【勝手に書評】『Forest Landscape Restoration: Integrating Natural and Social Sciences』(編:John Stanturf, David Lamb, Palle Madsen)


著者・本書の説明
本書は、John Stanturf(米国森林局)、David Lamb(クイーンズランド大学)、Palle Madsen(コペンハーゲン大学)らが編集し、森林景観再生(FLR)という概念を自然科学と社会科学の両側面から多角的に論じている。彼らはそれぞれ、森林生態学、再生科学、政策研究の第一人者であり、編者としての経験や国際的な研究ネットワークを活かし、学際的な議論を展開している。従来、森林再生は生態学や林業の技術論に偏りがちであったが、本書では社会経済や文化的背景までを視野に入れた総合的アプローチを提案している点が最大の特徴である。
本書は全16章構成で、序論と基礎理論から始まり、物理的・生態学的観点、社会科学的観点、統合的実践事例、そして今後の課題までを段階的に展開している。以下、各章の要約に入る。
第1章「What Is Forest Landscape Restoration?」
本章は、森林景観再生(Forest Landscape Restoration: FLR)の定義と意義、現代的な社会・生態的背景、ならびに理論的・実践的課題について多面的に論じている。編著者であるDavid Lamb、John Stanturf、Palle Madsenは、長年にわたり再生生態学、森林科学、政策科学の最前線で活躍してきた実績を持つ。本章は彼らの豊富な経験と国際的視座を反映し、単なる現状分析に留まらず、FLRという学際的概念の本質と今後の展望までを深く掘り下げている。
世界的な森林の現状とFLRの登場背景
冒頭で著者らは、FAO(2011)のデータなどをもとに、世界の森林面積が依然として減少傾向にあることを指摘する。ただし、温帯域では植林や自然再生による森林増加が見られる一方、熱帯域では持続可能な管理が進まず、森林消失が深刻化しているとされる。特に農地化のために開発された土地が、その後放棄されて低生産性の二次林や荒地となり、生態系サービスの損失や、貧困層の生活悪化、土壌流出・劣化を招いている現状が強調されている。
さらに近年では、人口増加や都市化、農産物需要の拡大(例:パーム油プランテーション)、気候変動など、新たなドライバーが森林景観に重大な影響を及ぼしている。これらは森林の消失のみならず、管理・再生の複雑性を増大させている。著者らは、単に森林を“元に戻す”という発想だけでは、現実の多様な土地利用や社会経済状況に対応できないと論じ、FLRにはより柔軟で戦略的な発想が求められると説く。
森林劣化・再生の定義と現実的課題
本章ではまず、「劣化(degradation)」と「再生(restoration)」の定義の多義性が論じられる。森林劣化は、特定のサービスや生産物の供給力が大きく低下した状態を指すが、これには土地の生産性低下、土壌肥沃度の損失、火災や外来種の侵入など様々な要因が含まれる。一方、再生の定義も社会的文脈や地域によって異なり、原生的状態への回帰を重視する立場から、現実的な生態系サービスの回復を目指す立場まで幅広い。著者らは、社会的・文化的要素も踏まえ、絶対的な基準は存在せず、目的に応じた柔軟な定義づけが必要であると指摘する。
また、原生林の完全回復は現実的に困難であることも強調される。環境条件の変化や土壌肥沃度の喪失、元来の植生・動物群の絶滅、外来種の定着、再生コスト・経済的インセンティブの問題など、再生現場が直面する現実的な障壁を挙げている。
再生アプローチの多様性
著者らは、FLRの実践には大きく三つのアプローチが存在すると整理する。第一に、経済的収益を最大化するための植林(単一種や商業価値の高い種を用いた再造林)である。これは木材生産や炭素固定を重視する企業的林業によく見られる手法であり、経済的には魅力が大きいが、SER(Society for Ecological Restoration)の定義する“生態的再生”には必ずしも当てはまらない。
第二に、生態系機能や生物多様性の回復を重視した本格的再生型である。原生林の状態や多様な樹種構成、野生生物の生息環境の復元を目指す手法であり、既存の植林地の間伐や多樹種の導入によって、より複雑な生態系を再構築する。特に公共地や大規模な自然再生プロジェクトでは、このアプローチが重視される。
第三に、上記二つの折衷型である。経済的収益と生態系サービスの両立を目指し、在来種と外来種の混植や、新たな環境条件への適応も視野に入れた“ノベル・エコシステム(novel ecosystem)”としての再生が進む。現実の多くの再生現場では、土地所有者の意図、地域経済、市場メカニズム、社会的合意形成などが絡み合い、これら三つのアプローチが混在することが多い。
景観スケールの重要性とFLRの戦略性
FLRの最大の特徴は、「景観(landscape)」というスケールの重要性にある。すなわち、個々の土地所有者が個別最適化するだけでは、生態系機能や生物多様性、流域保全などの広域的課題には十分対応できない。FLRでは、戦略的に「どこを、どのように」再生するかを計画し、景観全体の生態的連結性(コリドーやバッファーゾーン)、水資源・土壌保全、希少種保護など、多様な機能回復を目指す。
実践上は、再生規模(How much?)、再生地点(Where?)、再生手法(What type?)、マネジメント方法(How?)という4つの基本設問を軸に、計画策定・実施が進められる。たとえば、流域保全を重視する場合は急傾斜地や水源地に優先的に森林を復元し、生物多様性確保の場合は既存林の連結やパッチの拡大を戦略的に進めることになる。
ガバナンス・合意形成・インセンティブ設計
FLRの現場では、多様な土地所有形態や利益集団が関与し、合意形成が大きな課題となる。著者らは、トップダウン型(行政主導)とボトムアップ型(地域合意形成)、および両者の折衷モデルの利点・欠点を整理している。トップダウン型は科学的合理性や広域的効果を追求しやすい一方、現場の納得感やインセンティブ設計が不十分となりがちである。ボトムアップ型は社会的合意や柔軟性に優れるが、広域的課題の解決には限界がある。現実的には、行政・専門家・地域住民の協働によるハイブリッド型ガバナンスが求められる。
また、経済的インセンティブや補償の仕組みも不可欠である。土地所有者が再生事業に参加する動機を高めるためには、炭素クレジット、エコシステムサービス市場、直接補償、地域振興策など、多様な政策手段の組み合わせが必要となる。
残された課題と今後の展望
本章の終盤では、FLR実践の課題として、(1)ステークホルダーの特定と長期的参画、(2)協働意思決定の方法論、(3)経済的魅力の向上、(4)対立解消、(5)生態・社会的制約の統合、(6)絶滅危惧種の保全、(7)モニタリングと適応的管理、などが列挙されている。これらは現場で繰り返し現れる普遍的な課題であり、本章は理論的フレームワークの提供に留まらず、今後の実践研究や政策設計に資する提言を行っている。
総じて本章は、FLRの理念と現実をバランスよく描き出し、読者に対して現代的な森林再生論の“射程”と“限界”、そして今後の課題を明快に提示している。学術研究者はもとより、政策担当者や現場実践者にとっても多くの示唆を与える優れた導入部である。
第2章「What Can Landscape Ecology Contribute to Forest Landscape Restoration?」
本章は、景観生態学(Landscape Ecology)が森林景観再生(Forest Landscape Restoration: FLR)にもたらす理論的・実践的な意義について、詳細に論じている。著者であるThomas R. Crowは、米国森林局の研究者として長年にわたり景観スケールの生態系管理に従事しており、空間構造やプロセスに着目した「大きな視野(big picture)」の必要性を主張する。従来の生態系回復(Restoration Ecology)が特定地点(site)や生物群集の回復を重視してきたのに対し、景観生態学はパッチ、マトリクス、コリドー、モザイクなど、空間的な文脈と動的プロセスを統合する学問領域である。本章はFLRにおける景観生態学の役割を、「理論的枠組みの提供」「実践的指針の明示」「不確実性への対応」という三つの観点から論じている。
景観スケールでの問い直し
まず、著者はFLRの目的や成果をめぐる根本的な問い——「何を再生するのか」「どこまで再生すればよいのか」「どこで・いつ再生すべきか」「どうなれば成功なのか」——が、社会的・政治的な文脈や生態系に対する知識、さらには社会的価値観によって大きく左右されると指摘する。自然回復の“理想像”や“目標状態”も、しばしば社会集団ごとに異なり、必ずしも科学的客観性だけでは決まらない。この点こそ、FLRの成否が社会科学的側面と密接に結びついていることを如実に示している。
加えて、気候変動の進行により、歴史的な基準や“元の状態”への回帰が必ずしも実践的でないことも強調される。著者は、過去への回帰だけでなく、将来の環境変動を見据えた「価値あるプロセス(valued processes)」の維持・創出こそがFLRの本質であると論じ、景観生態学の枠組みがこうした未来志向の回復管理に不可欠であることを示す。
構造とプロセスの回復
景観生態学の最大の強みは、構造的・機能的多様性の保全と創出を、空間的・時間的なスケールで捉え直す点にある。本章では、森林パッチの分断化やコリドーの喪失が、種移動や生態プロセスに及ぼす負の影響を例示しながら、空間構造(パッチサイズ、配置、連結性)と生態プロセス(水文、風、養分循環、生物移動)が相互作用する複雑系としての景観マネジメントの重要性を説く。
具体的には、北米グレートレイクス地域における土地利用変化による森林多様性の単純化、アメリカ南西部のポンデローサ松林(Pinus ponderosa)での構造的複雑性と水循環・火災動態の変化など、複数の実例を通じて、構造的複雑性の低下が生物多様性や生態系サービスの低下につながることを論証している。さらに、景観全体の年齢クラス構成やパッチの分布をマネジメントすることで、長期的なレジリエンスや生物多様性を維持できる点も強調されている。
プロセス回復の実践例と課題
著者は、FLRの現場において「局所的な修復活動」と「景観スケールでのプロセス回復」をいかに結びつけるかが最大の課題であるとする。たとえば、アメリカのエバーグレーズ湿地再生やチェサピーク湾の水質改善のように、多数の関係主体が絡む大規模な景観修復は、単なる現場対応では成果が出にくく、全体計画と合意形成が不可欠であることが示される。
また、スウェーデンにおける生物多様性確保を目的とした伐採パターンの模倣や、モデルを活用したパッチ配置・サイズの最適化など、欧米での事例も多く紹介されている。農業景観における永年草帯やリップリアンバッファーの設置による水質浄化、栄養塩流出削減なども景観生態学的発想の応用例である。著者は、わずかな面積でも戦略的配置ができれば、生態系サービスの大幅な向上が可能である点を強調している。
レジリエンスと適応的管理
本章では特に「レジリエンス(resilience)」の概念が繰り返し登場する。レジリエンスは、変化や撹乱に対する生態系の適応力や持続性を示し、FLRでは不可欠の視点である。Millarら(2007)の提案を参考に、「遺伝的多様性の拡大」「非同期性の確保」「コリドーによる連結性向上」「新たな環境への適応的移行」など、将来の不確実性を見据えた管理指針を整理している。
さらに、著者は不確実性への対応として「適応的管理(adaptive management)」を重視する。モニタリングによる成果確認、科学者・管理者・ステークホルダーの協働的学習、現場での試行錯誤の蓄積が、長期的なFLRの持続性確保につながるという。成功指標も、単一の生物多様性指標や構造指標ではなく、多尺度・多面的な変数の設定が推奨される。
結論と指針
総じて本章は、FLRにおける景観生態学の「理論的基盤」と「実践的応用」を結びつけ、空間構造と生態プロセス、社会的価値観、将来リスクまでを包含する包括的視野の必要性を説いている。その上で、「過去への回帰」と「将来への適応」という二つの方向性を両立させつつ、現場ごとの特性と合意形成に基づいた柔軟なFLR推進を提唱する。
また、「すべての生物的パーツと関連する生態プロセスを維持すること」「将来世代の選択肢を残すこと」がFLRの本質であると結び、管理者・政策担当者・研究者に対し、大局的視野と現場的実践の統合を求めている。書評としても、従来の復元生態学が見落としがちだった“空間とプロセスの統合”を新たな標準とすべきであるとの主張は、学術界・実務界に対して強いインパクトを与えるものである。
第3章「Landscape Management」
第3章「Landscape Management」は、森林景観再生(FLR)の根幹をなす「景観管理(Landscape Management)」の考え方と実践的課題について、多角的に論じている。本章の主筆であるChadwick Dearing Oliverは、森林生態学と景観管理の第一人者として知られ、多様な自然・社会条件が絡み合う景観の中で、どのように生態系サービスや多様な価値を最大化しうるかを長年研究してきた。本章は、管理単位のスケール論からはじまり、景観の物理的・生態的・社会的特性の把握、多様な「価値」や「利害関係者」の存在、スケール間の調整、さらには多様な管理目標とその実践上のジレンマに至るまで、極めて包括的かつ実践的な議論が展開されている。
管理スケールの階層性:スタンドから景観、リージョンへ
まず著者は、自然資源が地球規模から小規模な土地単位まで、明確な階層構造(hierarchy)をもって存在することを強調する。たとえば、最小単位としての「個体」や「個体群」、複数個体による「スタンド(森林小班)」、それらの集積体としての「景観(Landscape)」、さらには「流域」や「生態系プロヴィンス」など、様々な空間スケールが認識されている。それぞれのスケールには固有の管理課題と価値提供機能があり、FLRではこの階層性を無視できない。
「景観」とは、多数のスタンドや農地、湿地、水域などが寄り集まり、自然地形や土地利用、所有形態、管理目標によって区切られた空間的単位である。その物理的境界は、流域や地形的特徴、大規模な土地所有、経済圏、行政区域など多様であり、景観単位ごとに異なるパターンが現れる。管理目的に応じて、「流域管理」「エステート管理」「持続的木材供給単位」「生息域」「灌漑地区」「政治区分」など、さまざまな分類枠が使われている。
景観の特性と価値
景観にはスケール固有の「創発的特性(emergent properties)」が現れる。個体やスタンドを単に集積するだけでは現れないような特性——たとえば、空間構造やパッチの配置、多様な土地被覆、連結性や断片化、利用者同士の相互作用など——が、景観スケールで初めて重要となる。ここで著者は、景観管理において特に注目すべき物理・生態的特性として、以下を挙げている。
1. 地形(Landform)
地形や土壌の違いは、植生・生物生産・アクセス容易性・水資源など、多くの価値や管理可能性を規定する。例えば、沖積平野、台地、急傾斜地、沖積扇、砂地、岩盤地など、それぞれ生産性や管理適応が異なる。
2. 土地被覆(Land Cover)
景観は森林、草地、湿地、農地、人工物(住宅地・インフラなど)のモザイクで構成され、森林の中でも樹種組成や林分構造、パッチサイズが多様である。パッチの連結性やエッジ効果(edge effect)は、生物多様性や生態系サービスの維持・回復に強い影響を与える。
3. 水資源(Water Availability)
水の分布・保全は、野生生物や作物生産、人口定住の根幹であり、水源の多寡や流域管理の仕方が景観の価値を左右する。
4. コリドー(Corridors)
動物や人の移動経路としてのコリドー(自然道・河川・道・鉄道など)は、景観の連結性と分断性を左右する。コリドーは単なる通路としてだけでなく、障壁・フィルター・個体群源・沈殿地など多様な機能を持つため、景観管理の設計上きわめて重要である。
これら以外にも、季節変動、撹乱パターン(自然災害・火災など)、土壌浸食や地力分布、バッファー機能など、多面的要素が複合的に絡み合うのが景観の特徴である。
社会経済的モザイクと利害関係
景観は物理・生態的要素だけでなく、社会経済的要素(人口密度・所有形態・インフラ・土地価格・政策など)とも密接に結びつく。大規模地主と小規模農民、在住者と不在地主、裕福層と貧困層、従来利用者と新規参入者など、多様なステークホルダーが混在し、それぞれの土地利用動機や管理意図が異なる。
たとえば、肥沃な農地は集中的に耕作される一方、周縁部や傾斜地、アクセスの悪い土地は放棄されやすく、FLRの主要ターゲットとなりやすい。さらに、景観は市場変動や人口移動、歴史的事件(戦争、疫病、火災等)にも影響され、パターンの固定化はほとんどない。こうしたダイナミズムの中で、FLRの計画・実施は常に変動を前提としなければならない。
景観管理の実践課題
本章は、景観管理の目標と現実のギャップ、ならびに具体的な実践上のジレンマを丁寧に論じている。例えば、(1)再生対象地の選定——土地所有構造やインセンティブが制約となり、多くの小規模農民は部分的再生しか行わないことが多い。(2)生態学的合理性——急傾斜地や残存林の連結など、生態学的観点から望ましい再生も、経済的動機や機会費用、土地所有者の価値観によって実現が難しい。(3)多目的性——木材生産と生態系サービス、レクリエーションや景観美など、多様な価値が相反することも多い。
また、景観管理は常に「スケールの問題」を抱える。スタンド単位の効率化が景観全体の多様性を損なう場合もあり、逆に景観多様性の追求がスタンド単位の収益性や管理容易性を損なう場合もある。著者は、各スケール固有の価値と管理目標を統合的に考慮し、複数スケール間の調整が不可欠であると強調する。
管理方法の多様性と今後の展望
景観管理の手法としては、(1)トップダウン型(行政主導のゾーニング・計画型)、(2)ボトムアップ型(地域合意・自主管理型)、(3)両者のハイブリッド型があり、それぞれに利点と課題が存在する。トップダウン型は戦略的整合性や広域的機能回復に強みを持つが、現場の納得感や柔軟性に欠ける。一方、ボトムアップ型は社会的受容や合意形成、柔軟性に優れるが、広域的効果や専門知識との乖離が生じやすい。現実的には、地域ごとの状況に応じてこれらを使い分け、適切な協働体制を構築する必要がある。
さらに、長期的モニタリングや適応的管理、成果指標の多尺度的設定、インセンティブ設計、市場メカニズムとの連携など、多層的なアプローチが推奨される。景観管理は一度きりの「計画」ではなく、継続的な「学習」と「調整」のプロセスであり、将来の社会的・環境的変化にも柔軟に対応しうる体制づくりが重要である。
評価と提言
本章は、FLRを本質的に「景観スケールの統合的マネジメント」として再定義し、階層性・多様性・多目的性・社会性という現代的な実践課題を、理論と事例の両面から立体的に描き出している。特に、物理・生態的条件と社会経済的条件が複雑に絡み合う現場のリアリズムを強調し、教科書的な単純モデルでは捉えきれない現実への洞察が深い。FLRや景観生態学の研究者のみならず、政策立案者、現場実践者、地域住民にとっても、極めて示唆に富む章である。
また、「単一の尺度や手法ではなく、複数の空間・社会スケール、複数の価値基準を統合する柔軟なマネジメント」がFLR成功の鍵であるという結論は、グローバルな森林再生・保全の最前線で不可欠な知見である。本章の視点は、21世紀の持続可能な森林・景観管理の理論的土台となるだろう。
第4章「Hydrologic Connectivity of Landscapes and Implications for Forest Restoration」
第4章は、「景観の水文学的連結性」とその森林再生への含意を主題としている。執筆者であるNagyとLockabyは、森林生態系における水文プロセスの専門家であり、とりわけ流域レベルでの水資源循環や、その回復的管理に関する国際的な研究実績を持つ。本章では、森林再生の実践に際して、従来過小評価されてきた「水文学的ネットワーク(hydrologic connectivity)」という空間的・機能的要素に注目し、その理論的意義から応用上の課題、具体的な実践事例まで多角的に論じている。
水文学的連結性とは何か
著者らはまず、景観の水文学的連結性を「水が地形・土壌・植生・流域ネットワークを介して空間的・時間的に移動する能力」と定義する。森林景観では、降雨や表面流、地下水流、河川ネットワーク、湿地、流域間の小水路など多様な経路で水が循環し、物質輸送や生態系サービスの基盤を形成している。水文学的連結性は、単に水の“量”だけでなく、溶存物質や土壌粒子、栄養塩、種子や有機物、さらには病原体や汚染物質の動態とも深く関わる。
現代の森林景観の多くは、農地開発や都市化、道路網建設、堤防や排水路の整備などにより、本来の水文学的連結性が大きく分断・変容している。その結果、洪水リスクの増大や地下水涵養の減少、水質悪化、生態系の断片化、湿地の消失など、さまざまな負の影響が現れている。本章は、「連結性の喪失=生態系劣化」という観点から、森林再生における“連結性回復”の重要性を強調する。
水文学的連結性の空間スケール
水文学的連結性は、多様な空間スケールで議論される。たとえば、ミクロな視点では土壌内部の毛管水やマイクロハビタット間の連結性が重要となる一方、マクロな視点では流域全体、あるいは大河川網や湿地複合体までが対象となる。著者らは、これらのスケールが相互に影響し合うダイナミックなネットワークとして景観を捉えることの重要性を強調する。
特に森林再生の観点では、「分断されたパッチ間の連結」や「流域内の上流—下流連結」、「湿地—高地—河川の連結」など、地形・土地利用・植生構造の空間配置が、どのように水の流れ・貯留・物質移動を規定するかを明確に理解する必要がある。ここで重要なのは、“連結性の回復”が必ずしも“連続的な水路の復元”のみを意味するのではなく、時に“機能的な断続性”や“バッファーゾーンの設置”も含みうるという柔軟な視点である。
森林再生における水文学的連結性の役割
本章の中心的議論は、森林再生プロジェクトが水文学的連結性にどう作用し、逆にその連結性が再生の成否や生態系サービスにいかなる影響を及ぼすかという点にある。具体的には以下のような観点が挙げられる。
- 洪水・浸水制御:連結性の高い流域では、森林植生による降雨貯留・遅延効果や地下水涵養機能が発揮され、急激な流出や洪水リスクを低減できる。
- 水質浄化・栄養塩動態:植生バッファーや湿地帯を通じて流れることで、窒素・リンなどの栄養塩が吸収・分解される。連結性の喪失はこれらの“フィルター効果”を低下させる。
- 生物多様性保全:水系の連結性が高いほど、水生生物や湿地依存種の移動・繁殖が促進される。逆に断片化は生息地の孤立と絶滅リスクを高める。
- 土壌浸食・堆積:流域間の連結性と地形特性は、土壌流出や堆積物動態にも大きく影響し、土地の生産力や生態系構造を規定する。
これらは単なる生態学的効果だけでなく、地域社会の防災や水資源利用、農業生産、レクリエーションなどの社会的価値とも密接に結びついている。
実践的課題と事例
著者は、実際の森林再生プロジェクトにおいて、水文学的連結性を重視した計画と管理が十分に実施されていない現状を問題視する。多くの事例では、単純な植林や現場単位の修復が優先され、流域全体の連結性回復や長期的な水文動態の考慮が不十分であった。その結果、一時的な植生回復が達成されても、洪水リスクの増大や水質悪化、土壌流出の悪化といった「再劣化」が起きるケースが報告されている。
一方、成功事例としては、米国南部の広域流域再生や、ヨーロッパでの小規模流域管理、中国の棚田・湿地復元などが挙げられる。これらのプロジェクトでは、「連結性マッピング」や「バッファー設計」、「段階的湿地ネットワークの復元」など、空間的配置と水文学的機能を統合した戦略的アプローチが採用されている。著者は、こうした実践知を体系化し、汎用化する必要性を強調する。
今後の展望と提言
総じて本章は、FLR実践における「空間的—機能的連結性」という視点の重要性を、理論・事例・課題分析を通じて明快に提示している。特に、水文学的ネットワークの維持・再生が、単なる生態系回復に留まらず、社会的レジリエンスや気候変動適応、災害リスク低減といった21世紀型の公共的課題に直結している点を強調している。
その上で、今後のFLRでは以下の方策が不可欠であると結論づける。
- 流域全体を視野に入れた戦略的計画の策定
- 連結性のマッピング・評価指標の開発
- 生態系サービスと社会的価値の統合的評価
- モニタリングと適応的管理の強化
- 地域社会や関係主体との協働による意思決定体制の構築
本章の知見は、従来の“森林=緑の回復”という発想を超え、「水と生態系の連結性を軸とした新たな森林景観再生」の可能性と課題を浮き彫りにしている。実務家・研究者・政策担当者にとって、実践的・理論的にきわめて有用な指針となる章である。
第5章「Connecting Landscape Fragments Through Riparian Zones」
第5章は、「リップリアンゾーン(河畔帯)による景観断片の連結」を主題に掲げている。執筆者であるBentrup、Dosskey、Wells、Schoenebergerは、森林・農地・水域生態系の連結と修復に関する米国農務省および研究機関の第一線で活躍する専門家である。本章は、森林景観再生(FLR)のなかでも“空間的断片化”とその解消策としての河畔帯の重要性を、理論・実践両面から徹底的に論じている。
リップリアンゾーンの概念とその意義
リップリアンゾーンとは、河川や小流、湖沼など水域の両岸に沿って発達する帯状の植生・生態系を指す。ここは陸域と水域が出会う“エコトーン”として、生態系機能や生物多様性のホットスポットであり、水質浄化や洪水調整、物質循環、景観美、レクリエーション資源など多様なサービスを提供している。
本章は特に、リップリアンゾーンが「生態的コリドー」として果たす役割、すなわち、断片化した森林・生息地パッチ間の“連結性”を高め、動植物の移動・分散、遺伝子流動を促すインフラとしての重要性を強調する。近年の土地利用変化、特に農業開発や都市化、河川工事等によって、多くの景観からリップリアンゾーンが消失・劣化し、生態系の断片化・孤立化が加速している。著者らは、こうした現状こそがFLRの核心的課題であると位置づけている。
河畔帯コリドーの生態機能
リップリアンゾーンは、(1)種の移動経路、(2)生息地拡張とバッファー、(3)遺伝子交流、(4)環境ストレスの緩衝帯、(5)多様な生態系サービスの供給源という複合的機能を持つ。
まず、断片化した森林パッチ間に連結性の高いリップリアンコリドーを設置・保全することで、移動能力の低い種や特殊な生息条件を持つ生物の存続可能性が大きく高まる。河畔帯は多湿で多層的な植生構造を持ちやすく、異なる生態系の“接続点”となるため、非河畔種にとっても重要な“ステップストーン”となる。特に、魚類・両生類・水生昆虫などは、河畔の自然度に強く依存している。
また、リップリアンゾーンは洪水時に水流エネルギーを分散し、堆積物や栄養塩・農薬などの拡散を抑える“フィルター”として働く。これが流域全体の水質維持・回復、生態系健全性の維持に大きく寄与する。
河畔帯コリドーの設計原則と復元技法
本章は、河畔帯の再生・新設にあたり重視すべき設計原則を詳述している。ポイントは(1)幅と長さ、(2)連続性と接続性、(3)植生構造と多様性、(4)地形・土壌条件への適応、(5)人間利用とのバランス、である。
- 幅:一般に幅が広いほど多様な生息環境とバッファー効果が高まり、幅の推奨値は目的(生物多様性、水質保全など)や流域特性に応じて柔軟に設定すべきとされる。
- 連続性:断続的なパッチではなく、できるだけ“線”として連続し、既存森林や湿地帯と繋がるよう配置することが効果的である。
- 多様な植生:単層的な草地や単一樹種より、複層構造・在来種多用の混交植生が多機能性・レジリエンスの向上につながる。
- 地形・土壌:氾濫原、河岸段丘、湿地帯等の地形に応じ、適切な種選定や整地が求められる。
- 人間利用:農地・牧草地や都市空間との境界管理、レクリエーションとの調和、外来種・家畜・人為攪乱の管理など、社会的要請と生態目標の両立が重要である。
再生技法としては、自然遷移の促進、人工植栽・播種、地形改変や導水路設置、既存土地利用者との協働管理など、多様な手法が事例ごとに適用されている。
社会経済的課題と合意形成
リップリアンコリドーの再生には、生態学的側面だけでなく、土地所有・管理権の分散、多様な関係主体(農家、住民、自治体、企業等)の利害調整が不可欠である。著者らは、コリドー設置の直接利益が得られにくい農地所有者や住民への経済的インセンティブ設計(補償金、税制優遇、エコシステムサービス市場など)、ボトムアップ型合意形成の重要性、長期的モニタリングと適応的管理体制の確立を強調する。
特に北米や欧州の成功事例では、公共政策(リップリアンバッファー義務化、流域管理条例など)と自発的協定(地域NPO、流域パートナーシップ等)の組み合わせによる柔軟な運用が有効であったとされる。
今後の課題と展望
本章の結論は、FLRの現場において「リップリアンゾーンによる連結性回復」が、単なる植生再生や水質改善を超えて、景観全体の生態的・社会的レジリエンス強化の鍵を握ることを改めて明示する。著者らは、(1)流域スケールでの戦略的配置、(2)生態・社会・経済の複合評価指標の開発、(3)地域社会の持続的関与、(4)科学と政策・実践の統合、の必要性を提言している。
本章は、断片化というグローバルな課題に対し、「連結性=生態系回復の基軸」という普遍的なビジョンと、具体的・実践的な技法・政策論の両面を兼ね備えており、FLR研究・実践者にとって不可欠のリファレンスである。
第6章「Understanding Landscapes Through Spatial Modeling」
本章は、空間モデリング(spatial modeling)の手法とその意義が、森林景観再生(FLR)の計画や意思決定にどのように貢献するかを論じている。執筆者であるMichael C. Wimberly、Stephen P. Boyte、Eric J. Gustafsonは、景観生態学や空間解析、地理情報科学(GIS)、計算モデルの専門家として、北米を中心に多くの実践的研究を手掛けてきた。本章の中心的メッセージは「FLRの複雑な空間プロセスは、従来の現場観察や経験論だけでは捉えきれない。空間モデリングこそが、多層的な変数や広域スケールでの未来予測、意思決定支援に不可欠なツールである」という点にある。
空間モデリングの意義と理論的基盤
空間モデリングとは、地理的情報や空間的配置、時間的変化を数値モデルやシミュレーションを用いて可視化・分析・予測する方法論である。著者らは、FLRの現場においては(1)生態系の複雑な構造と機能、(2)土地利用の時空間的変動、(3)社会経済的要因の分布、(4)管理介入の影響波及など、多様な変数が相互作用していることを強調する。こうした複雑系の現象を、部分的観察や単純な統計分析だけで理解するのは困難であり、空間モデルによる統合的・シナリオ型のアプローチが必須であるという主張は説得力が高い。
空間モデルの種類と適用例
本章では、FLRに応用可能な代表的空間モデルのタイプが紹介されている。
- セルラーオートマトンモデル(Cellular Automata)
土地利用や森林変化を細かいグリッド単位でシミュレーションする手法。隣接パッチの影響、波及効果、空間的連鎖の解析に有効。 - エージェントベースモデル(Agent-Based Models)
個別の土地所有者や農家など「意思決定主体(エージェント)」の行動を仮定し、その集合体として景観の変化を再現する。社会的・経済的要因を組み込む際に有効。 - ランドスケープシミュレーションモデル
火災、病虫害、伐採、自然撹乱、再生プロジェクト等の複数プロセスを時系列で予測。管理戦略や政策シナリオの比較評価が可能。 - GISベースの空間解析
既存の地理情報データを用い、パッチの連結性、断片化指標、生息地適合性モデル、流域管理計画などに応用される。
著者らは、これらのモデルの活用によって、たとえば「コリドー設計が生物多様性にどのような波及効果をもたらすか」「複数の土地所有者の行動変容が景観全体にどう反映されるか」「気候変動シナリオ下での森林遷移・水資源動態がどうなるか」など、従来の定性的アプローチでは見えなかった“全体像”と“未来予測”が可能になることを強調する。
実務への活用と課題
空間モデルの活用は、単なる学術的分析にとどまらず、現場レベルの意思決定・合意形成・適応的管理(adaptive management)にも直結する。たとえば、モデルによる“見える化”は、異なる利害を持つステークホルダー間の認識ギャップを縮め、対話や合意形成の素材となる。さらに、シナリオ比較やリスク評価を通じて「どの管理手法が最も効果的・効率的か」を科学的根拠に基づき検討できる。
一方で、空間モデルの限界も明示されている。(1)モデルパラメータや初期値の設定が結果に強い影響を与える、(2)複雑なプロセスの単純化による不確実性、(3)専門家と非専門家の間のコミュニケーション課題、(4)社会経済的データの不足など、現実のFLRプロジェクトでは慎重な運用と説明責任が求められる。
結論と展望
本章は、FLRの計画・実施・評価の全過程において空間モデリングが果たすべき役割を理論・実践の両面から提示し、「データ駆動型・シナリオ指向の景観管理」の新たな標準を提案している。著者らは、今後は(1)より多様なステークホルダー参画型モデルの開発、(2)リアルタイムなデータ連携とシナリオ分析、(3)社会—生態系連関モデルの進化、(4)市民科学・オープンデータとの融合、などの方向性を提言している。
本章は、「複雑な森をいかに“科学的にマネジメントするか”」というFLR実務の核心に、最新技術と実践知を結びつける実用的ガイドであり、現場・政策・学術のいずれにとっても示唆に富む内容となっている。
第7章「Forest Landscape Restoration Decision-Making and Conflict Management: Applying Discourse-Based Approaches」
第7章は、FLR現場における意思決定と対立(conflict)管理について、従来の合意形成論や利害調整を超えた「談話(ディスコース)に基づくアプローチ(discourse-based approach)」の理論と実践を掘り下げる。執筆者であるJens Emborg、Gregg Walker、Steven Danielsは、環境紛争解決や参加型マネジメント、協働ガバナンス分野で多くの実践研究を重ねてきた国際的専門家である。本章は、「なぜFLR現場で合意が難航するのか」「対立を生産的な議論に転換するにはどうすればよいか」という問いに、学際的な観点から応答する。
FLRの意思決定と対立の本質
FLRは必然的に多様な土地所有者、行政、住民、NGO、企業、科学者など、多様なステークホルダーが関与し、彼らの価値観・利益・知識・権力関係が複雑に絡み合う現場である。そのため、「どこに」「どのような」再生を施すかを巡って、しばしば根深い対立や不信、誤解が生じる。
従来の環境管理では、利益調整や専門家主導の計画策定により合意形成を図ろうとしてきたが、実際には「声の大きな一部の参加者に主導権が偏る」「形式的な合意しか生まれない」「少数意見や異質な価値観が排除される」などの問題が指摘されてきた。本章はこうした「対話と権力の非対称性」「価値観の多元性」に正面から向き合うべきだと論じる。
談話ベース・アプローチの理論的枠組み
ディスコース(談話)ベース・アプローチとは、意思決定や対立管理のプロセスを「利害調整」や「事実認識の共有」に限定せず、むしろ「言語・ストーリーテリング・認識枠組み・社会的文脈」に着目して設計する方法論である。対立や誤解の根底には、異なるグループが異なる“ものの見方”や“語り口”を持ち、それが衝突・分断・排除の連鎖を生むという認識がある。
著者らは、FLR現場における成功事例・失敗事例を比較しながら、「全員が“話す”だけでなく、“聴く”機会」「異なる価値観を“翻訳”し合う場」「非公式・非権威的な対話の導入」「外部ファシリテーターや中立的進行役の配置」「物語(ストーリー)やメタファーによる認識の橋渡し」など、多様な技法と理論的支柱を提示する。
実践例と課題
本章では、北欧や北米を中心に、実際に談話ベース・アプローチを用いてFLR現場の合意形成や対立解決を図った事例が詳細に紹介される。たとえば、森林管理計画を巡る地域フォーラム、シナリオワークショップ、パブリックコメント・ヒアリング、住民と行政の共同ビジョン作成プロジェクトなどである。
成功事例では、「反対意見が表現できる安全な場」「公式議論の外での雑談や交流」「立場や権力の違いを一時棚上げし、共通のストーリーを描くプロセス」などが重視されている。逆に失敗事例では、「表面的な合意の押し付け」「多様な談話の排除や単一化」「権威者・専門家による一方的な進行」などが、結果的に対立を長期化・激化させている。
ファシリテーターと制度設計の重要性
談話ベース・アプローチの効果的な運用には、プロセス全体を中立的に進行・調整するファシリテーターや、対話を支える制度設計(時間的余裕、非公式の場、意見表明の多様性確保、記録・可視化技法など)が不可欠である。著者らは「民主的参加型マネジメント」を支える制度的基盤の整備と、FLRガバナンスにおける“新たな合意形成文化”の醸成を強く提唱している。
結論と展望
本章は、「対立や異質性を“問題”ではなく“資源”として扱う」視点を提起し、FLRの現場における意思決定・合意形成・対立管理を新たな次元に引き上げている。今後は、(1)社会的談話の多元性を前提とした設計、(2)制度・ファシリテーター・物語など複合的ツールの統合、(3)長期的な学習・評価・適応的管理、(4)専門家と非専門家の役割分担とパートナーシップの再構築などが不可欠であると論じる。
FLR研究・実践において、合意や調整の“技術論”を超えた「深い対話と認識変容」の重要性を強く訴える章であり、現場実践者・政策立案者・研究者いずれにとっても必読の内容である。
第8章「Alternative Approaches to Urban Natural Areas Restoration: Integrating Social and Ecological Goals」
本章は、都市自然地域の再生(urban natural areas restoration)において、「社会的目標」と「生態的目標」をいかに統合するかという、現代都市政策・ランドスケープデザインの根幹に関わる課題を扱う。著者Paul H. Gobsterは、米国林野庁や都市生態系管理の分野で長年研究・実践に従事してきた専門家であり、本章では都市特有の社会的文脈と生態系回復論の接点を、理論と事例の両面から掘り下げている。
都市自然地域の意義と課題
近年、都市化の進行により、多くの都市で「自然的」空間は著しく減少・断片化し、市民のレクリエーション、景観資源、多様な生態系サービスの供給地としての価値が高まっている。しかし都市という場は、人口密度の高さ、土地利用の多様性、社会経済的格差、歴史的土地利用変遷など、農村や自然保護区とは異なる制約が多い。たとえば、市民の求める「美しさ」や「快適さ」、文化的記憶、所有権や管理権の複雑性、都市政策や開発圧力などが絶えず交錯するため、生態系の“純粋な”回復モデルをそのまま適用できない現実がある。
著者はまず、都市自然地域の再生が単なる「原状回復」ではなく、「多元的な社会目標と生態目標のバランス」を模索するプロセスであることを強調する。このためには、生態学的健全性(biodiversity、エコロジカルネットワーク等)の追求と同時に、市民参加・景観美・文化的価値・公平なアクセスといった社会的要素の重視が不可欠となる。
都市再生の多様なアプローチ
本章では、都市自然地域の再生アプローチを大きく三つに分類し、それぞれの長所・短所・応用事例を論じている。
- 伝統的生態系回復型
過去の植生・生態系状態を指標とし、できる限り“自然な”状態への回帰を目指す。科学的なリファレンスモデルや在来種導入、自然遷移促進など、エビデンスベースの手法を中心とする。生態系の回復力や都市の生物多様性向上に有効だが、現代都市の社会的・空間的制約下ではしばしば実現が困難であり、市民の期待や利用実態との乖離が課題となる。 - 社会的価値重視型
市民の景観嗜好やレクリエーション需要、文化的意味づけを重視し、「見た目の美しさ」や「利用しやすさ」、「都市生活との親和性」など社会的要請を反映させる手法。生態学的観点から見れば管理の手間や生物多様性低下のリスクがあるが、都市住民の満足度や利用率向上、社会的連帯の醸成には有効である。 - 統合型・適応型アプローチ
両者の長所を融合し、「生態的に持続可能かつ社会的に受容される」都市自然地域を目指す戦略。参加型設計、段階的回復、用途分化、ゾーニング、教育・解釈活動の併用など、柔軟かつ動的な計画・管理が特徴となる。
著者は、都市再生の現場で最も成功しているのはこの第三の「統合型・適応型アプローチ」であると結論づける。特に、専門家だけでなく多様な市民が計画段階から関与し、意見の可視化や合意形成、モニタリングとフィードバックを重ねるプロセスの重要性を強調する。
具体的事例と教訓
本章では、米国シカゴの都市自然公園プロジェクト、欧州の都市緑地復元、各地でのコミュニティ主導型再生活動など、複数のケーススタディが紹介されている。これらの事例では、(1)都市政策と連携した長期的戦略、(2)市民参加によるビジョン共有、(3)ゾーン別管理(野生域と利用域の明確化)、(4)教育・解釈活動の重視、(5)社会的マイノリティや子ども、高齢者等へのアクセス向上策、など多様な要素が成功要因となっている。
一方、失敗例として「専門家主導の一方的な植生回復」「景観美重視による生物多様性劣化」「市民参加の形骸化」などが挙げられ、都市という特殊な文脈においては「単一目標型アプローチ」が機能しないことを実証的に示している。
課題と今後の展望
都市自然地域の再生における最大の課題は、「対立する価値の調停」「不確実性への柔軟な対応」「継続的な市民巻き込み」である。著者は、FLRの理論を都市文脈に応用するために必要な要素として、(1)多様な価値の可視化と合意形成、(2)適応的管理と長期モニタリング、(3)公平性・包摂性への配慮、(4)都市固有の社会—生態系ダイナミズムの理解、を挙げる。
本章は、「都市こそが21世紀FLRの最前線」であるという強い問題意識のもと、実践知と理論知を融合した貴重なガイドである。都市緑地政策、景観設計、参加型マネジメントに携わる専門家のみならず、行政、NPO、コミュニティリーダーにも示唆に富む章である。
第9章「Urban Forest Landscape Restoration – Applying Forest Development Types in Design and Planning」
第9章は、都市森林景観再生(Urban Forest Landscape Restoration)における「発展型(Forest Development Types)」のデザイン・計画への応用を主題とする。執筆者J. Bo LarsenとAnders Busse Nielsenは、北欧における都市林学と景観計画の分野で高い実績を持つ専門家である。本章では、急速な都市化や社会構造の変化に直面する現代都市において、「都市林」をどのように設計・再生し、多様な機能・価値を持続的に創出するかが議論の中心となる。
都市森林の特徴と意義
都市林は、従来の“森林”概念とは異なり、多様な土地利用や所有形態、周辺環境と複雑に交差する「複合的景観」の一部である。都市林の持つ価値は、(1)気候緩和やヒートアイランド対策、(2)都市生物多様性の保全、(3)空気・水質浄化、(4)景観美・レクリエーション、(5)文化的意味・歴史的遺産、(6)市民参加とコミュニティ創出など、極めて多様である。
著者らは、都市森林の再生・設計には「単なる樹林の復元」ではなく、「社会的文脈と生態的目標の統合」「多目的性の確保」「段階的発展モデルの活用」が不可欠であると強調する。
発展型(Forest Development Types)とは
発展型とは、土地の履歴・利用パターン・生態条件・社会的ニーズに応じて「複数の成長段階」や「管理目標」を組み合わせて設計するモデルである。たとえば、都市周辺部では「野生性を重視した自然林タイプ」、住宅地隣接部では「利用性・安全性・景観性重視の公園林タイプ」、歴史地区やランドマーク付近では「文化的意義・意匠性を重視した記念林タイプ」など、多様な空間のニーズに応じて段階的に森林景観を発展させていく。
発展型の採用によって、単一目標や単一構造型の都市林から脱却し、(1)利用者・管理者双方の多様な価値観を調整、(2)都市の変化に柔軟に対応、(3)管理コストやリスク分散、(4)社会的包摂性の向上、が期待できる。
設計・計画プロセスと参加型マネジメント
本章では、発展型を都市林設計に落とし込むための具体的プロセスとして、
- 土地履歴・現況調査
- 利用者・関係主体の意向調査
- 生態的・社会的機能の整理
- シナリオプランニング
- 段階的ゾーニングと優先順位設定
- 参加型ワークショップ・パブリックコメント
- モニタリングと評価指標の設定
など、多段階の手法を提案している。特に、住民参加型の意思決定や“使いながら守る”という柔軟な運用が、長期的持続性と市民満足度の向上につながることが複数の事例から示されている。
北欧・欧州都市の実践事例
デンマーク、スウェーデン、ドイツなど北欧・欧州都市では、都市成長圧力や移民流入、気候変動対応などの社会課題と都市林再生が密接に結びついている。コペンハーゲンの都市森林帯整備や、ストックホルムのグリーンベルト、ハンブルクの歴史的都市林復元など、多様な発展型モデルが導入され、都市政策や社会包摂、観光・教育・エネルギー政策と連動している。
これらの事例に共通する成功要因は、(1)都市計画との統合、(2)行政・市民・専門家のパートナーシップ、(3)長期的・段階的な発展シナリオの共有、(4)多様な価値と機能の両立である。
課題と今後の展望
都市森林景観再生の今後の課題として、(1)土地利用競合や開発圧力との調和、(2)社会的公正とアクセスの確保、(3)気候変動下のレジリエンス強化、(4)市民参加・エンゲージメントの持続、(5)多様な機能・サービスの同時最適化、が挙げられる。
本章は、「都市林の再生は都市の未来をデザインすること」という視座を強調し、都市林の役割を単なる“緑の回復”にとどめず、都市社会の再生・発展を牽引する基盤インフラとして再定義している。都市政策、景観設計、社会イノベーションの観点からも先駆的な章であり、都市林学・FLR分野における必読の内容である。
第10章「Restoring Naturalness in Europe’s Managed Forest Landscapes」
第10章は、ヨーロッパにおける管理林景観(managed forest landscapes)に「ナチュラルネス(naturalness)」を回復するという、極めて現代的かつ多層的なテーマに焦点を当てている。執筆者であるPalle MadsenとPekka H. M. Puttonenは、北欧林学・再生生態学の分野で国際的に著名な専門家であり、ヨーロッパ大陸の長い土地利用史・森林管理史を背景に、「人工林と自然林の間でいかにバランスをとるか」という問題意識を、理論と実践の双方から深く掘り下げている。
管理林の歴史とヨーロッパ的特殊性
ヨーロッパは世界でもっとも古くから人為的管理が行われてきた地域の一つであり、現存する森林の多くが「管理林」もしくは「二次林」「半自然林」となっている。そのため、「原生林の復元」ではなく、「自然性の回復(restoring naturalness)」がFLRの主要目標となっている点が、アジアやアフリカ、南米の森林再生との大きな違いである。歴史的には中世の伐採、農地化、産業革命以降の大規模植林(針葉樹単一植林の増加)、20世紀の土地利用集約化や保護政策など、複雑な人為的介入の積み重ねが今のヨーロッパの森を形作っている。
ナチュラルネスの概念と評価指標
「ナチュラルネス」とは、原生的な構造や機能、多様な生物群集、撹乱パターン、自然遷移、微地形・デッドウッド・多様な樹齢構成など、人工的改変が少ない状態の総称である。しかし、ヨーロッパでは本当の意味で「手付かずの森」はほとんど存在せず、現実的には「どの程度まで自然性を回復するか」「どの要素を優先するか」という“選択”の問題となる。
著者らは、ナチュラルネスの評価指標として
- 種多様性(とくに在来樹種と希少生物の比率)
- 構造的多様性(階層構造・デッドウッド量・大径木の存在)
- 撹乱パターン(火災・風倒・害虫等の自然撹乱の導入・模倣)
- 土壌や水文学的プロセスの自然度
などを挙げ、定量的なモニタリングの必要性を強調する。
回復手法の多様性
ナチュラルネス回復の実践手法は、多様なアプローチを柔軟に組み合わせる必要がある。
- 人工植林の改良
単一樹種の人工林に多様な在来樹種を導入し、多層・多齢・混交林へと誘導する。間伐やギャップ作りによる光環境の多様化、デッドウッドの意図的残存・補充など。 - 自然撹乱の模倣
火災、風倒、昆虫大発生など、従来排除されてきた自然撹乱を“計画的に”導入し、動的な遷移や多様性の維持を図る。たとえば管理火入れや倒木放置など。 - 自然遷移の促進
管理介入を最小化し、長期的な自然遷移や自発的な生態系再編を見守る戦略。管理コストの低減と生態系の“レジリエンス”向上が期待できる。 - 生態系エンジニア種の活用
ビーバーや大型草食獣の再導入による景観再編、生物多様性・湿地・開放系生態系の再生。
社会経済的・政策的課題
ヨーロッパの森林再生は、しばしば多様な土地所有形態(国有林・私有林・コミュナル林)や政策枠組み(EU指令、Natura2000など)、市場経済・炭素取引・観光・レクリエーション等の多様な価値と交錯する。そのため、(1)所有者の合意形成、(2)経済的インセンティブ設計、(3)政策・規制と現場実践の乖離、(4)多様な利害関係者の調整、(5)市民社会の理解と参加促進、などが現場の普遍的課題となる。
著者らは、北欧諸国の成功例(スウェーデンの自然撹乱模倣林、ドイツの保護区内非介入区、東欧の私有林再生等)とともに、過剰な利用圧や経済的持続性の問題、外来種や気候変動の影響にも注意を促している。
評価と今後の展望
本章は、「管理林の自然性回復」というテーマを、単なるエコロジカルな課題にとどめず、土地利用史・社会経済・政策・文化の複合領域として統合的に論じている。ヨーロッパ的特殊性を踏まえた上で、「ナチュラルネス」という価値をいかに社会と共有し、計画的に実現していくか。そのために科学的モニタリング・多主体協働・政策的イノベーションが不可欠であるという視座は、他地域のFLRにも応用可能な普遍的提言である。
人工林と自然林、利用と保全、経済と生態の“間”を創造的にデザインするヨーロッパ流FLRのエッセンスを明快に示した章であり、管理林再生や保全政策、社会的合意形成のフロンティアを志向する読者にとって必読である。
第11章「Forest Restoration and Rehabilitation in the Tropics」
第11章は、熱帯地域における森林の再生・リハビリテーション(rehabilitation)を主題に据え、膨大な森林劣化・減少の最前線で進行するグローバルな課題と、その現場で実践される多様なアプローチ、理論・政策・社会経済的文脈の総合的分析を展開する。執筆者であるRobin L. Chazdon、David Lambらは、熱帯林生態学および再生科学の世界的権威であり、特に中南米・東南アジア・アフリカの多様な熱帯地域の現場経験を持つ。彼らの視点は、“理想の熱帯林回復”から“実現可能な社会—生態系再生”への視野の広がりと、現実主義的な知見に裏打ちされている。
熱帯林再生の重要性と複雑性
熱帯林は、地球上の生物多様性の大部分を担い、炭素固定、水循環、気候調整、土壌保持、伝統文化の基盤など、グローバルかつローカルなエコシステムサービスを供給している。にもかかわらず、20世紀後半から急速な森林伐採、農地転換、インフラ開発、鉱山・石油開発等により、広大な熱帯林が失われてきた。
現代の熱帯林再生は、単なる“森林面積の回復”ではなく、多目的性・多機能性を前提としなければならない。すなわち、(1)生物多様性の回復、(2)生態系機能の再生、(3)地域住民の生活改善・福祉向上、(4)炭素吸収などの地球環境貢献、(5)持続可能な土地利用・生業多様化——これらを同時に追求する複雑系の社会—生態システムがFLRの現場なのである。
再生・リハビリテーションの手法
熱帯林再生は、劣化レベル、土地利用履歴、土壌・水文条件、社会経済的文脈によって多様なアプローチが存在する。
- 自然遷移型回復(passive restoration)
伐採地や放棄農地で自然遷移を促進し、二次林やパイオニア種の定着を経て、長期的な生態系回復を目指す。コストが低く、生物多様性や生態系機能回復への効果が大きいが、土壌劣化や外来種定着、種子供給源の不足等で進行が遅い場合も多い。 - 積極的植栽型回復(active restoration)
主要な在来樹種の苗木植栽、混交植林、多層構造化、人工的遷移誘導などを通じて、より早期の生態系構造・機能の再構築を図る。技術・資金・管理コストが高い一方で、管理目標の柔軟な設定や多目的利用に適している。 - アグロフォレストリー、複合的土地利用型
伝統的な焼畑・休耕輪作、現代的アグロフォレストリー、果樹—作物—樹木複合モデルなど、地域住民の生計確保と生態系回復を両立させるアプローチ。貧困削減・レジリエンス向上と生物多様性・炭素吸収の同時実現を目指す。 - 機能的リハビリテーション
鉱山跡地、土壌極度劣化地などで、最小限の緑化・被覆・水源保全機能を回復し、将来的な本格回復の足がかりとするアプローチ。
政策・社会的文脈の多様性
熱帯林再生の成否は、しばしば国家・地方政府の政策的枠組み、土地所有・利用権体制、国際的資金供給(REDD+など)、地域社会の参加・合意形成に大きく依存する。大土地所有制や法的権利不明確、違法伐採・土地収奪、人口増加・移民、農業収益性、エネルギー需要の高まりなど、複雑な社会経済的構造が現場の再生努力を制約することも多い。
また、国際的には「ボンチャレンジ」や「REDD+」などの地球規模政策が進む一方、現地レベルでは伝統知やローカルなガバナンス、宗教的・文化的要因が再生のダイナミズムに深く関わる。特に、地域住民の主体的参加、女性や少数民族の役割、伝統的知識の活用と近代科学・政策の融合は、熱帯林再生成功のカギとされる。
成功事例と課題
本章は、ラテンアメリカのコスタリカ・ブラジル、東南アジアのインドネシア・フィリピン、アフリカのガーナ・カメルーン等、多様な熱帯林再生の現場事例を比較しながら、(1)政策—現場連携の成否、(2)多主体協働・参加型ガバナンス、(3)経済インセンティブの設計、(4)長期的モニタリング・評価体制、(5)社会的包摂・公平性確保——など多面的な成功要因・課題を整理している。
一方で、(1)外来種管理の困難、(2)初期成功からの“持続”の難しさ、(3)気候変動による生態系変容、(4)短期的利益志向と長期的再生目標のギャップ、など、課題・限界も明快に論じられる。
今後の展望
熱帯林再生は「地球規模の公共財」としての重要性が今後さらに高まる。著者らは、今後の方向性として、
- 科学的知見と現地伝統知の融合
- グローバル政策(REDD+等)とローカル・パートナーシップの連携
- 新技術(リモートセンシング・市民科学等)活用による評価・モニタリング
- 社会的包摂・ジェンダー・公正性の徹底
- 長期的資金調達と制度設計
を挙げ、「熱帯林再生は技術・政策・社会イノベーションの“複合的挑戦”であり、社会—生態システムとしての全体性が問われる」と結論付ける。
本章は、熱帯林FLRの“グローバルな最前線”に触れつつ、理論・実践・政策を横断する体系的知見と現場的実践知の双方を融合しており、再生生態学・環境政策・国際開発いずれの分野にとっても不可欠なリファレンスとなる内容である。
第12章「Restoring Forests in the Mediterranean Region」
第12章は、地中海地域(Mediterranean region)における森林再生の課題と展望を論じている。地中海沿岸は、人類文明発祥の地として知られ、長い土地利用史、都市化・農業・放牧・火災等の影響を受けてきた世界有数の「人為的景観地帯」である。執筆者Jordi Cortina、Ana Vallejo、John Aronsonらは、地中海生態学・修復生態学の分野で豊富な現場経験を持ち、伝統社会から現代都市、半乾燥地から山岳地帯に至る多様なフィールドを比較しつつ、本地域の森林再生の独自性とグローバル意義を論じている。
地中海森林の歴史と現代的意義
地中海域の森林は、数千年に及ぶ農耕・牧畜・都市化、交易・植民・戦争等を経て、ほとんどが「二次林」あるいは「半自然林」と化している。広範な森林伐採と農地化、段々畑や石垣による土壌保持、放牧や燃料採取による低木林化など、多様な土地利用と撹乱が重層的に積み重なってきた。20世紀以降は農村人口の都市流出、農地放棄、山間部の荒廃・土壌浸食、また観光開発や都市スプロールの拡大が新たな課題となった。
著者らは、「原生林の復元」ではなく、「人間活動と調和した持続的な森林再生」が地中海型FLRの本質であり、生物多様性のホットスポット、土壌・水源保全、景観美、観光・レクリエーション、気候変動緩和等、複合的サービスの再構築こそが目標となると強調する。
地中海型森林再生の技法と特徴
地中海地域では、再生の対象・技法・目標は土地ごとに大きく異なる。代表的なアプローチは以下の通りである。
- パッシブ・リジェネレーション
農地・放牧地の放棄後、自然遷移による植生回復を促す。典型的にはコルク樫・オリーブ・松・灌木類の自生化。コストが低く、長期的な生態系回復に有効だが、侵入種や土壌劣化、火災リスクの増大など問題も多い。 - アクティブ・レストレーション(積極的再生)
植樹、播種、土壌改良、水資源管理、地形修復などを組み合わせ、多様な樹種・構造を再構築する。特に過放牧地や深刻な浸食地では積極的介入が不可欠となる。植樹は伝統的な松・ユーカリ等の単一林から、多様な在来種・灌木・草本・遷移型ミックスへと進化している。 - 撹乱管理
地中海気候のもとでは山火事が頻発するため、燃料管理、管理火入れ、防火帯設置、牧草地維持など“撹乱を活かす”マネジメントが不可欠である。 - 社会的利用と管理
観光・レクリエーション需要の増大、伝統的コモンズ管理(dehesa、montado等)、エコツーリズム、都市近郊林の多目的利用など、多様な社会的ニーズに応じたゾーニングと参加型マネジメントが重要となっている。
成功要因・失敗要因の比較
本章では、スペイン、ポルトガル、フランス、イタリア、ギリシャなど地中海各国の事例を比較しつつ、(1)政策・資金支援、(2)地域社会の参加、(3)長期的視点、(4)科学的モニタリング、(5)新旧知識の統合などを成功要因として挙げている。逆に失敗事例では、短期的な植林・緑化の強行、単一樹種・外来種への過度依存、地域住民の排除、撹乱管理の不徹底、経済インセンティブの持続性欠如等が指摘される。
とくにスペイン・バレンシア地方の多様な生態系回復・地元自治体の合意形成や、ポルトガル・アレンテージョのコモンズ林管理、ギリシャの放棄地再生など、多様な成功・失敗例が具体的に論じられている。
現代的課題と今後の展望
地中海型森林再生の今後の課題は、(1)気候変動と極端現象(干ばつ・大火災等)への適応力強化、(2)農村人口減少・高齢化と土地利用転換、(3)都市・観光開発圧力と自然保全の両立、(4)多様な価値観・利害の調整、(5)持続的な資金・政策基盤の確立等である。さらに、地中海型の知見は、気候変動下の乾燥地帯・半乾燥地帯・多用途景観の再生にとってグローバルなモデルともなりうる。
本章は、「人間と自然の協働による複合的景観再生」という地中海FLRの特質を、実践知・理論知双方から明快に描き出しており、土地利用史・社会—生態システム・伝統管理—新技術の統合という、今後のFLR実践全体に普遍的な示唆を与えている。
第13章「Restoration of Temperate Forests: An Ecological and Social Challenge」
第13章は、温帯林(temperate forests)の再生が直面する生態学的・社会的課題をテーマに、欧州・北米・東アジアなど世界各地の温帯帯状林帯を横断的に分析する。執筆者Derek J. E. Pepper、David Lamb、Duncan Pooreらは、温帯林生態学および再生政策の分野で長いキャリアを持ち、グローバルな視野から「人為改変が進んだ温帯林をいかに再生するか」という現代的課題を深く掘り下げている。
温帯林の特徴と再生の必然性
温帯林は、世界の森林分布の大きな割合を占め、気候帯としても最も人間活動の影響を受けやすい。歴史的には農業開発、工業化、都市拡大、燃料・建材伐採、野火や家畜放牧、さらには戦争・疫病など、さまざまな攪乱を受けてきた。現存する温帯林の多くは、(1)二次林、(2)人工林、(3)半自然林、(4)保護区・国立公園化された林、という複合的なパターンとなっている。
温帯林の再生は、(1)生物多様性の保全、(2)気候変動緩和(炭素固定)、(3)水源涵養や土壌保全、(4)景観・レクリエーション資源の再構築、(5)農村コミュニティの生活基盤強化——など多様な社会—生態系サービスに直結している。そのため、再生の目的や手法も単一には定まらない。
再生技法と生態学的課題
本章は、温帯林再生の主要技法として、以下を挙げている。
- 自然遷移促進
放棄農地や劣化林を“放置”することで自然な植生遷移に委ねる方法。コストが低く、土壌や周辺の種源が残存する場合は比較的早い回復が期待できるが、外来種の侵入や遷移の停滞が課題となる。 - 積極的植栽・混交林誘導
在来樹種・多様な機能群の植栽、混交林の促進、異なる樹齢層や構造的多様性の強化など、より早期かつ計画的な生態系回復を目指す方法。病害虫対策や気候変動への適応力向上も狙いとなる。 - 撹乱の導入・模倣
火災・風倒・間伐・伐採跡地の管理火入れなど、攪乱を管理的に導入し、多様なギャップや遷移段階を創出する。とくに北米や北欧では、攪乱に依存する種群や構造の再現に不可欠である。 - 機能性指向の復元
土壌水文・微気候・地下生物群集の回復、デッドウッド・倒木・落葉層の積極的導入など、物理・化学・生物的な基盤条件の再構築を重視する。
社会経済的課題
温帯林の再生は、先進国・新興国ともに、(1)土地所有形態の多様性、(2)農村人口減少・高齢化、(3)林業経済の衰退・転換、(4)都市—農村連携、(5)多様な利害関係者の調整——など複雑な社会経済的文脈のなかで展開されている。
本章は、先進国では「保全志向」や「生態系サービス供給」への転換、新興国では「生計基盤の確保」「政策・資金支援の不安定さ」「違法伐採や土地転用圧力」等の課題が際立つことを具体的に指摘している。また、NPOや市民参加、グリーンインフラ政策、エコツーリズム、森林認証制度、炭素クレジットなど、社会的イノベーションの動向も俯瞰されている。
事例比較と教訓
本章は、北米・欧州・中国・日本・韓国などの温帯林再生プロジェクトを比較し、(1)国有林・私有林・共同管理林の役割、(2)公共政策と市場メカニズムの連携、(3)長期的ビジョンと短期的インセンティブの調整、(4)都市住民と農村住民の価値観調整、(5)科学—現場—行政の協働体制の構築等、多様な要因が成功・失敗を左右することを明らかにしている。
たとえば、北米の放棄農地再生プロジェクト、日本の里山再生、ドイツの多目的人工林改良、韓国の大規模国有林回復などが紹介され、それぞれが固有の制度的枠組みや社会的条件を活かしつつ、多様な成果と課題を生み出している。
今後の展望
温帯林再生の今後の課題として、(1)気候変動への適応と炭素固定の強化、(2)外来種・病害虫・新撹乱への対策、(3)多様なステークホルダー参画の制度化、(4)農村—都市—行政—市場の連携深化、(5)長期モニタリングと適応的管理の強化、などが挙げられる。
本章は、「生態的に機能し社会的に持続可能な温帯林の再生」という“二重の課題”を、現場知・政策知・科学的エビデンスの統合によって乗り越えていくべきだと結論付ける。多様な知見と事例を俯瞰する本章は、温帯林FLRのガイドラインとして極めて価値が高い。
第14章「Restoration of Boreal Forests」
本章は、地球上最大級の森林帯である「北方林(Boreal Forest)」における森林再生(restoration)を主題に掲げている。執筆者Ilkka Vanha-Majamaa、Anu Hekkala、Heikki Similäらは、フィンランドを中心とする北欧の森林生態学・再生研究の第一人者であり、長期的・広域的な視点から、北方林の生態学的特質と人間活動のインパクト、さらには再生技法と今後の課題まで包括的に論じている。
北方林の特徴とグローバルな意義
北方林は、カナダ、アラスカ、ロシア、北欧を中心に広がり、地球の森林被覆の約3割を占める。主にマツ、トウヒ、カバノキなど耐寒性樹種が卓越し、広大な湿地・湖沼・永久凍土帯を含むモザイク状の景観をなす。炭素貯蔵・水循環・生物多様性・伝統的生業・先住民族文化の基盤として、グローバルかつローカルな価値が極めて高い。
19世紀以降、商業伐採、インフラ開発、鉱業・エネルギー開発、火災・病害・気候変動等により、かつての原生的撹乱—回復ダイナミズムが変質しつつある。特に大規模皆伐・単一樹種人工林・排水・湿地開発は、構造的多様性や撹乱—回復プロセスの劣化を招いてきた。したがって、北方林FLRは“原生的動的平衡”の回復と“人間—自然システム”の再構築が核心となる。
再生の基本アプローチ
著者らは、北方林再生の軸として「自然撹乱の模倣」「構造的多様性の回復」「機能的連結性の強化」「長期的適応的管理」を挙げる。
- 自然撹乱の模倣(emulation of natural disturbances)
かつての北方林は周期的な火災・風倒・虫害などによって多様な年齢・構造モザイクを維持してきた。再生実践では、意図的なギャップ形成、管理火入れ、倒木・デッドウッド導入、撹乱依存種への配慮等により、単純化された人工林から動的多様性の高い景観への転換を目指す。 - 人工林からの回復
大規模皆伐—再造林により均質化した人工林を、間伐・混交林化・在来種導入・湿地復元など多様な技法で“複層性・多齢性”へ誘導する。特に湿地や泥炭地の再湿潤化は炭素固定や生物多様性保全に直結する。 - 大規模連結性・回廊の強化
広大な景観スケールで生態回廊・保護区ネットワークを設計し、大型哺乳類や撹乱依存性生物群の維持を図る。 - 適応的・参加型管理
長期モニタリング、科学—政策—現場協働、先住民族・地域住民の知識・関与、気候変動や新規撹乱への柔軟な対応が不可欠となる。
事例分析と課題
本章は、フィンランド、スウェーデン、カナダ、ロシア等のFLR事例を紹介し、(1)国有林政策下での広域再生、(2)保護区拡大と保全林管理、(3)産業林—自然林の両立、(4)炭素クレジット・気候政策との連動、(5)科学—政策—現場の協働体制、など多面的アプローチの実際を示す。
成功事例では、(1)撹乱模倣による種多様性・構造的多様性の回復、(2)先住民族参画による伝統管理と新技術の融合、(3)連結性ネットワークによる生態系サービスの向上等が挙げられる。一方で課題として、(1)単一目的(木材生産偏重)から多目的化への転換の難しさ、(2)新たな病害・気候リスク、(3)経済・政策の短期志向、(4)広域的合意形成・インセンティブ設計の難しさ等がある。
今後の展望
著者らは今後の課題として、
- 気候変動適応とレジリエンスの強化
- 保全・利用・再生のバランス
- 長期的な社会的・経済的基盤整備
- 科学—政策—現場のインターフェース強化
- 先住民知の組み込みと社会的包摂
を掲げ、「原生的ダイナミズムの現代的再生」を目指す北方林FLRの新たな標準を提案する。
本章は、北方林の再生を“静的な原状回復”ではなく、“動的で社会的にも持続可能なランドスケープ再生”と捉える現代的視座を明快に示している。北方林FLRを論じるうえで不可欠な基礎と応用の両知見が凝縮された章である。
第15章「Forest Landscape Restoration and the Challenge of Biodiversity Conservation」
第15章は、森林景観再生(FLR)の実践が「生物多様性保全」といかに両立しうるか、もしくは緊張・対立するかという、現代FLRの核心課題に切り込む。執筆者Brendan Mackey、David Lamb、John Stanturfらは、グローバルな保全政策・生態学・再生科学の第一線で活躍してきた専門家であり、本章では生物多様性(biodiversity)の多義性、FLRの多元的目標、そして政策・現場実践の複雑な相互作用を論じている。
FLRと生物多様性の理論的緊張
FLRは「多目的性(multipurpose)」を本質とする。従来の森林再生が木材生産や単一生態系サービス供給を主眼としてきたのに対し、FLRは「生態系サービスの回復」「生計基盤の確保」「炭素固定」「生物多様性保全」等、複数目標の同時達成を追求する。しかしこの多目的性こそが「生物多様性保全」という目的としばしば緊張関係を生み、政策・現場でジレンマやトレードオフの根源となっている。
生物多様性は遺伝子・種・生態系レベルで語られるが、FLR現場では「何を優先すべきか」「どのレベルで評価すべきか」「どの程度まで回復を目指すのか」など、価値観・管理目標の違いがしばしば対立を生む。たとえば、単純な樹種多様性増加が必ずしも生態系の健全性や希少種保全と一致しない、植林やアグロフォレストリーが外来種導入・遺伝的撹乱を引き起こす、逆に「保全型FLR」では経済的持続性・地域住民の利益と衝突する、といった現場の実例が豊富に示されている。
FLRにおける生物多様性保全戦略
著者らは、FLRが生物多様性保全の新しいモデルとなりうる条件として、以下を挙げる。
- パッチ・コリドー・マトリクス理論の応用
広域スケールでの「生息地パッチ」「生態系回廊」「多様な土地利用マトリクス」の設計と接続性強化。孤立パッチの統合、動物・植物種の移動経路確保、遺伝的交流の促進が要点となる。 - 在来種・機能群多様性の重視
地域固有の種や機能的役割を持つ種群の導入・維持による、遺伝的多様性・生態系機能の多元的回復。単なる本数や樹種数だけでなく、系統・遺伝的多様性の確保を重視する。 - 動的管理と適応的モニタリング
撹乱ダイナミクス、気候変動、種群の分布変化を前提とし、定期的な評価と管理戦略の修正を組み込む「適応的管理」を推奨。モニタリング指標の多様化・現場データの即時反映なども提唱されている。 - 多目的ゾーニング・土地利用統合
保全専用地と生産林・アグロフォレストリー・コミュニティ林業等を分離・連結する「ゾーニング」や、用途・管理主体の多様性を包摂する制度的枠組みが必要とされる。
現場実践とトレードオフ
本章は、熱帯・温帯・乾燥地・都市周辺など世界各地のFLR現場から、(1)生物多様性の短期的回復と長期的維持、(2)外来種・単一種植林の課題、(3)経済性・生態系サービスと希少種保全のジレンマ、(4)地域住民・土地所有者・NGO・政府の多主体連携の可能性と限界、など、実践現場の細やかな事例と教訓を紹介している。
特に、「経済的インセンティブの設計」「参加型管理・合意形成の促進」「多層的ガバナンス」「科学的根拠とローカル知の統合」などが、多目的FLRにおいて生物多様性保全を持続的に実現するための鍵とされている。
今後の課題と展望
著者らは、FLRが「単なる森林復元」や「経済林の再生」に留まるのではなく、「生物多様性の核」としてグローバルな保全政策・気候変動適応・社会的包摂の最前線となる可能性を強調する。そのためには、
- 生物多様性を明確に主流化したFLRガイドライン・評価指標の開発
- 地域性・在来性・多様性を支える科学—政策—現場の連携
- 気候変動下の柔軟な管理・持続的資金・長期モニタリング体制
- 住民主体・包摂型FLRの推進
等が不可欠であると結論づける。
本章は、FLRと生物多様性保全の「共進化」の可能性と課題を、多層的に可視化する内容となっており、保全生態学・環境政策・地域開発のどの分野にとっても極めて重要な示唆に富む章である。
第16章「Forest Landscape Restoration: Integrating Natural and Social Dimensions – Synthesis and Future Directions」
本章は、本書『Forest Landscape Restoration: Integrating Natural and Social Dimensions』の総括と、今後のFLR(森林景観再生)研究・実践の方向性を論じている。編者John Stanturf、David Lamb、Palle Madsenらによる本章は、16章にわたる理論・事例・方法論・政策論を横断的に整理し、自然科学と社会科学の架橋、そして21世紀型の実践的課題を浮き彫りにする。
FLRの本質と「統合」のパラダイム
本書全体を通じて強調されてきたのは、「FLRは単なる森林復元ではなく、社会—生態系システムとしての景観全体の再生を目指す統合的アプローチである」という認識である。生物多様性保全、気候変動緩和・適応、水資源・土壌保全、レクリエーション、地域経済・文化、住民の生活向上など、多様な価値を同時に追求するためには、自然科学と社会科学、現場知と政策知、短期的成果と長期的視点を横断的に結びつける「学際的な枠組み」が不可欠である。
編者らは、「FLRの定義」そのものが、各章で示されたように、時代・地域・関与主体によって多義的で動的なものであることを改めて指摘する。したがって、FLRの実践では“唯一の正解”や“普遍的技法”は存在せず、むしろ複数の目標・関心・制度・知識体系が衝突・交渉・協働するプロセスそのものが本質であるとする。
主要な理論的・実践的知見の総括
編者らは本書の15章にわたり示された多様な知見を、以下のような共通テーマとして整理する。
- スケールの多層性と景観的視点
FLRは個別パッチやスタンド単位の回復ではなく、流域・景観・地域スケールでの「連結性」や「多機能性」「モザイク構造」のデザインが要である。これは生態学的ネットワーク、社会的ネットワーク、管理スケールの多重性とも密接に連動する。 - 生態系サービスと多目的性
生態系サービス(炭素吸収・水源涵養・生物多様性・文化価値等)の同時追求は、しばしば価値のトレードオフ・シナジーを生む。FLRは、この複数目的の“最適化”を現場ごとにバランスさせる柔軟な設計思想が不可欠となる。 - 社会—生態系ガバナンスと参加型アプローチ
ガバナンス・意思決定・合意形成は、単なる技術論ではなく、「価値観・権力・知識・制度」の交渉プロセスである。住民参加型管理、多主体協働、談話(ディスコース)ベース・アプローチなど、社会科学的知見を活かした枠組みの重要性が指摘される。 - 適応的管理と長期的視座
FLRは、不確実性や環境・社会の変動性を前提に、長期的かつ反復的に成果を評価・修正し続ける「適応的管理」が必須となる。科学的モニタリング、社会的学習、政策—現場連携の仕組みが、持続可能性の要となる。 - 伝統知・ローカル知と科学知の統合
地域社会の伝統的土地利用や知識体系(indigenous/local knowledge)と、現代科学や政策技術の“翻訳・融合”が、持続的FLRの実現に極めて重要である。これは北欧の先住民林業、アフリカやアジアのアグロフォレストリー等、各地の事例で具体的に示されている。 - 気候変動下のFLR
気候変動によるリスク・不確実性の増大を前提に、レジリエンス強化、多様性確保、適応的シナリオ分析、炭素市場との連動等、現代的課題への対応力を強調する。
今後のFLR研究・実践への提言
編者らは、FLRの今後の展開として、以下を提言する。
- 分野横断的な知の連携と新たな教育モデルの構築
生態学、林学、社会学、経済学、政策学、計画学等の垣根を越えた教育・研究・実践の仕組みを築き、“FLR人材”を育成する。 - ガバナンスと社会的包摂の深化
多様な価値観・主体が交錯する現場で、「包摂的・公正なプロセス」「参加型の長期的協働関係」を築く政策・制度・実践知の蓄積を強調する。 - 新技術・データの活用と現場の“見える化”
リモートセンシング、空間モデリング、市民科学、AI等の技術革新を活かし、FLRのプロセス・成果・課題を可視化し、学習と意思決定を高度化する。 - グローバル—ローカル連携と政策主流化
国際的なイニシアティブ(Bonn Challenge等)とローカルな現場実践を双方向で結びつける制度設計、成果の政策主流化、資金・市場連動の促進を求める。 - モニタリングと柔軟な適応管理
科学—現場—政策—社会をつなぐ長期モニタリング体制、変化への柔軟な適応的対応力を、全プロセスで担保することの重要性を説く。
総評と本書の意義
本章は、FLRという複雑系課題に対し、「単なるマニュアル型ガイドではなく、“統合知”と“柔軟な学習・協働”を基盤とした動的実践」を志向すべきだという強いメッセージを放つ。個別技法や単一政策に頼らず、むしろ“多様性・包摂・学際・適応”をキーワードとする、21世紀型の森林景観再生の実践知を提唱する。
また本書全体の学術的・政策的意義として、世界各地の事例・理論・政策を横断的に整理した初の体系的著作であり、今後のFLR研究、国際政策、現場実践すべてにとって必須のリファレンスとなるだろう。現場の実務家、研究者、政策担当者、教育者等に幅広く読まれるべき総括章である。
総括:FLR(森林景観再生)という新しいパラダイム
1. FLRとは何か?
FLR(Forest Landscape Restoration:森林景観再生)は、従来の「森林復元」や「林業」から大きく発展した、21世紀型の統合的な森林再生アプローチである。FLRは単なる植林や生態系の部分的修復ではなく、「生態学的な健全性の回復」と「人間社会の福祉向上」を同時に追求するプロセスと定義される。Maginnis & Jackson(2007)の定義を借りれば、「FLRは、森林が失われたり劣化した景観の中で、生態系の健全性を回復し、人間の福利を高めることを目指すプロセス」である。FLRの大きな特徴は、「景観スケール」での実践を前提とする点にある。すなわち、個々の森林パッチや狭い土地利用単位ではなく、流域や広域のランドスケープ全体を捉え、多様な土地利用・多様な主体・多様な価値観が絡み合う中で、最適な配置と機能の回復を目指す。社会・経済・生態系サービス・文化・歴史・土地権利・ガバナンス等、極めて複雑な要素を包摂し、協働と合意形成を重視する“プロセス志向型”のアプローチである。
2. 従来の森林管理と何が異なるのか?
従来の森林管理(とりわけ20世紀型林業)は、主に**「木材生産」**や「治山・治水」等の個別機能の最適化を目的としてきた。経済的合理性や画一的な政策誘導、単一樹種の造林や画一的な施業が中心であった。しかし、その結果、森林生態系の多様性や連結性の喪失、土壌・水資源・生物多様性の劣化、さらには地域社会の疎外や土地利用紛争など多くの負の遺産も生んだ。
一方、FLRはこのような従来型管理の限界を踏まえ、多様な目標(生態系サービス、地域福祉、生物多様性、気候変動適応、文化価値等)の“同時追求”と“トレードオフの最適化”を重視する。また、「現場の土地利用者や地域社会の主体的参加」「景観スケールでの計画・実践」「歴史的・文化的文脈の尊重」「科学知と地域知の融合」など、従来のトップダウン型の林業とは大きく異なるガバナンスと実践様式を採る。さらに、FLRは“過去への復元”だけでなく、「将来世代の選択肢を広げる」ためのレジリエンス(適応力)・柔軟性・学習志向を備える必要がある。気候変動や社会構造の変化といった不確実性を前提に、「静的な目標」ではなく「動的で適応的なマネジメント」を推奨する点も、従来型管理との本質的な違いである。
3. FLRの主な方法・技法
FLRには一律の“マニュアル”はなく、状況や目標、ステークホルダーに応じて多様な技法が用いられるが、以下のような特徴的なアプローチが挙げられる。
- 多層的スケールの統合
個別パッチの修復から流域・景観レベルでの連結性強化、モザイク型土地利用の設計など、空間的多層性を重視。 - 多様な森林再生技法
単一種植林(商業的)、多種混植(生態系再生)、天然更新の促進、植生遷移の誘導、アグロフォレストリー、リパリアン・バッファーの設置、パッチ間コリドー(生態廊)整備等、多様な方法を状況に応じて組み合わせる。 - 参加型・協働的意思決定
地権者、地域社会、行政、専門家、NGO等多様なステークホルダーの参画による合意形成、利害調整、共同実施。 - 社会経済的インセンティブの活用
生態系サービス市場(炭素、保水、生物多様性等)、補助金・補償制度、伝統知・地域知の尊重。 - モニタリングと適応的管理
成果の科学的評価と社会的学習、フィードバックによる柔軟な計画修正。
FLRでは、「どこに、どの程度、どんな再生を行うか」は、生態学的要請と社会経済的現実の両方から検討される。とくに重要なのは、流域や生態系ネットワーク上の“キーポイント”を選び、景観機能の回復効果を最大化するような配置と組み合わせを考える戦略性である。
4. FLRを通した森林景観再生の視座
FLRという枠組みを通すことで、森林景観再生を以下のような広範な視座で捉え直すことができる。
- 生態系サービスの複合的創出
炭素吸収・気候緩和、水資源涵養、土壌保全、防災、景観・レクリエーション、野生生物保全など、多機能性を意図的に設計・管理できる。 - 社会包摂と地域福祉の向上
農村経済の多様化、雇用創出、伝統文化・知識の活用、地域のガバナンス強化を通じて「地域社会と自然の共生的発展」が可能となる。 - 空間・時間の“動的”視点
森林の再生は、単なる“元通り”ではなく、将来的な環境変化(気候変動、人口動態、土地利用変化)を見据えた「動的な目標設定」と「適応的管理」が要請される。 - 多様な知の協働
科学的知見と伝統知・ローカル知の融合、異分野横断型の協働、教育・人材育成も含めた“知のプラットフォーム”構築の必要性が強調される。 - 政策と現場の橋渡し
国際イニシアティブ(Bonn Challenge等)とローカル実践の双方向連携、政策主流化、成果の社会還元など、制度・政策的な“接続”が求められる。
結論
FLRは、従来の林業や森林管理から脱却し、「景観スケール」「多機能性」「社会—生態系統合」「適応性」「包摂性」「学際性」を軸とする新しい森林再生のパラダイムである。その本質は、「自然回復と社会福祉の同時達成」という理想に向けて、動的かつ柔軟に、地域ごとの多様な知・価値・制度・人材を結集する“協働の実践知”にある。
今後、FLRは「気候変動時代のレジリエントな社会—生態系づくり」「持続可能な地域社会の再構築」「政策・実践・科学の接続」「教育と学びのプラットフォーム化」など、より大きな役割を担っていくことが期待される。森林景観再生に携わるすべての関係者にとって、FLRは“未来志向の羅針盤”として位置付けるべきである。
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- 合同会社喜代七 / 喜代七屋 Kiyoshichi LLC / Kiyoshichiya freelance
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