社会条件への“きめ細やかな適応”
  • ステークホルダー参加による“協働的ガバナンス”
  • 教育・対話・共感に根ざす“社会的イノベーション”
    を通じてしか実現しえない。

今後の課題としては、

  • 気候・災害リスクへのリアルタイム対応力の強化
  • 新技術とアナログ現場知のバランス
  • 地域ごとの“納得解”の積み重ねと、その共有・発信
  • 森林政策の民主化・社会的合意形成の持続的更新
    が挙げられる。

「未来の森のための科学」とは、単なる“専門家の知”の集積ではなく、“現場と社会と科学”のダイナミックな協働プロセスなのである。


Teil V:体験としての森 ― 感性・倫理・美意識・哲学が交錯する場として

本章は、「森」という存在が、単なる生態系や資源供給の場を超えて、人間の感覚・倫理・美的体験・自己形成・哲学的問いを触発する“体験空間(Erlebnisraum)”であることを多角的に描き出す。近代科学や管理の対象としての森から、再び「個人の感受性」「社会の精神文化」と深く結びついた存在としての森へ――。写真、エッセイ、倫理的考察、哲学的省察など、多様な形式の論考を通じて、“なぜ私たちは森に惹かれるのか”を問い直している。


1. 森の光と影 ― 写真エッセイによる現代ドイツ森林風景の変容

章の冒頭では、著名な自然写真家・森林研究者らによる写真エッセイが掲載されている。
ここで提示されるのは「過渡期の森」の姿である。気候変動、乾燥、病害虫、暴風雨の連続によって、多くの地域で“死の森”や“裸地”が広がる一方、若い森や多様な遷移植生が現れる風景の劇的な変化が、淡々とした視線で捉えられている。

  • かつて「永遠」「安定」の象徴だったドイツの森が、今や不安定性・動的変化の象徴へと変貌しつつある。
  • しかしその中にも「再生の兆し」や「生きものたちの適応」「人と森との新しい関係性」が静かに芽生えている。

写真と短い随想の連鎖は、見る者に「喪失」と「希望」の両義性を突きつける。森は決して“終わらない物語”であり、我々の予測やコントロールを超えて生きている存在なのだという哲学的気づきを促す。


2. ドイツにおける荒野(Wildnis) ― 保護政策か倫理的課題か

続く論考は、「荒野(Wildnis)」という概念の多層性をめぐるものである。
EUやドイツ連邦政府は、近年「原生的な自然」「手を加えない荒野」の拡大を政策目標としている。だが、荒野の価値は単なる生物多様性保護や気候変動緩和にとどまらない。

  • 荒野は「人間の管理や目的性から解放された空間」であり、私たちが日常的に体験できる「他者性」の象徴である。
  • そこには、自然の“自由”や“予測不能性”への畏怖と同時に、「人間中心主義」からの解放という倫理的契機がある。

論者は、現代の荒野保護運動がしばしば「管理か放置か」「利用か保存か」という技術的・制度的議論に収斂しがちな現状を批判し、本来の荒野体験――「思い通りにならない他者と出会うこと」「自己の限界と向き合うこと」――の価値を再評価すべきと論じる。

同時に、荒野の拡大が一部の地域社会や所有者の権利・伝統・生業を脅かす危険性、社会的合意形成の難しさなど、実践上の矛盾も指摘される。荒野は「倫理・哲学・社会の交差点」に立つ、きわめて現代的なテーマなのである。


3. 森 ― 癒しと夢の空間として

このセクションでは、文学的・心理学的な森体験が掘り下げられる。
ドイツ語圏では「森の癒し(Waldbaden)」という概念が一般化し、ストレス社会における心身の回復・自己再生の場として森が再発見されている。

  • 森林浴の生理学的効果(自律神経の安定、免疫力向上、集中力増進など)が科学的にも示される一方、
  • 幼少期の「森との出会い」「自然への畏敬」「物語や詩を通じた森のイメージ」が、個人の自己形成や人生観に深く根付くことも論じられる。

森は「逃避の場」「憧憬の場」「自己再発見の場」として、都市化・デジタル化社会の中で新たな意味を帯びている。
特に現代社会では、“管理された自然”ではない“野生性”や“偶発性”に身を委ねる体験が、失われた「生きる感覚」の回復に繋がるとされる。


4. 森の倫理 ― 自然との共生を問う

森を体験するということは、単なる「感覚刺激」や「癒し」ではなく、人間と自然との“関係性”そのものを問い直す倫理的契機でもある。
著者たちは、「人間が森に“仕える”のか、“支配”するのか」「森は“手段”か“目的”か」という根源的な問いに向き合い、次のような論点を展開する。

  • 森は人間の道具ではなく、「独自の存在理由(Daseinszweck)」を持つ他者である。
  • 森に分け入り、生命の循環や死・再生のプロセスを“感じる”ことこそ、現代社会における「エコロジカル倫理」の出発点となる。
  • 森の管理・利用も、「他者への配慮」や「相互依存」の自覚に基づくべきであり、経済性や効率性だけでは語り尽くせない「関係性の倫理」を重視すべきである。

このような倫理的森体験は、気候危機・生物多様性危機の時代において、科学的合理性と感性・共感の融合という新しい人間観・自然観への転換を促す。


5. 森の体験価値と現代社会

章の後半では、森の体験価値を社会全体でいかに共有・継承するかが論じられる。
近年、

  • 学校教育での「森の授業」や「自然体験学習」
  • アートプロジェクトや文学作品を通じた「森の再発見」
  • 森林イベント・エコツーリズム・ワークショップ等による世代間交流
    など、多様な実践が展開されている。

だが一方で、都市化・土地所有構造の変化・社会的分断・デジタル化による「森からの疎外」も進んでいる。
著者たちは、「森を体験する力(Erlebnisfähigkeit)」そのものが危機に瀕している現状を憂い、

  • 森のパブリック性と開かれた体験の保証
  • 文化的伝統・語り・遊びの継承
  • 新しいコミュニティ形成の場としての森
    の重要性を強調する。

森との“生きた関係性”が、個人の幸福や社会の連帯感、さらには自然との共生社会実現の基盤になるという強い信念が流れている。


6. 森の哲学 ― 自然観・死生観・未来へのまなざし

本章の終盤では、「森」という存在が私たちの自然観・死生観・未来観に与える影響が、哲学的視点から論じられる。

  • 森は「有限性」と「無限性」を同時に体現する場であり、生と死、秩序と混沌、個と全体といった“対立する価値”を包摂する存在である。
  • 森の中での「時間の経験」――緩やかな変化、予測不能な出来事、無数の世代が交錯するプロセス――は、現代人の生き急ぐ感覚や短期的合理性を根底から揺さぶる。

哲学的エッセイでは、

  • 森林浴を通じて「自己超越」や「宇宙的つながり」を感じる経験
  • 森における「記憶」や「忘却」の役割
  • 森の未来像を構想することの想像力・創造力
    といったテーマが展開される。

森は「問いを生む場所」であり、“わかったつもり”を常に揺るがし続ける。他者としての森との出会いを通じて、私たちは自らの存在意義や社会のあり方を新たに問い直すのである。


7. 批判と展望 ― 森の体験価値の復権へ

本章全体を貫くメッセージは、「森の体験価値(Erlebniswert)」の復権である。

  • 森は“資源”でも“観光地”でもなく、“生きている空間”“感じ、学び、問い直す場”として再発見されなければならない。
  • 科学・政策・経済の論理にとどまらず、感性・倫理・物語・芸術・遊びといった多元的価値を森の中で回復することが、これからの共生社会への道である。

同時に、森の「体験」は万人に等しく開かれているわけではない。社会的・経済的格差、都市と田舎の分断、教育機会の不均等が、森との出会いを阻んでいる現実も忘れてはならない。

著者たちは、今後の森林政策・地域づくり・文化振興において、森の体験価値をいかに社会全体で保障し、多様な世代・集団に開かれたものとするかを問いかけている。それは、単なる“自然保護”を超えた「人間と自然の共創」の新しい時代への挑戦なのである。


まとめ ― 「体験としての森」から学ぶこと

Teil Vは、本書全体の“心の核”と言ってよい。森林は単なる「管理・生産・政策対象」ではなく、人間の感性・倫理・哲学・文化・社会を根底から支える存在であることが、あらゆる論考で強調されている。

  • 喪失と再生のダイナミズム
  • 他者としての自然への畏敬
  • 感性・倫理・芸術・遊びの融合
  • 新しい共生社会・未来社会への想像力

これらを森から学ぶことは、現代社会の危機や課題を乗り越えるための「生きた知恵」となりうる。
森と人との関係を“体験”から再構築すること、それこそが本書が伝えたい最大のメッセージなのである。


タイトル:
Vom Glück der Ressource
Wald und Forstwirtschaft im 21. Jahrhundert

編集者(Herausgeber):
Albrecht Bemmann, Roland Irslinger, Kenneth Anders

出版社(Verlag):
oekom verlag, München

発行年(Jahr):
2022年

ISBN:
978-3-96238-362-6(ハードカバー)
978-3-96238-916-1(電子書籍)

Author Profile

kiyoshichiya
kiyoshichiya合同会社喜代七 / 喜代七屋 Kiyoshichi LLC / Kiyoshichiya freelance
Agriculture, Forestry, Fisheries Management Consultant & Fieldwork Coodinator.

We are working to live our LIFE that can be enjoyed for seven generations. Utilizing my know-how and experience, I am working as a professional consultant mainly in Japan and Germany. My hobbies are Mountaineering, Violin, Academic Learning & Fieldwork.
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  • kiyoshichiya
  • Agriculture, Forestry, Fisheries Management Consultant & Fieldwork Coodinator.

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