『Forests and Food: Addressing Hunger and Nutrition Across Sustainable Landscapes』(Bhaskar Vira, Christoph Wildburger, Stephanie Mansourian, 2015)


本書は、グローバルな食料安全保障と栄養改善のために森林・樹木・ランドスケープがいかに貢献しうるかについて、最新の科学的知見と政策課題を多角的に検討した、国際的な専門家パネル(GFEP: Global Forest Expert Panels)による報告書で、全文はオープンアクセスで提供されており、持続可能な開発目標(SDGs)時代における食料・栄養・森林ガバナンスの統合を目指した内容となっている。
概要
『Forests and Food: Addressing Hunger and Nutrition Across Sustainable Landscapes』(Bhaskar Vira, Christoph Wildburger, Stephanie Mansourian 編、2015)は、森林と樹木ベースのランドスケープが世界の食料安全保障と栄養にいかに寄与しているかを、グローバルな視点と最新の学際的な科学的知見によって総合的に分析した画期的な研究書である。本書は、国際連合の枠組み下で設置された「Global Forest Expert Panels(GFEP)」による共同作業を通じてまとめられたものであり、政策立案者・研究者・現場実践者など幅広い層に向けて、森林と食料・栄養の複合的な関係性と、その持続可能なガバナンスの在り方を体系的に提示している。その構成は序論に始まり、森林・樹木の食料機能の実態、歴史・社会・環境的背景、ランドスケープを動かすドライバー要因、応答戦略、ガバナンスと制度的枠組み、そして総括へと続く。
冒頭の問題意識は、21世紀の食料・栄養課題が単なる「農業生産の増大」だけでは解決し得ないという危機感から出発している。世界人口が2050年には90億人を超えると予測される中、依然として8億人以上が慢性的な飢餓や栄養失調に苦しんでいる現実がある。しかも、伝統的な農業集約化モデル(いわゆる「緑の革命」的発想)は、食料の絶対量を増やすことには一定の成果をもたらしたが、多様な栄養摂取や、地域住民のアクセス、エコシステムの長期的健全性といった観点からみると、多くの限界と弊害を露呈している。本書は、こうした状況認識を踏まえ、森林や樹木ベースのランドスケープが「農業と食料」の議論の周縁に追いやられてきた状況を再考し、それらが実は多層的かつ不可欠な食料供給・栄養保障・生計維持・生態系サービス提供の基盤であることを明らかにする。
まず本書の特徴は、「森林=木材やバイオマス生産の場」という従来の狭義の認識を乗り越え、森林や樹木のもつ多元的な役割(食料、栄養、文化、収入、エネルギー、生態系サービス、気候調整など)を幅広く扱っている点にある。編集者や執筆者は、現場での具体的なデータや伝統知、社会経済的な観察、ガバナンスの分析、制度・政策の比較を横断しつつ、グローバル・サウスとグローバル・ノースの事例をバランスよく紹介している。例えば、森林依存型の食料(野生動植物・果実・ナッツ・魚・昆虫等)は、熱帯・亜熱帯の農村貧困層や先住民、女性・子どもなど最も脆弱な層の栄養保障にとって「見えないセーフティネット」となっており、これらの役割は従来の農業統計や政策では十分に把握されてこなかった。本書では、1.2~1.5億人が世界的に森林に依存しているとされ、そのうち6000万人がほぼ完全に森林依存的な生活を送っているという世界銀行等の推計も示される。
加えて、森林・樹木ベースのランドスケープが提供するエコシステムサービス(受粉・土壌保持・水源涵養・気候緩和・生物多様性保持など)が、農業生産の根本的な条件整備や、長期的な栄養多様性の担保に不可欠であることも強調されている。従来型の土地利用変化や森林減少・劣化がもたらす影響(食料の多様性低下、野生動物の減少、土壌流出、淡水供給の不安定化、気候変動リスクの増大等)は、単なる「環境問題」ではなく、「食料・栄養問題」の根底的要因であるという認識が繰り返し登場する。
もう一つの重要な論点は、食料安全保障の達成には「食料へのアクセスと主権」が本質的であり、生産量の拡大だけでは貧困層や女性・子ども、社会的弱者の飢餓解消には結びつかない、というアマルティア・センの視点である。本書は、森林やアグロフォレストリー(樹木と農業の複合システム)が、こうした弱者層に「補完的な食料源・現金収入・エネルギー資源・伝統的知識」をもたらしていることを、アフリカ・アジア・ラテンアメリカの事例とともに豊富なエビデンスで解説している。例えば、「Lean Season(農作物の端境期)」や飢饉、紛争、災害など危機時には、森林資源が「最後のよりどころ」として機能する場合が多い。女性や子どもが森林資源の採集・利用の主な担い手であることにも注目し、ジェンダーと森林・食料の関係性も詳しく考察されている。
同時に、本書はこうしたポジティブな側面だけでなく、「森林・農地の土地利用トレードオフ」「大規模農業による森林減少と食料増産のジレンマ」「ガバナンスの断片化と縦割り行政」「市場と地元住民の利益相反」「先住民・ローカルコミュニティの権利と国家の政策目標の対立」など、現実の複雑な課題についても率直に論じている。特に政策面では、「食料」「農業」「林業」「環境」「健康」など各分野の政策が断片的に進められ、森林と食料・栄養の関係が十分に総合的・横断的に考慮されていないという構造的問題が強調される。また、土地・資源の所有・利用権の不安定さや、女性・先住民のアクセス制限、ガバナンスの非包摂性などが、現場での実効的な解決を困難にしている現実も具体的に分析される。
本書が提案する「ランドスケープ・アプローチ」は、単なる森林保全や農地開発といった狭いセクター主義を超えて、森林・農業・水・生物多様性・住民生計・文化・エネルギー・ガバナンスなど多様な機能と主体の統合的な視点に立つことを提唱している。ランドスケープレベルでの統合管理やガバナンスこそが、現代の複雑な課題に実践的かつ持続可能な解決をもたらしうるという認識が根底に流れる。そのために必要な政策提言として、土地・資源の権利保障、コミュニティ主体のガバナンス、ジェンダー平等、栄養志向型の政策統合、グリーン経済やエコシステムサービスの活用、市場とローカル利益の調整、知識ギャップの解消(エビデンス創出、モニタリング、研究と現場の連携)等が示されている。
また、本書ではSDGsをはじめとする国際的な政策枠組みとの連携も重視されており、貧困・飢餓・健康・気候変動・生態系保全・パートナーシップなどの複数目標を横断的に達成するために、森林・樹木の役割を明確に位置づけることが不可欠と論じている。例えば、森林破壊の抑止(REDD+)や土地劣化対策、生物多様性条約(CBD)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)等の取り組みにおいて、食料・栄養という視点を組み込むことの必要性を強調している。
さらに、現場レベルの多様な事例(例えばアグロフォレストリー、焼畑・スウィデン、パークランド、非木材林産物の活用、伝統的な土地管理、女性やコミュニティのリーダーシップなど)を通じて、抽象的な議論にとどまらず、実践的・経験的な知見の集積も重視されている。現場の多様性やローカルイノベーションが、グローバルな政策形成や科学的知見とも相互に作用するべきことが説かれている。
総じて、『Forests and Food』は、森林と食料・栄養保障の統合的アプローチが21世紀の持続可能な開発に不可欠であることを、最新科学・政策・現場知の結集によって説得的に示すものである。単なる資源利用や環境保全の枠を超え、人間の健康・福祉・レジリエンス、社会公正、持続可能な経済発展をも視野に入れた包括的なランドスケープマネジメントへの転換を、全世界に訴える力強いメッセージを発している。本書は、研究者・政策立案者・NGO・開発実務者・地域コミュニティリーダーなど、持続可能な未来を模索する全ての人々にとって不可欠なリファレンスであり、今後の科学的・政策的実践の羅針盤となることが期待される。
Table of Contents / 目次
Preface: Connecting the Dots
序文:点をつなぐ
Acknowledgements
謝辞
Acronyms, Units and Symbols
略語・単位・記号
1. Introduction: Forests, Trees and Landscapes for Food Security and Nutrition
- 序論:食料安全保障と栄養のための森林・樹木・ランドスケープ
1.1 Problem Statement: Can Forests and Tree-based Systems Contribute to Food Security and Nutrition?
1.1 問題提起:森林・樹木システムは食料安全保障と栄養に貢献できるか?
1.2 Prevailing Paradigms about Forests, Agriculture, Food Security and Nutrition
1.2 森林・農業・食料安全保障・栄養をめぐる従来のパラダイム
1.3 Policy Context and Scope
1.3 政策的背景と適用範囲
1.4 Structure of the Narrative
1.4 本書の構成
1.5 Forests and Tree-based Landscapes for Food Security and Nutrition: A Brief Preview
1.5 食料安全保障と栄養のための森林・樹木ランドスケープの概要
1.6 Evidence and Knowledge Gaps
1.6 証拠と知識ギャップ
2. Understanding the Roles of Forests and Tree-based Systems in Food Provision
2. 食料供給における森林と樹木システムの役割の理解
2.1 Introduction
2.1 はじめに
2.2 Food Security and Nutrition
2.2 食料安全保障と栄養
2.3 The Direct Roles of Forests and Tree-based Systems
2.3 森林・樹木システムの直接的役割
2.4 The Indirect Roles of Forests and Tree-based Systems
2.4 森林・樹木システムの間接的役割
2.5 Conclusions
2.5 結論
3. The Historical, Environmental and Socio-economic Context of Forests and Tree-based Systems for Food Security and Nutrition
3. 食料安全保障と栄養のための森林・樹木システムの歴史的・環境的・社会経済的文脈
3.1 Introduction
3.1 はじめに
3.2 Forests and Tree-based Systems: An Overview
3.2 森林・樹木システムの概観
3.3 The Influence of Forest Landscape Configuration Management and Use on Food Security and Nutrition
3.3 森林ランドスケープの構成・管理・利用が食料安全保障と栄養に及ぼす影響
3.4 The Socio-economic Organisation of Forests and Tree-based Systems
3.4 森林・樹木システムの社会経済的組織
3.5 Conclusions
3.5 結論
4. Drivers of Forests and Tree-based Systems for Food Security and Nutrition
4. 食料安全保障と栄養に関わる森林・樹木システムのドライバー
4.1 Introduction
4.1 はじめに
4.2 Environmental Drivers
4.2 環境的要因
4.3 Social Drivers
4.3 社会的要因
4.4 Economic Drivers
4.4 経済的要因
4.5 Governance
4.5 ガバナンス
4.6 Conclusions
4.6 結論
5. Response Options Across the Landscape
5. ランドスケープ全体における対応オプション
5.1 Introduction
5.1 はじめに
5.2 The Role of Landscape Configurations
5.2 ランドスケープ構成の役割
5.3 Land Sparing and Land Sharing
5.3 土地節約型・土地共有型のアプローチ
5.4 Landscapes and Localised Food Systems
5.4 ランドスケープと地域食料システム
5.5 “Nutrition-sensitive” Landscapes
5.5 「栄養志向型」ランドスケープ
5.6 Landscape Governance
5.6 ランドスケープ・ガバナンス
5.7 Conclusions
5.7 結論
6. Public Sector, Private Sector and Socio-cultural Response Options
6. 公的部門・民間部門・社会文化的な対応オプション
6.1 Introduction
6.1 はじめに
6.2 Governance Responses to Enhance Linkages between Forests and Tree-based Systems and Food Security and Nutrition
6.2 森林・樹木システムと食料安全保障・栄養の連携強化に向けたガバナンス対応
6.3 Private Sector-driven Initiatives for Enhancing Governance in Food Systems
6.3 食料システム・ガバナンス向上のための民間主導のイニシアティブ
6.4 Socio-cultural Response Options
6.4 社会文化的な対応策
6.5 Conclusions
6.5 結論
7. Conclusions
7. 結論
7.1 Forests and Trees Matter for Food Security and Nutrition
7.1 森林と樹木が食料安全保障と栄養に果たす意義
7.2 Governing Multi-functional Landscapes for Food Security and Nutrition
7.2 食料安全保障と栄養のための多機能的ランドスケープのガバナンス
7.3 The Importance of Secure Tenure and Local Control
7.3 安定したテニュア(権利)とローカルコントロールの重要性
7.4 Reimagining Forests and Food Security
7.4 森林と食料安全保障の再構想
7.5 Knowledge Gaps
7.5 知識ギャップ
7.6 Looking Ahead: The Importance of Forest and Tree-based Systems for Food Security and Nutrition
7.6 今後の展望:森林・樹木システムの意義
Appendix 1: Glossary
付録1:用語集
Appendix 2: List of Panel Members, Authors and Reviewers
付録2:パネルメンバー・著者・査読者一覧
References
参考文献
第1章「Introduction: Forests, Trees and Landscapes for Food Security and Nutrition」は、本書全体の骨格をなす理論的・政策的な基盤を提示するものであり、森林・樹木・ランドスケープと食料安全保障・栄養の関係をめぐる最新の科学的・実践的課題を多角的に論じている。この章は、21世紀における人口増大と資源制約、栄養不良・飢餓の構造的問題、従来の農業中心主義に対する批判的再検討、そして新しいランドスケープ・アプローチの重要性を、国際政策・実証研究・現場の経験知の横断で提示するものである。
まず、21世紀の世界が直面する飢餓と栄養不良の現状が精緻に描かれる。人口が2050年には90億人を超えると見込まれる中、現在も8億人超が慢性的な栄養不足に苦しみ、子どもの発育阻害や女性の貧血、成人の肥満といった多様な栄養失調がほぼ全ての国に存在する。この状況は、単に食料生産量の不足だけでなく、アクセスの不平等や栄養の多様性欠如、そして気候変動や土地劣化といった生態的課題の複合的結果として現れている。既存の農業集約化戦略は、一部で生産性向上に寄与したが、グローバルな飢餓解消には至らず、単一作物化による栄養の単調化、貧困層の脆弱性、農産物価格の不安定化、そして生態系サービスの損失など、多くの副作用をもたらした。ここで本書は、単なる生産拡大の論理から抜け出し、森林や樹木ベースのランドスケープが果たす多面的な食料・栄養保障機能に光を当てる必要性を強調する。
森林や樹木システムは、従来、農業や食料政策の主流からは周縁化されがちであった。しかし、世界銀行等の推計によれば、世界の人口の2割近く(12~15億人)が直接的に森林に依存し、そのうち6000万人以上がほぼ全面的に森林を生計基盤としているという事実が示される。特に熱帯・亜熱帯の農村部や先住民社会、女性や貧困層にとって、森林は食料の多様性、野生動植物や果実・ナッツ・魚・昆虫といった栄養源、危機時のセーフティネット、調理燃料、さらには現金収入の場として、きわめて大きな意義を持つ。また、こうした資源へのアクセスが時として唯一の生存手段となる「リーン・シーズン(端境期)」や、旱魃・紛争・災害といった危機時には、森林・樹木資源の重要性が一層高まることも強調される。
本章はまた、森林や樹木システムが提供する多様なエコシステムサービスが、農業生産や長期的な食料安全保障の根幹であることを論証する。たとえば受粉・土壌保持・水源涵養・気候調節・生物多様性保持といった機能は、直接的な食料生産だけでなく、間接的にも農業の生産性やレジリエンス向上に資する。さらに、土地劣化や森林減少・劣化が進行する地域では、食料・栄養の供給能力そのものが深刻に損なわれ、1.5億人以上がこうした劣化地域に居住している現実も示されている。生態系サービスの喪失は、もはや「環境問題」ではなく、「食料・健康・経済・社会」の根本的課題であるという新たな視座が提示されている。
こうした森林と食料の関係は、しばしば各国政府のセクター別政策の中で断片化され、農業・林業・食料・栄養・環境といった行政の縦割りによって、現場の現実を反映しない形で進められてきた。だが実際には、森林・農地・樹木・草地・湿地・村落・都市といったランドスケープのモザイクが複雑に絡み合い、日常的な食料・栄養・生計の基盤を形作っている。本章は、こうした実態を理解し、森林・農業・食料・健康・環境政策を横断的に再編成することの必要性を強く訴える。
また、飢餓や栄養不良の本質が「食料の量」ではなく「食料へのアクセス」と「コントロール」にあることを、アマルティア・センの「エンタイトルメント」論に沿って再確認している。グローバルな食料生産の拡大がそのまま貧困層・脆弱層の栄養改善にはつながらない現実、土地・資源・知識・技術・資本へのアクセスの不均衡、女性・先住民・小規模農民の排除構造など、社会経済的障壁にも光を当てている。こうした現状を打破するには、「食料主権(フードソブリンティ)」の理念を実装し、地域住民が自身の食料システムやランドスケープの管理・意思決定に主体的に関与できる条件整備が不可欠である。
一方で、過去50年の森林管理パラダイムも大きく変化している。かつては国家主導の木材生産・集約管理が中心であったが、現在ではコミュニティ・コモンズ・協働管理が主流化しつつあり、非木材林産物(NTFP)・燃料・飼料・小規模木材など多様な利用が重視されるようになった。また、生物多様性保全・炭素貯蔵・水資源管理・気候変動緩和など、ローカルとグローバルの多機能的サービスを同時に追求する「ランドスケープ・アプローチ」への転換も進行中である。しかし、こうした新しい管理枠組みにおいても「食料・栄養」への寄与はまだ十分に認識されていない。本章は、こうした知識ギャップを埋め、森林・ランドスケープのマルチファンクションを食料安全保障の中核に位置づける新たな議論を提起している。
国際政策的には、リオ地球サミット(1992年)のアジェンダ21、リオ3条約(気候変動・生物多様性・砂漠化)、SDGs(持続可能な開発目標)、国連先住民権利宣言、ILO条約など、数多くの関連枠組みが存在する。これらの枠組みが、貧困・飢餓・健康・ジェンダー・生態系管理といった横断的な目標をつなぐハブとして、森林・ランドスケープの役割を明確に位置づける必要性が説かれる。GFEPによる本書の政策的ミッションも、「科学的エビデンスに基づく政策決定の支援」「セクター横断的なガバナンスの提案」「現場知と政策の橋渡し」であるとされる。
本章の終盤では、こうした多層的な課題への包括的アプローチとして「ランドスケープ・アプローチ」の可能性が示される。すなわち、セクター主義や単一目標主義から脱却し、土地利用・生態系サービス・人間の健康・生計・文化・ガバナンス・経済・社会的包摂など、複数の目標を同時に追求する枠組みである。そのためには、政策・ガバナンス・研究・実践の各レベルで「つながり(connect the dots)」を生み出すことが不可欠とされる。知識のギャップ解消(モニタリング・データ蓄積・ローカル知の可視化)、権利とテニュアの安定、女性やマイノリティの包摂、地域コミュニティの主体的参画、栄養志向型の政策設計、気候変動や生物多様性政策との統合といった複数の実践課題が、今後の中核となる。
このように、第1章は、本書全体の問いを明確化し、飢餓・栄養不良・土地劣化・生態系喪失というグローバル危機のなかで、森林と食料・栄養の「見えないつながり」を再発見し、従来の政策枠組みや管理パラダイムを越える新しい統合的アプローチの必要性を強く訴える。森林やランドスケープが持つ多様な食料機能・生態系サービスを、現場・科学・政策の協働で可視化し、「持続可能な未来のための羅針盤」として位置づけることこそが、21世紀の人類社会に求められているという力強いメッセージが、この章の根幹である。
総じて、第1章は従来の「森林=環境・木材」VS「農業=食料」の分断的図式を超え、複雑な現実に即したランドスケープ・ガバナンスへの進化を説く。人口・資源・環境・社会的包摂・文化といった全方位的課題の接点に、森林・樹木・ランドスケープの多元的価値があることを明快に描き出し、研究者・実務者・政策担当者すべてに対し、既存の枠組みを問い直す「知の冒険」への参加を促す極めて野心的かつ時宜を得た書き出しである。
第2章「Understanding the Roles of Forests and Tree-based Systems in Food Provision」は、森林と樹木ベースのシステムがいかにして人類の食料供給に直接的・間接的に寄与しているかを、栄養学・生態学・社会学・開発学の視点から多層的に検証したものである。本章は、世界の多様な事例を引きながら、森林・樹木システムの「目に見える食料供給機能」と「経済・生態系・社会的な間接効果」の双方に光を当てている。単なる統計や理論の羅列ではなく、現場の実情とグローバルな枠組みを精緻に往還する議論が貫かれている。
まず、冒頭では「食料安全保障と栄養」という概念の多義性が整理される。食料安全保障は、食料の入手可能性・安定供給・利用・アクセスの4つの側面から成り立ち、加えて栄養の質・多様性・バランスが健康維持の必須要素であることが強調される。これに基づき、森林・樹木システムが果たす多層的な役割を再定義し、農業や市場経済だけでは捉えきれない「多様な食料資源」「レジリエンス」「社会的包摂」などの観点を導入している。
本章の核心は、森林と樹木ベースのシステムによる食料供給の「直接的役割」と「間接的役割」の二本柱にある。まず直接的な役割として、世界各地の森林や樹木が提供する多様な食材が列挙される。野生の果実・ナッツ・葉菜・根菜・種子・きのこ・蜂蜜・野生動物(鳥獣肉や魚)・昆虫・薬草など、伝統的な知識と習慣に根ざした多様な食料が、特に農村部・先住民社会・低所得層の栄養と健康に不可欠な存在であることが強調される。これらの食材は、農作物の端境期や自然災害時、現金収入のない時期に「命綱」として機能し、栄養面ではビタミン・ミネラル・タンパク質・脂質・繊維などの多様な栄養素をもたらしている。
この中で重要なのは、こうした「森林食料」は公式の農業統計や市場経済の枠外に置かれがちで、しばしば見過ごされてきたという指摘である。たとえばアフリカやアジア、ラテンアメリカでは、1年のうち2~4か月は野生食材への依存度が高まり、特に女性や子どもが採集活動の担い手となっている事例が豊富に示される。また、伝統的なアグロフォレストリーや村落林(ホームガーデン)では、樹木の下に多様な野菜や果樹、家畜を組み合わせた生産システムが展開され、気候変動や市場変動に対するレジリエンス向上に寄与している。森林の減少やアクセス制限が食生活の貧困化・栄養不良をもたらすことも、現地調査を通じて実証されている。
さらに「間接的な役割」として、森林や樹木システムが地域住民の生計や現金収入機会(非木材林産物の販売、観光、工芸品、薬用資源等)を多様化し、それが市場での食料購入や医療・教育等の支出に転化する経路が説明されている。たとえば東南アジアやアフリカの村では、森林産品(例:野生蜂蜜、木の実、薬草、キノコなど)の収入が、家計の現金収入の重要な一部を占めており、とりわけ女性・少数民族・社会的マイノリティの自立支援にも資している。農業シーズンオフや災害時のセーフティネットとして、森林資源の経済的価値が再評価されるべきことも論じられている。
森林・樹木システムの間接的な食料保障機能には、エコシステムサービスの提供も含まれる。具体的には、受粉・害虫抑制・土壌肥沃度の維持・水循環・気候緩和などが挙げられ、これらが農業生産の基盤を支えている。樹木や森林がもたらすマイクロクライメイト(微気候調整)、水源涵養、洪水や干ばつリスクの緩和といった効果も、結果的に地域全体の食料安全保障に貢献している。アグロフォレストリーの推進や複合的な土地利用の伝統が、単一作物依存の脆弱性を低減し、土地利用の多機能化と農村経済の安定化につながっていることが、複数のケーススタディから示されている。
また本章は、食料選択や消費行動の文化的・社会的側面にも注目する。森林資源へのアクセスは、ジェンダー・世代・社会階層・所有権・知識体系によって大きく左右される。女性が家族の健康・栄養管理に中心的役割を果たしている一方、土地や森林資源の権利が不安定な地域では、アクセスの不平等が栄養不良や食料不安につながることも指摘される。食生活の多様化や伝統食材の継承、コミュニティ主体の資源管理など、文化的持続性の観点からも森林・樹木システムの保全が不可欠である。
このような分析を通じて本章は、政策的・実践的な含意も明確にする。すなわち、食料安全保障や栄養政策は農業や市場だけでは完結せず、森林・樹木ベースの資源管理、非木材林産物の持続的利用、エコシステムサービスの維持、女性や少数者の権利保障といった多様な視点を統合する必要がある。森林減少やアクセス制限が食料不安や栄養危機を深刻化させるリスクを軽視せず、伝統知やローカルイノベーションを活かした「食料ランドスケープ・アプローチ」の重要性を訴えている。
第3章「The Historical, Environmental and Socio-economic Context of Forests and Tree-based Systems for Food Security and Nutrition」は、森林や樹木ベースのシステムがいかに食料安全保障や栄養に関与してきたか、その歴史的展開、環境要因、社会経済構造の多重的な背景を多角的に描き出している。現代社会の食料問題やガバナンスの課題は、現在進行形のランドスケープ変化だけでなく、伝統知・土地利用の歴史・地域社会の制度・文化的背景など長い時間軸の中で理解されるべきだ、という本書全体の認識を、本章は具体的かつ重層的に体現している。
冒頭では、森林や樹木システムが食料生産・栄養・生計・文化の基盤として、古来より人類の生存に不可欠な役割を果たしてきたことが再確認される。狩猟採集から農耕社会への移行の過程で、森は単なる「未開拓地」や「障害物」とみなされた時代もあったが、多くの地域では農業と森が相互に依存しあう複合的な土地利用システムが発達してきた。たとえば焼畑(スウィデン)や伝統的なパークランド(樹木と草地、農耕の組み合わせ)、アグロフォレストリー(農林複合)などは、土壌肥沃度の維持・生物多様性の保存・食料多様化・生計の安定化に寄与してきた。こうした伝統知の継承と変化は、地域社会ごとに多様な形で展開し、その土地の気候・地形・生態条件と文化・経済の条件に応じて最適化されてきた。
本章では、森林・樹木システムのタイプ別の展開にも詳細な分析が加えられている。まず「管理された森林・木立・パークランド」の事例として、サヘルや西アフリカのパークランド(バオバブやカラテ、シアバター、ミロバラン等の樹木と畑地の組み合わせ)が紹介される。これらは木材や燃料だけでなく、果実・ナッツ・薬草・葉・蜂蜜など多様な食料・資源を持続的に提供し、旱魃や危機の際のセーフティネットとしても機能してきた。次に「焼畑・移動耕作システム」については、東南アジア・アマゾン・中部アフリカなどの事例を引きながら、耕作地と森林のサイクル的利用が生態系と食料生産の両立を実現していたことが示される。第三に「アグロフォレストリー・混合林農業」は、中南米・東南アジア・アフリカの多様な伝統的事例から、現代の商業的プランテーションまで、幅広い展開が描かれている。単一種の大規模プランテーション(コーヒー・カカオ・ゴム・オイルパーム等)も、食料・収入の安定や土地利用転換の経緯と密接に関わってきた。
さらに本章は、ランドスケープの構成や土地利用管理が栄養・食料安全保障に及ぼす影響について、空間的・社会的相互作用の視点から議論する。森林パッチと農地・村落・水辺・放牧地等の配置や管理が、特に微気候調整・土壌肥沃度・受粉・病害虫抑制・淡水供給など、間接的に農業や食料システムの生産性と安定性を左右する。パッチワーク的なランドスケープがもたらす生態系サービスの多様性は、単一利用への転換や均質化によって容易に失われ、気候変動や人口圧力に対する地域のレジリエンスを弱める危険も指摘されている。
また本章は、森林・樹木システムの社会経済的な組織・制度についても多面的に考察する。土地・資源・樹木の権利(テニュア)の構造、ジェンダーと食料アクセスの問題、人材・意思決定の権限、金融資本と信用供与の現状など、食料安全保障と栄養の観点から見落とされがちな側面が細かく論じられている。たとえば多くの地域で、女性やマイノリティが伝統的に資源利用の担い手である一方、制度的な土地・権利の保障が不十分なために、アクセスの不平等や排除、さらには食料・栄養格差が生じている。市場経済や現金収入への依存が進む中で、伝統的な資源管理やコミュニティによる協働が弱体化し、森林食料や多様な生計戦略へのアクセスが制限される危険性も指摘される。信用や投資、技術・教育へのアクセス格差も、現代の食料・栄養問題の根底的要因として浮き彫りにされている。
歴史的文脈の分析を通じて、本章は「森林と食料の関係」は決して静的・固定的なものではなく、環境変化・人口動態・社会経済の変化・政策や市場の介入によって絶えず変動し続けていることを強調する。伝統知と現代的知識、コミュニティ主体の管理と国・市場主導の政策、ジェンダーや階層、所有権や権限など、複数の力学が絡み合い、現場ごとに多様な実態が生じているのである。たとえば、人口増大や商業化による土地利用転換、森林の囲い込み、農業の集約化・単一化、伝統的な慣行や社会制度の崩壊などは、単なる技術・経済的問題にとどまらず、地域社会のレジリエンス・食料アクセス・栄養格差といった根深い課題を生み出している。逆に、コミュニティによる協働管理の復権や女性のエンパワーメント、ローカルイノベーションといった動きが、食料と森林の新しい関係を再構築する萌芽として紹介されている。
結論部では、「歴史・環境・社会経済的文脈を理解せずに、食料安全保障と森林管理を論じることはできない」という認識が繰り返し述べられる。森林と食料の統合的マネジメントには、単なる生態学的・経済学的な枠組みを超え、文化・権利・ジェンダー・伝統知・社会組織など多様な要素を包摂することが不可欠である。そのために、現場ごとの歴史や文化、制度の違いを尊重し、トップダウン型の政策だけでなく、ローカルコミュニティや多様な主体による「協働的ガバナンス」「知識の共創」「権利保障」を軸とするランドスケープ・アプローチへの転換が強く提案されている。
総じて第3章は、森林・樹木システムと食料・栄養の結びつきがいかに歴史的・環境的・社会経済的に構築され、変容してきたかを多角的に明らかにする。ランドスケープの多様性・複合性を理解し、現代的課題への応答策を考えるためには、歴史・文化・制度・権利といった多様な次元の重なり合いに目を向ける必要がある。生態系サービスや食料安全保障、ガバナンス・経済・社会的包摂など、従来分断されがちだった諸分野の知見を架橋することで、「持続可能なランドスケープ管理」と「レジリエントな食料システム」の統合的実現へ向けた知的基盤を築く章である。
第4章「Drivers of Forests and Tree-based Systems for Food Security and Nutrition」は、森林・樹木ベースのシステムと食料安全保障・栄養との関係を形成・変化させる諸要因――すなわち「ドライバー」――を環境的・社会的・経済的・制度的な観点から多面的に検討している。本章は、単なる生態系や経済の枠に収まらない「人と環境のインタラクション」を捉え、現代的なランドスケープマネジメントや政策介入の意義・課題を浮き彫りにしている点で、理論と実践の架け橋となる内容である。
まず、章の冒頭で「ドライバー」とは何か、という理論的整理がなされる。ドライバーとは、森林・樹木システムと食料・栄養の関係に構造的な変化をもたらす力やプロセスを指し、直接的(例:伐採、農地拡大、インフラ整備など)と間接的(例:人口動態、価値観、気候変動、政策・制度)に大別される。これらのドライバーは複雑に重なり合い、各地域・各コミュニティごとに異なる形でランドスケープの変化や生計戦略の多様性を生み出す。
最初に「環境的ドライバー」が取り上げられる。ここでは、気候変動・降水量や気温の変化・土壌劣化・自然災害・生物多様性の減少などが、森林・樹木システムと農業のあり方に与えるインパクトが論じられる。たとえば気候変動は、熱帯林や山岳地帯、乾燥地帯などで顕著な影響を及ぼし、野生食材の供給減少、樹木の生育阻害、従来型アグロフォレストリーの破綻、食料生産の不安定化などをもたらす。こうした環境変動への適応戦略として、伝統知・多様な樹種の活用・複合的土地利用の推進が求められるが、これも各地域の状況に応じてきわめて多様である。
次に「社会的ドライバー」では、人口増加・都市化・移住・ライフスタイルの変化・消費者志向・文化的価値観の変動などが分析される。特に都市化やグローバル市場経済の進展は、従来のローカルな森林利用や食料調達の形態を変容させ、需要構造や食習慣、さらには労働力や知識体系の変化をも引き起こす。ジェンダー役割の変化、若年層の農村離れ、伝統知の継承危機なども、間接的ながらランドスケープと食料安全保障の双方に深い影響を及ぼしている。さらに都市住民の増加による「新たな森林・自然志向」や、エシカル消費・フェアトレード運動など、消費側からの社会的圧力も新しいドライバーとして浮上している。
「経済的ドライバー」は、グローバル化・市場アクセス・農産物・森林産品の価格変動・投資・インフラ開発・新技術の導入などが中心となる。グローバル市場への統合は、商品作物(カカオ、コーヒー、ゴム、オイルパームなど)の大規模栽培やバイオ燃料用プランテーションの拡大をもたらし、伝統的な森林食料や多様な生計戦略を圧迫する場合も多い。一方で、非木材林産物(NTFP)やエコツーリズム、新興市場での差別化・高付加価値化が、ローカル経済やコミュニティの収入多様化に寄与する事例も報告される。経済的インセンティブの設計いかんで、ランドスケープの保全と収入向上を両立させる「グリーン経済」的な方向性も模索されている。
「ガバナンスと制度」のドライバーも本章の重要な柱である。土地・森林・樹木資源の所有権・テニュア制度の変化、分権化・コミュニティ管理の推進、政策の一貫性や縦割り解消、公共・民間・NGOの連携、グローバルなガバナンス枠組み(REDD+、FLEGT、SDGsなど)の影響と限界が幅広く議論される。安定した土地権や権利保障がなければ、森林・樹木システムの持続的利用も不可能であり、女性・先住民・マイノリティのアクセス保障、協働的管理体制の整備が不可欠とされる。逆に、国家主導の囲い込みや大規模開発、土地収奪(ランドグラブ)、法制度の未整備や不平等は、コミュニティのレジリエンスを著しく損なう。制度設計や政策実施の現場では、多様なアクターの調整や参加型プロセスが成功の鍵を握っている。
本章を通じて強調されるのは、これら複数のドライバーは単独で作用するのではなく、相互に影響し合い、地域・社会・時代によって全く異なる現象や課題を生み出すという事実である。たとえば、気候変動と市場経済の圧力が重なった時、伝統的な森林利用やアグロフォレストリーは持続困難になる場合もあれば、逆に制度改革やコミュニティ主体のイノベーションが危機をチャンスに転化することもある。ドライバーの分析は、単なるリスク要因の特定ではなく、持続可能なランドスケープマネジメントや食料・栄養保障に向けた政策デザイン・現場イノベーションの基礎情報となる。
結論として第4章は、森林・樹木と食料・栄養の関係が決して自明ではなく、複雑な社会-生態-経済-制度の相互作用によって常に再編成されている現実を明快に描き出す。政策介入や技術革新が単線的な解決策とならない理由を、構造的・歴史的・多元的に説明し、持続可能な食料ランドスケープの構築には「ドライバー間のバランスと調整」「包摂的で適応的なガバナンス」「ローカル知と外部資源の組み合わせ」が不可欠であることを説いている。
第5章「Response Options Across the Landscape」は、森林や樹木ベースのランドスケープを持続可能に管理しつつ、食料安全保障と栄養改善を実現するための実践的な対応策と、その理論的基盤、現場における課題や将来展望について総合的に論じている章である。これまでの章で明らかになった多層的なドライバーや歴史的・社会経済的背景を受け、ランドスケープという広がりを持った空間スケールでいかにトレードオフとシナジーを調整し、「持続可能な食料システム」と「森林・生態系サービス」を両立させるかを軸に議論が展開される。
まず冒頭では、「ランドスケープ」という概念が単なる土地利用区分や生態学的パッチワークではなく、人間と自然の相互作用の総体として、きわめてダイナミックで多機能的な空間であることが強調される。ここでは、農地、森林、村落、河川、水源、放牧地、市場、道路網など、多様な構成要素が空間的・時間的に重なり合い、複数の利用主体と目標が交差する。こうしたランドスケープの変化には、自然プロセスだけでなく政策、経済、社会、文化、テクノロジーといった人間的要因も深く関与しており、持続的管理には統合的・横断的アプローチが不可欠であると説かれる。
次に、ランドスケープにおける「時間的動態」の重要性が取り上げられる。季節変動や農作物の成長サイクル、人口移動、気候ショック、社会経済の変化など、食料供給と森林管理は常に流動的であり、瞬間的な判断や単一目的の政策では対応しきれないことが強調される。持続可能性を考える上では、短期的収益最大化だけでなく、レジリエンス・適応力・多機能性・世代間公正といった視点が不可欠となる。
本章の核心部分では、「ランドシェアリング(land sharing)」と「ランドスパリング(land sparing)」という土地利用戦略の対比が詳細に検討される。ランドシェアリングは、農業と生物多様性・森林資源の共存を目指すモザイク型利用(例:アグロフォレストリー、農地内樹木管理、混作)であり、ランドスパリングは、農業集約化によって他の土地を自然保全や森林再生に充てる分離型利用を指す。どちらの戦略も一長一短があり、地域や社会経済条件によって最適解は異なる。重要なのは「目的や価値観、社会構造に応じて柔軟に組み合わせる設計」であるという現実的な視点である。アフリカやアジア、ラテンアメリカの多様な実例が挙げられ、政策・技術・コミュニティのイノベーションがいかにこの両極の間で「調整役」を果たしてきたかが解説される。
また、「地域分散型食料システム」の意義も強調される。グローバル市場経済に組み込まれた大規模単一作物生産は、経済効率や食料輸出の側面では有効である一方、気候変動や市場ショック、農民の自立性喪失、栄養多様性の喪失という深刻なリスクも孕んでいる。これに対し、地域食料システムは、多様な作物・家畜・森林食料の組み合わせにより、危機時のレジリエンスを高め、現地住民の食料主権や社会的包摂を担保する基盤となる。コミュニティ主導型のアグロフォレストリー、村落林の持続管理、非木材林産物の共同利用などが、伝統知と現代技術の融合事例として紹介されている。
さらに「栄養志向型ランドスケープ(nutrition-sensitive landscapes)」の概念が打ち出される。従来はカロリー生産や経済収益が優先されてきたが、今後はビタミン・ミネラル・タンパク質・微量元素等の栄養多様性確保も政策の中心に据えるべきだと提言する。果実樹の導入、多層構造の樹木混植、野生食材の活用といった実践例を通じて、ランドスケープレベルで「健康的で多様な食料供給システム」を構築する方向性が示される。
「ランドスケープ・ガバナンス」についても多面的な分析が加えられている。ランドスケープレベルでは、複数の土地所有者・利用主体・政策機関・市民社会・市場が絡み合い、調整と対話が必須となる。トップダウン型の統制や縦割り政策は効果が限定的であり、むしろ分権化・参加型計画・ローカルリーダーシップ・女性や少数者の包摂・現場知と科学の連携が成否を分ける。成功事例としては、コミュニティ・フォレストマネジメントや共同ガバナンス、パートナーシップ型の土地利用計画、インセンティブ設計(例:REDD+や支払い型エコシステムサービス)が紹介される。こうした取り組みは、単なる資源管理の枠を超え、社会的信頼・組織力・包摂的な意思決定文化の醸成といった社会資本形成にも寄与する。
結論的に第5章は、「持続可能な食料ランドスケープ」を構築するためには、単一セクターや単純な最適化理論ではなく、トレードオフとシナジー、空間的・時間的ダイナミズム、多様な価値観と目的の共存、そして包摂的ガバナンスが不可欠であると説いている。科学的知見・政策ツール・現場イノベーション・コミュニティ主導の実践が有機的に結びつくことで、初めて「健康で持続的な食料・森林ランドスケープ」の実現が可能となる。
第6章「Public Sector, Private Sector and Socio-cultural Response Options」は、森林・樹木ベースのランドスケープと食料安全保障・栄養向上のために、政府(公的部門)、企業(民間部門)、そして社会文化的アクターが取りうる具体的な対応策と、その実施に伴う課題、今後の方向性を多角的に論じている。ここではガバナンス改革、権利保障、制度的イノベーション、持続可能な市場づくり、社会文化変革の必要性が理論と実践の双方から示される。
冒頭では、食料安全保障と森林ガバナンスの統合には「多様なアクター間の連携」が不可欠であり、セクターごと・機関ごとの断片的なアプローチを超えて、公共、民間、市民社会が相補的な役割を担う必要性が指摘される。ここで焦点となるのは、土地・資源の権利改革(テニュア)、分権化やコミュニティ参加、市場規制やインセンティブ設計、民間主導のサステナビリティ推進、「行動変容」を軸とした社会文化的対応など、実際に現場や政策で求められる制度設計である。
まず「ガバナンス対応」として、土地や資源のテニュア(所有・利用権)の改革が最重要課題として挙げられる。過去数十年、世界の多くの地域で森林の国有・公有化による住民排除や不安定な土地権が、森林減少・食料不安・社会的不平等をもたらしてきた。こうした中で、コミュニティ管理や共同所有、先住民・女性の権利拡大を含むテニュア改革は、持続的利用とレジリエンス向上に直結する。加えて、分権化(デセントラリゼーション)や住民参加型の森林管理(例:コミュニティフォレスト、共同林業)が多くの地域で導入され、制度的包摂の成功・失敗事例が豊富に分析されている。しかし、名目的な参加では実効性が乏しい場合も多く、実際の意思決定権・利益分配・能力強化が重要となる。
また「市場規制・インセンティブ設計」では、公共部門の役割として違法伐採や森林破壊型農業への規制、認証制度(例:FSC)、エコラベリング、支払い型エコシステムサービス(PES)、REDD+など多様な手法が採られている。これらは単なる制裁やトップダウン統制ではなく、市場メカニズムを活用しながら持続的利用と利益配分を実現する工夫であり、コミュニティ利益・社会正義とのバランスが問われる。
「民間部門主導のイニシアティブ」も重要な柱である。近年、大手食品・農産品・流通企業による持続可能なサプライチェーン構築(例:RSPO(持続可能なパーム油)、REDD+支援、フェアトレード認証等)が加速しており、企業の責任とイノベーションがガバナンスの一翼を担うケースが増えている。特にコーヒー、カカオ、ゴムなどグローバル・バリューチェーンを持つ作物では、企業の基準設定や現地コミュニティとの連携(CSRや共創型モデル)が、現地の資源管理や生活改善に直結する事例も多い。しかし、企業主導のモデルには包括性や権利保障、実効性の課題も残るため、公的規制や市民社会との連携が前提となる。
さらに「社会文化的アプローチ」として、食料消費・生産行動の変容、都市消費者と農村・森林の結び直し、教育やメディアによる行動変革、市民運動や社会的包摂政策の意義が強調される。都市化・市場化が進む中で、食習慣・価値観・消費選択を見直し、野生食材や多様な伝統的食文化を評価する流れ(例:スローフード運動、栄養教育、都市消費者の意識改革)が、森林と食料の新しい関係を創造する可能性として紹介される。特に女性や社会的弱者への教育・啓発、ジェンダー平等の政策、コミュニティ主体の社会運動が、健康と栄養、食料主権、文化的持続性を支える基盤として重要視されている。
また本章は、「不平等や格差縮小」「行動変容のための社会動員」「包摂的な政策設計」といった、単なる資源管理を超えた社会的変革の視点も導入する。教育・知識の普及、リーダー育成、現地住民の能力強化(キャパシティ・ビルディング)も、現実的な対応策として繰り返し言及される。
結論として第6章は、森林・ランドスケープと食料・栄養の課題解決には、「公的部門の制度改革」「民間の市場イノベーション」「社会文化的包摂と行動変革」の三位一体的な対応が不可欠であり、その相互連携と現場主義が成功の鍵であると説いている。
第7章「Conclusions」は、全編の議論を踏まえ、森林・樹木・ランドスケープが世界の食料安全保障と栄養に果たす意義、そのためのガバナンスや政策のあり方、今後の課題と展望について総合的に論じる最終章である。本章は、これまでの科学的エビデンス、実践事例、制度的・社会的課題を振り返りつつ、食料と森林をめぐるグローバルな政策潮流のなかで新しいパラダイムの確立を強く訴える。
まず本章は、「森林と樹木が食料安全保障と栄養に不可欠である」という本書の主張を再確認する。1.2〜1.5億人以上が直接的に森林に依存し、6,000万人近くが生活基盤として森林を利用している事実は、世界の食料・栄養政策において森林が単なる木材資源や環境保全の対象にとどまらないことを物語る。加えて、非木材林産物(野生食材、果実、ナッツ、葉、昆虫、野生動物など)が、貧困層や先住民、女性や子どもの食生活を支え、端境期や危機時のセーフティネットとして不可欠であることが強調される。森林の生態系サービス――受粉、土壌保持、水源涵養、気候調整など――もまた、農業生産や地域社会のレジリエンスに不可欠な基盤を提供している。
次に、「マルチファンクショナルなランドスケープ・ガバナンス」の意義が繰り返し論じられる。森林と農業、食料と生態系サービス、土地・資源権と社会正義、健康と経済の複数の機能・価値を同時に担保するためには、セクター横断・空間横断・世代横断的なガバナンスモデルが求められる。トップダウンの国家主義や市場主導の単一解ではなく、分権化、コミュニティ参加、女性・先住民・マイノリティの権利強化、多様な知の包摂が成否を分ける。分断を超えた「ランドスケープ・アプローチ」は、グローバルな気候変動・生物多様性危機・貧困・ジェンダー格差・食料不安といった複合課題への統合的対応を可能にする枠組みであるとされる。
本章はまた、「権利保障とローカルコントロール」の重要性を強調する。特に土地や森林資源のテニュア(所有・利用権)の安定は、食料安全保障・栄養・生計改善・社会的包摂の前提である。各地の先住民や女性の権利拡大、共同管理、テニュア改革の成功例・失敗例が政策的含意をもって紹介され、権利保障なしには持続的な資源管理も実効性のある栄養改善も不可能である現実が浮き彫りにされている。
さらに「森林と食料安全保障の再構想(Reimagining)」が提起される。食料生産=農業、森林=環境保全・木材という近代的分断パラダイムを乗り越え、森林・樹木・農業・湿地・水辺・村落・都市が一体となった多機能ランドスケープの設計を進めること。生物多様性や気候安定性だけでなく、ビタミン・ミネラル・たんぱく質・微量元素といった栄養多様性、健康的食生活の再創造、地域食料システムのレジリエンス向上にも重心を置いた政策転換が呼びかけられる。
知識ギャップ(Knowledge Gaps)も明確に指摘されている。エビデンスに基づく政策設計、異分野・多地域比較、現場の伝統知や女性・少数者の知識の可視化、食料と森林の複合的因果関係の解析、長期的インパクト評価の必要性など、今後の研究課題と方法論的挑戦が列挙される。また、ガバナンス改革・社会的包摂・資源権利の調整といった「実装上の障壁」も明確に意識され、参加型のモニタリング、現場リーダー育成、包摂的イノベーションなど現場主義の実践も課題として提示されている。
最後に、「展望」として、森林・樹木ベースのランドスケープを中核とする食料安全保障と栄養向上は、今後のグローバルアジェンダにおいても不可欠な柱であり続けることが明記される。SDGsや気候変動政策、REDD+や生物多様性条約など複数の国際枠組みをつなぎ、貧困・飢餓・健康・生態系保全・ジェンダー・包摂・パートナーシップの目標を横断的に達成するうえで、「ランドスケープという視座」「協働的・包摂的なガバナンス」「権利・文化・知識の重視」が不可欠である。本章は、科学・政策・実践が連携し、現場とグローバルが響きあう「次世代の森林・食料・栄養マネジメント」の羅針盤として、未来志向の提言で締めくくられている。
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